プレスリリース

メニュー

プレスリリース 発行No.1300 令和5年8月8日

外来種の侵入が、元々生息していた寄生虫の感染リスクを増加させる
~ 関東の国内外来種コハクオナジマイマイが、鳥類寄生虫の主要な感染源に ~

 東邦大学、ミュージアムパーク茨城県自然博物館、国立環境研究所、岩手大学らの研究グループは、関東圏に侵入した外来種コハクオナジマイマイによって、キジ科鳥類の寄生虫である鶏盲腸吸虫Postharmostomum commutatumの感染リスクが特に夏季を中心に高まったことを明らかにしました。

 外来種の生態系への影響は、農作物への食害や在来種との競合などが注目されることが多い一方、本研究では、既に分布している寄生虫の感染リスクが外来種によって高まった可能性があることを示しました。

 本研究は、「Parasitology Research」に2023年7月11日に発表されました。

発表者名

古澤 春紀(東邦大学大学院理学研究科環境科学専攻 2021年度卒)
脇 司(東邦大学理学部生命圏環境科学科 准教授)
池澤 広美(ミュージアムパーク茨城県自然博物館 資料課 課長・学芸員)
辻本 翔平(国立環境研究所 気候変動適応センター 特別研究員)
関 まどか(岩手大学農学部共同獣医学科 准教授)

発表のポイント

  • 鶏盲腸吸虫Postharmostomum commutatumは、キジ、ヤマドリなどキジ科鳥類につく寄生虫で、カタツムリの仲間を感染源とします。国内でヒトへの寄生報告は見当たりません。この吸虫は日本国内に古くからいたものの、採集例は少なく、野外で細々と生きてきた寄生虫と考えられます。
  • コハクオナジマイマイは、西日本に自然分布するカタツムリですが、1990年頃から関東に侵入し、爆発的に個体数を増やした国内外来種(注1)です。研究グループが、関東に侵入したコハクオナジマイマイの寄生虫を調べたところ、鶏盲腸吸虫の鳥への感染幼虫(メタセルカリア幼虫)を多数検出しました。
  • そこで、研究グループが関東地方でより詳しい調査を行ったところ、コハクオナジマイマイは生息密度が非常に高いことに加え、他のカタツムリより多くのメタセルカリア幼虫を保有していたことが分かりました。これらのことから、コハクオナジマイマイが関東に定着して爆発的に増えたことで、この地域のキジ科鳥類への本吸虫感染リスクが高まった可能性があることが示されました(図1)。

発表内容

 鶏盲腸吸虫Postharmostomum commutatumは世界的に分布し、キジ、ヤマドリ、ニワトリなどのキジ科鳥類につく寄生虫で、日本でヒトへの寄生報告は見当たりません。この吸虫はキジ科鳥類の消化管で産卵し、その卵が鳥の糞と外に出ます(図2)。これがカタツムリに食べられて、カタツムリに感染してスポロシスト幼虫になります。スポロシストの中では分裂が起こり、多数のセルカリア幼虫が生まれます。セルカリア幼虫はカタツムリから外に出て、さらに別のカタツムリに感染してメタセルカリア幼虫になります。メタセルカリア幼虫がキジ科鳥類に食べられると、再び寄生が成立します。
 この吸虫は、20世紀初め以降に関東や九州で記録があり、日本国内に広く分布していたことがすでに知られています。一方で、国内での採集報告は少なく、野外で細々と生活してきた寄生虫と考えられます。実際に、国内では2016年から全国的にカタツムリの寄生虫調査が研究者らによって繰り返し実施されてきましたが、この調査でカタツムリから鶏盲腸吸虫は採集されていません。
 コハクオナジマイマイは、西日本に自然分布するカタツムリです(図3)。関東には自然分布していませんでしたが、1990年頃から国内外来種として千葉県・神奈川県に侵入し、その後、茨城県をはじめ関東の様々な地域から発見されるようになりました。この移入は、非意図的なものと考えられています。本研究グループは、偶然、関東南部のある地点でコハクオナジマイマイを採集して解剖したところ、鶏盲腸吸虫のメタセルカリア幼虫が大量に寄生していることを発見しました。

 そこで本研究グループが2017年から2021年にかけて関東で採集調査を行ったところ、9種のカタツムリ(合計3000個体弱)が採集されましたが、そのうち3分の2ほどがコハクオナジマイマイでした。さらに、コハクオナジマイマイの感染率は調査地点全体で9.3%と高く、これは他のカタツムリ種(0~2.6%)に比べて高い値でした。カタツムリ個体から得られたメタセルカリア幼虫もコハクオナジマイマイが最も多く、1個体のコハクオナジマイマイから160虫体もの幼虫が出てきたケースもありました。これらのように、コハクオナジマイマイは他のカタツムリよりも個体数が多く、さらに本吸虫の幼虫を多数保有することが分かりました。この吸虫の遺伝学的集団構造の解析結果も(ミトコンドリアDNAの部分配列(シトクロムcオキシダーゼサブユニットI:COI))、この吸虫個体群が増加してきたことを支持しています。これらのことから、この国内外来種の侵入によって、関東において鶏盲腸吸虫の鳥類への感染リスクが高まった可能性が示されました。鶏盲腸吸虫は元々関東から報告されているため、関東のコハクオナジマイマイに多数寄生した虫体は関東由来の可能性が高いと研究グループは考えています。
 外来種の被害は、農作物の食害や、在来種の捕食、在来種との競合などに目が行きがちです。一方で本研究では、ある場所にいた寄生虫が、新たに侵入した外来種に感染することで(スピルバック)、次の宿主に感染する可能性が高まることが示されました。外来種の影響は、このように、目に見えないところにも波及していく可能性があります。日本国内でこのスピルバックの影響に言及したものはまだ少なく(注2)、本研究は貴重な事例になると思われます。

 本研究では、感染の多い地点でコハクオナジマイマイをほぼ毎月採集し、個体数と感染の推移を2年間かけて調べました。その結果、宿主個体数と感染レベルはいずれも盛夏季から夏の終わりごろまでの間に高まったため、この時期が鳥への主要な感染時期になり得ます。コハクオナジマイマイが導入されている地域では、この時期に何らかの方法でニワトリをはじめとした宿主鳥類とカタツムリとの接触を避けることができれば、感染をある程度防除できると考えられます。

発表雑誌

    雑誌名
    「Parasitology Research」(2023年7月11日)

    論文タイトル
    Introducing the land snail Bradybaena pellucida increased infection risk of the avian parasite Postharmostomum commutatum in the Kanto region of Japan

    著者
    Haruki Furusawa, Hiromi Ikezawa, Shohei G Tsujimoto, Madoka Ichikawa-Seki, Tsukasa Waki

    DOI番号
    https://doi.org/10.1007/s00436-023-07921-4

    アブストラクトURL
    https://link.springer.com/article/10.1007/s00436-023-07921-4

用語解説

(注1)国内外来種
日本国内の別の地域から侵入した外来種のこと。

(注2)日本国内でスピルバックの影響に言及したものは少ない
外来リスなどの寄生虫で事例が知られています。
参考)Katahira, H., Eguchi, Y., Hirose, S., Ohtani, Y., Banzai, A., Ohkubo, Y., & Shimamoto, T. (2022). Spillover and spillback risks of ectoparasites by an invasive squirrel Callosciurus erythraeus in Kanto region of Japan. International Journal for Parasitology: Parasites and Wildlife, 19, 1-8.

添付資料

図1. 研究グループが想定した、コハクオナジマイマイの侵入に伴う鶏盲腸吸虫のキジ科鳥類への感染リスク上昇のシナリオ。イラスト:脇 司

図2. 鶏盲腸吸虫の生活史。
イラスト:脇 司
図3. 関東で観察された国内外来種コハクオナジマイマイ。殻径1.5 cm程度。
撮影:古澤春紀・脇 司
図4. コハクオナジマイマイから得られたメタセルカリア幼虫
A:コハクオナジマイマイから得られた多数のメタセルカリア幼虫(赤枠内)。アスタリスクはコハクオナジマイマイの組織。
B:コハクオナジマイマイから取り出したメタセルカリア幼虫。
撮影:古澤春紀・脇 司
以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学理学部生命圏環境科学科
准教授 脇 司

〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-1653 
E-mail: tsukasa.waki[@]sci.toho-u.ac.jp
URL: https://www.lab.toho-u.ac.jp/sci/env/synecology/index.html

【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部

〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
E-mail: press[@]toho-u.ac.jp 
URL:www.toho-u.ac.jp

※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。