プレスリリース 発行No.1312 令和5年10月4日
紫外線損傷DNAを修復する酵素タンパク質はDNA光回復酵素と名付けられており、DNA光回復酵素を添加したサンスクリーン剤が商品化されています。DNAの乾燥に強く安定性が高いという特長を活かして、このDNA酵素を改良することによって生体内で紫外線損傷DNAを修復するサンスクリーン剤の開発への糸口となるものと期待されます。
この成果は2023年9月29日に雑誌「ACS Omega」にて発表されました。
発表者名
神取 秀樹(名古屋工業大学大学院工学研究科工学専攻(生命・応用化学領域)特別教授)
発表のポイント
- 紫外線損傷DNAを光で修復する酵素活性をもつDNA配列(DNA酵素)を対象として、ナトリウムイオン濃度依存的に構造が平行グアニン四重鎖からハイブリッド型グアニン四重鎖へと変化することを見出し、損傷DNAの光修復における構造変化を計測することに成功しました。
- DNA酵素の構造情報を得るのにフーリエ変換赤外分光法を適用しました。
- DNAの乾燥や熱に対する安定性が高いという特長を活かして、DNA酵素を使用したサンスクリーン剤の開発への糸口となるものと期待されます。
発表内容
DNA損傷のうち紫外線によって引き起こされるものは、隣り合ったピリミジン塩基間での共有結合の形成です。生物が備えているDNA修復機構の1つに「DNA光回復酵素」によるものが存在します。DNA光回復酵素は、近紫外線や青色の光を使って塩基間の共有結合を切断して元の正常な塩基に戻す反応を触媒する酵素です。このDNA光回復酵素はヒトを含む哺乳類には存在しませんが、その他の生物(脊椎動物、無脊椎動物、植物、微生物)は持っています。
本研究で対象としたのは、損傷DNAを近紫外線や青色の光を用いて修復するDNA光回復酵素と同じ働きをもつDNA配列です。酵素活性をもつDNA配列なので「DNA酵素」と呼ばれます。一般にはDNAは遺伝物質として機能しており、生体内ではDNAが酵素として機能することは報告されていません。しかしながら、試験管内でランダムな配列のDNAの集団から適切な選別を行うことで酵素として機能するDNA配列が1990年代に初めて報告され、DNAも酵素として機能しうることが示されました。本研究で対象としたDNAは2004年にカナダのサイモンフレーザー大学のDipankar Sen教授らの研究グループが損傷DNAを光エネルギーで修復するDNA酵素として報告したものです(https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.0305943101)。
UV1Cと名付けられたこのDNA酵素はナトリウムイオン存在下で平行グアニン四重鎖と呼ばれる特殊な構造を形成し、通常の構造のDNAが吸収しない305 nmの光を吸収して損傷DNAを修復することが報告されました(図(a))。修復機構は、光励起によるグアニン塩基から損傷DNAへの電子移動反応だと推定されています。
本研究グループは、過去にタンパク質酵素であるDNA光回復酵素の研究を行っており、その修復機構をDNA光回復酵素の解析に用いた手法と同じフーリエ変換赤外(FTIR)分光法(注1)を用いて解明することを試みました。
はじめに、UV1Cによる損傷DNAの修復はSen教授らのグループ以外からの報告はなかったため、その結果が本研究グループの研究室において正しく再現されるかの確認と条件検討を行い、確かにUV1Cはナトリウムイオン存在下で損傷DNAを光依存的に修復することを示しました。
次いで、ナトリウムイオン濃度を変えたときにグアニン四重鎖がどの程度形成されるかを円偏光二色性(注2)という性質を用いて計測しました。Sen教授らのグループは240 mMという特定のナトリウムイオン濃度だけで活性を観測していたのに対し、本研究グループはFTIR分光法で計測することを念頭に、より適切なナトリウムイオン濃度がないかを調べました。その結果、500 mM 以上の濃度ではUV1Cは平行グアニン四重鎖に加えて、ハイブリッド型グアニン四重鎖を形成することが分かりました(図(b))。これらのグアニン四重鎖構造はナトリウムイオン濃度に応答して二状態が共存している(平衡状態)と考えて解析を行ったところ、平行グアニン四重鎖では一分子当たり1.3個のナトリウムイオンが、ハイブリッド型グアニン四重鎖では1.8個のナトリウムイオンが結合していることが計算によって示されました。また、両者の構造は混合状態にあり片方だけを精製することはできませんが、推定されたグアニン四重鎖の量(の和)に応じて修復される損傷DNAの量が多くなったので、どちらの構造のDNA酵素も損傷DNAを光で修復する能力を保持していることが推察されました。
これらの結果をもとに、ナトリウムイオン濃度を240 mMと1500 mMにした状態で損傷DNAの修復に伴う構造変化をFTIR分光法で観測した結果、ハイブリッド型グアニン四重鎖のほうが平行グアニン四重鎖より構造的なひずみが大きいことを示唆する結果を得ました。
本研究成果によりDNA酵素 UV1Cの構造の一端を解明することができました。DNAは一般に乾燥や熱に対して高い安定性をもっており、将来的にはこのDNA酵素を改良することで、生体内での紫外線損傷DNAを修復するサンスクリーン剤などへ応用できるものと期待されます。
発表雑誌
-
雑誌名
「ACS Omega」(2023年9月29日)
論文タイトル
Spectroscopic investigation of Na+-dependent conformational changes of a cyclobutane pyrimidine dimer-repairing deoxyribozyme(シクロブタンピリミジン二量体を修復するDNA酵素のナトリウムイオン依存的な構造変化の分光学的研究)
著者
Tatsuya Iwata*, Yuhi Kurahashi, I Made Mahaputra Wijaya, and Hideki Kanodri(*責任筆者)
DOI番号
acsomega.3c05083
論文URL
https://doi.org/10.1021/acsomega.3c05083
用語解説
赤外分光法はおよそ2.5 ~12.5マイクロメートルの波長の赤外光を用いて物質を測定する手法です。
この領域のシグナルから、分子振動に関する情報が得られます。
フーリエ変換という数学的手法を用いてスペクトルを算出します。
(注2)円偏光二色性
円偏光という特定の向きをもった光を使って得られた物質の性質。
円偏光には回転の向きが異なる二種類の左円偏光と右円偏光があり、左右の円偏光に対する吸収の違いを検出することで構造情報を得ることができます。
今回は、異なるグアニン四重鎖構造が異なる円偏光二色性を示すことを利用しました。
添付資料
図:DNA酵素UV1Cと損傷DNAの複合体が、結合するナトリウムイオンの数に応じて形成する構造
(CC BY-NC 4.0 の元、https://doi.org/10.1021/acsomega.3c05083より転載。
Copyright 2023, American Chemical Society.)
(a)UV1Cの240 mMのナトリウムイオン濃度で主として形成される構造。
Gと描かれた○と長方形の板がグアニン塩基を表している。
同一平面に並んだ4塩基のグアニンが二層になってグアニン四重鎖構造を形成している。
Sen教授らが報告していた平行グアニン四重鎖構造。
(b)500 mM以上のナトリウムイオン濃度で形成されるハイブリッド型グアニン四重鎖構造。
2個の青色の六角形が線で繋がっているのは損傷DNAを模式的に表現したもの。
今回の研究からその存在が明らかとなった。
お問い合わせ先
【研究に関わるお問い合わせ先】
東邦大学薬学部 薬品物理分析学教室
准教授 岩田 達也
〒274-8510 千葉県船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-1780
E-mail: tatsuya.iwata[@]phar.toho-u.ac.jp
名古屋工業大学大学院工学研究科 工学専攻(生命・応用化学領域)
特別教授 神取 秀樹
〒466-8555 愛知県名古屋市昭和区御器所町
TEL: 052-735-5207
E-mail: kandori[@]nitech.ac.jp
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