プレスリリース 発行No.1316 令和5年10月11日
~ FGF18は肝線維化の新たな治療標的 ~
この研究成果は2023年10月9日に科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
本研究は国立国際医療研究センター研究所 田中稔室長、東京理科大学 七野成之講師、松島綱治教授、西山千春教授、熊本大学 荒木喜美教授、兵庫医科大学 大村谷昌樹教授、順天堂大学 福原京子助教、池嶋健一教授、奥村康特任教授、八木田秀雄特任教授、京都大学 及川彰教授、東京大学定量生命科学研究所 宮島篤特任教授、星薬科大学 今村亨特任教授らとの共同研究によるものです。
発表者名
中野 裕康(東邦大学医学部生化学講座 教授)
発表のポイント
- 肝細胞で細胞死の亢進したマウスを利用して、肝線維化に関与する因子としてFGF18を同定しました。
- FGF18を発現する細胞が肝細胞と肝星細胞であることを同定しました。
- FGF18を肝細胞で特異的に欠損したマウスを樹立し、肝線維化誘導食を与えたところ肝線維化が減弱しました。
- FGF18を肝細胞で過剰発現したマウス(Fgf18 トランスジェニック(Tg)マウス)を樹立したところ、自然に肝線維化が誘導されました。
- Fgf18 Tgマウス由来の間質細胞を用いた1細胞RNAシークエンスの解析から、このマウスの肝臓では肝星細胞が増殖していることを見出しました。
- 野生型マウス由来の肝星細胞をFGF18で刺激したところ、肝星細胞の細胞増殖を促進しました。
- ヒト肝生検のサンプルを解析したところ、肝臓におけるFGF18の発現は、肝臓の線維化の指標であるCOL1A1やACTA2の発現と相関していました。
発表概要
発表内容
肝臓の線維化は慢性の肝障害に伴い誘導されますが、従来その原因としてはB型やC型肝炎ウイルス、アルコールの過剰摂取、薬剤あるいは自己免疫などと考えられていました。しかし近年アルコールを摂取しないにも関わらず、肥満や糖尿病などに伴い脂肪肝に罹患している人(nonalcoholic fatty liver disease, NAFLD)が日本では2千万人を超え、そのうちの約10~25%の人がnonalcoholic steatohepatitis (NASH)と呼ばれる肝炎に進展し、最終的には肝硬変や肝がんを発症することが注目されています。最新の名称の変更で、これらの疾患はそれぞれmetabolic dysfunction-associated fatty liver disease (MAFLD)やmetabolic dysfunction-associated steatohepatitis (MASH)(注1)と呼ばれるようになりました。肝臓の線維化はさまざまな原因で誘導されますが、肝臓の線維化がこれらの病気の長期予後を決定する因子であることから、その進行を遅らせる治療法や、それを改善する治療法が求められており、医療における喫緊の課題となっています。肝臓の線維化を促進あるいは誘導する因子としては、細胞死、酸化ストレス、脂肪毒性などが重要であることが指摘されていますが、そのメカニズムは完全に解明されている訳ではありません。肝臓は肝細胞以外にも、クッパー細胞、肝星細胞(注2)、類洞内皮細胞などのさまざまな細胞から構成されていますが、中でも肝星細胞は肝障害により活性化し、筋線維芽細胞へと分化することから、肝臓の線維化において中心的な役割を果たす細胞の1つです。
本研究の成果
研究グループはこれまでの研究からcFLIP(注3)と呼ばれる細胞死を阻害する遺伝子を欠損させたマウスでは、肝細胞がアポトーシス(計画的な細胞死)を起こしやすくなっているという現象を見出していました。肝臓の線維化はアポトーシスと密接に結びついていることから、この遺伝子改変マウスに線維化を誘導するために、コリン欠乏食エチオニン添加水(CDE)食(注4)を投与したところ、通常のマウスに比較して、劇的に肝臓の線維化が進行することを見出しました。そこで線維化の促進に関係する遺伝子を同定するためにRNAシークエンス(注5)を行い、肝臓の線維化の亢進とともにさまざまな線維化に関与する遺伝子の発現が上昇していました。研究グループはこれらの遺伝子群のうち、これまで肝臓の線維化に関与することが報告されていなかったFGF18(注6)という遺伝子に注目しました。まずFGF18は通常の食餌で飼育されたマウスでは肝臓でほとんど発現しておらず、肝線維化を誘導するような食事を投与することで上昇すること、さらに肝細胞死亢進マウスにCDE食を与えることで顕著に上昇することがわかりました。FGF18を発現している細胞を同定するために改良型のin situ hybridizationであるRNAスコープ(注7)という手法を行い、FGF18を発現している細胞は肝細胞と肝星細胞であることを明らかにしました。
FGF18の線維化への役割を調べるために、肝細胞でFgf18遺伝子を欠損したマウスを作製し、CDE食を投与したところ、肝細胞死が亢進している条件では、肝臓の線維化が減弱していました。そこで今度は逆にFGF18を肝臓で過剰に発現するマウス(Fgf18トランスジェニックマウス、Fgf18 Tgマウス)を樹立したところ、肝線維化を自然に発症することが明らかになりました(図1)。そのメカニズムを明らかにするために、肝臓の間質細胞に焦点を絞り1細胞RNAシークエンス(注5)を行いました。その結果Lrat陽性の比較的静止期にある肝星細胞が増加していることが明らかとなりました(図2)。さらに細胞間のコミュニケーションを推測するツールを用いて解析したところ、FGF18はFGF受容体の中でもFGFR2を介して肝星細胞にシグナルを導入している可能性が示唆されました。そこで野生型マウスから調製した肝星細胞を用いて、FGF18刺激を加えて線維化マーカーの発現上昇の有無を検討しました。すると予想外なことに肝星細胞をFGF18で刺激してもTGFβ1(注8)刺激で起こるようなCol1a2およびActa2(注9)などの肝線維化マーカー遺伝子の発現誘導は起こりませんでした(図3a)。このことはFGF18はTGFβとは異なる作用で肝線維化を引き起こしていることを示唆しています。その後の解析からFGF18は肝星細胞に細胞増殖を誘導すること、さらに細胞増殖に関与する遺伝子であるCyclin d1 (Ccnd1)(注10)の発現を誘導することを明らかにしました(図3b, c)。これらの結果から、FGF18は肝星細胞の増殖を誘導する一方で、肝星細胞がさらに活性化するためには、異なる因子であると考えられました。
またFGF18による肝臓の線維化誘導がヒトの肝疾患でも見られる現象なのかを検討するために、様々なヒト肝疾患患者の肝生検サンプルを用いて遺伝子発現解析を行いました。その結果肝臓でのFGF18の発現とCOL1A1やACTA2(注9)などの線維化マーカーに正の相関が認められたことから、FGF18はヒトにおいても肝臓の線維化に関与している可能性が示唆されました。以上よりアポトーシスに陥った肝細胞はマクロファージに貪食されてTGFβを放出し、TGFβが肝星細胞や肝細胞からのFGF18の産生を誘導します。誘導されたFGF18は肝星細胞に働きかけ、細胞増殖を誘導します。増殖した肝星細胞にさらなる別の活性化シグナルが入ると、線維化関連遺伝子の産生が誘導され、最終的には肝臓の線維化が亢進するというモデルを提唱しています(図4)。
今後の展望
FGF18は肝星細胞の増殖を介して肝臓に線維化を誘導している可能性が高いことから、FGF18の活性を阻害することで肝線維化を抑制できる可能性が示唆されました。既に研究代表者らはヒトFGF18に対する中和抗体の作製に成功していることから、抗体医療への展開も考えられます。また血中のヒトFGF18を高感度で検出することのできるELISAの系の樹立にも成功しており、予備実験の結果ではいくつかのがん種の患者血清でFGF18が上昇していることを見出しており、FGF18がその他の疾患のバイオーマーカーとなりうると考えています。
発表雑誌
-
雑誌名
「Nature Communications 」(2023年10月9日)
論文タイトル
Fibroblast growth factor 18 stimulates the proliferation of hepatic stellate cells, thereby inducing liver fibrosis
著者
Tsuchiya Y, Seki T, Kobayashi K, Komazawa-Sakon S, Shichino S, Nishina T, Fukuhara K,
Ikejima K, Nagai H, Igarashi Y, Ueha S, Oikawa A, Tsurusaki S, Yamazaki S, Nishiyama C, Mikami T, Yagita H, Okumura K, Kido T, Miyajima A, Matsushima K, Imasaka M, Araki K, Imamura T, Ohmuraya M, Tanaka M, Nakano H.
DOI番号
https://doi.org/10.1038/s41467-023-42058-z
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41467-023-42058-z
用語解説
Metabolic dysfunction-associated steatohepatitis :MASH、
Metabolic dysfunction-associated fatty liver disease:MAFLD
これまでnonalchoholic steatohepatitis (NASH)あるいはnonalchoholic fatty liver disease (NAFLD)と呼ばれていたが、最近の名称変更によりmetabolic dysfunction-associated steatohepatitis (MASH)やmetabolic dysfunction-associated fatty liver disease (MAFLD)と呼ばれるようになった。
(注2)肝星細胞 (hepatic stellate cells:HSCs)
肝臓の類洞内皮と肝細胞との間のDisse腔に存在する間葉系細胞であり、vitamin Aを大量に細胞質内に顆粒として貯蔵しており、静止期には体内のvitamin A代謝に関係している。特徴的なマーカーとしてLecithin retinol acyltransferase(Lrat)やdesminを高発現している。慢性肝障害に伴いTGFβなどにより活性化されると、これらの特徴的なマーカーの発現を失い、α-smooth muscle actin (α-SMA)陽性の筋線維芽細胞へと分化し、コラーゲンなどの大量の細胞外マトリックスを産生して、肝臓の線維化を促進する。
(注3)cFLIP
Cellular FLICE-inhibitory proteinの略であり、アポトーシスに関与するカスパーゼ8と構造的に類似しているが、酵素活性を示さないことから、カスパーゼ8に結合して阻害し、細胞死を抑制する働きをもつ。この遺伝子が肝細胞で欠損すると、肝細胞のアポトーシスが亢進する。
(注4)コリン欠乏エチオニン添加水(CDE)食
肝臓から全身の組織への脂肪の運搬を阻害する薬剤の入った食事であり、肝臓に著明な脂肪の蓄積、線維化、および細胆管の増生を誘導する。
(注5)RNAシークエンス、1細胞RNAシークエンス
RNAシークエンスは、次世代シークエンサーを用いて取得したリードの情報をもとに、RNA配列を解析する手法であり、得られた情報をもとにデータ解析することで、サンプル内の遺伝子の発現量が解析できる。それを組織レベルではなく、個々の細胞レベルでどのような遺伝子が発現しているかを解析する手法が開発されており、その解析手法を1細胞RNAシークエンスと呼ぶ。
(注6) FGF18
FGFファミリーに属するサイトカインの1つで、FGFファミリーが大きく5種類に分類される中で、FGF18はFGF8サブファミリーに属する。FGF18はヘパリン硫酸などに強く結合し、分泌された局所でその効果を発揮する。これまでの研究から骨発生や軟骨発生に関与していることや、ある種のがんで高発現していることが報告されていたが、肝臓の線維化についての報告はほとんどなかった。
(注7)RNAスコープ
組織中でどの細胞で目的とする遺伝子が発現しているかを検出する新しい手法であり、複数の目的とする遺伝子がどの細胞で発現しているかを同時に、検出することができる。
(注8)TGFβ1
TGFはtransforming growth factorの略であり、さまざまな生体応答に関与するサイトカインであり、TGFβ1〜TGFβ3の3種類よりなる。肝星細胞を刺激すると線維化関連遺伝子の発現を誘導することは既に明らかにされていた。
(注9)Col1a2、Acta2、COL1A1、ACTA2
Colで省略される遺伝子はコラーゲンをコードする遺伝子であり、多数の遺伝子が含まれる。Acta2は筋線維芽細胞のマーカーであるα-smooth muscle actin(α-SMA)をコードする遺伝子である。いずれの遺伝子も線維化に伴い発現が上昇する。
(注10)Ccnd1
細胞周期のG1期からS期への移行に関与するサイクリンD1というタンパク質をコードする遺伝子である。
本研究への支援
添付資料
図1.Fgf18過剰発現マウス(Fgf18 Tgマウス)は自然に肝臓の線維化を発症する
a. 8週齢マウスの肝臓のシリウスRed染色。(スケールバー 100 μm)
b. 8週齢マウスの肝臓でのシリウスRed用面積の計測値と、肝臓でのハイドロキシプロリン含有量。
結果は平均値 ± SE(マウス数 = 5匹)で示す。統計学的有意差検定はunpairedスチューデント-t検定により行った。*p < 0.05; **p < 0.001.
図2.FGF18 Tgマウスの肝臓の間質細胞の1細胞RNAシークエンス解析
a. UMAP解析。全体で0~21番までの22個のクラスターを同定することができた。その中で肝星細胞のクラスターは1, 3, 8番の3個。
b. それぞれのクラスターの相対的な比率。肝星細胞のクラスター(1, 3, 8番)の比率が増加している。
図3.FGF18は肝星細胞のCcnd1の発現上昇を誘導し、細胞増殖を誘導する
a, c. 野生型マウスから肝星細胞を標準的な方法により調製し、刺激せず、TGFβ1あるいはFGF18により24時間刺激した。細胞からRNAを抽出し、それぞれの遺伝子に対して定量的RT-PCRを行った。
b. 同様に調製した肝星細胞をそれぞれで刺激し、1日目、3日目、5日目にMTTアッセイを行った。結果は平均値 ± SD (triplicates)で示す。統計学的な有意差検定はone-way ANOVA with Dunnet’s multiple comparison analysisにより行った。*p < 0.05; **p < 0.01; ***p < 0.001; ****p < 0.0001; ns, 有意差なし。
図4.FGF18は肝星細胞の増殖を誘導して、肝線維化を促進する
肝障害に伴いアポトーシスに陥った肝細胞が出現し、マクロファージなどに貪食される。死んだ肝細胞を取り込んだマクロファージは、TGFβなどのサイトカインを放出する。放出されたTGFは肝星細胞や肝細胞に作用し、FGF18の産生を誘導する。放出されたFGFβ18は肝星細胞に働き、肝星細胞の細胞増殖を誘導するが、Col1a2やActa2などの肝線維化マーカー遺伝子の発現は誘導しない。増殖した肝星細胞は、他の因子群によりさらに活性化され、コラーゲンや細胞外マトリックスを分泌して、肝臓の線維化を促進する。
お問い合わせ先
【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学医学部生化学講座生化学分野
教授 中野 裕康
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-5317 FAX: 03-5493-5412
E-mail: hiroyasu.nakano[@]med.toho-u.ac.jp
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