プレスリリース 発行No.1287 令和5年6月1日
膀胱平滑筋を収縮させるメカニズムを解明
~ PAFによる収縮は複数のCa2+チャネルを介した細胞外液からのCa2+流入に依存する ~
この研究成果は、雑誌「Journal of Pharmacological Sciences」に、2023年4月13日に先行公開され、152巻2号(2023年6月発行)に掲載されました。
発表者名
吉岡 健人(東邦大学薬学部薬理学教室 講師)
田中 芳夫(東邦大学薬学部薬理学教室 教授)
発表のポイント
- 血小板活性化因子(PAF)は血小板凝集や炎症・アレルギー反応に関与する生理活性リン脂質です。 研究グループは、2022年にPAFが膀胱平滑筋の収縮活動を増加させることを世界で初めて発見しました。 ただし、PAFによる収縮活動の増強作用の機序はこれまでのところ、不明でした。
- 本研究では、PAFによる膀胱平滑筋の収縮活動の増加が、細胞外液から細胞内へのCa2+流入に依存することを明らかにするとともに、その流入経路として、電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)(注1)とストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)(注2)が関与することを明らかにしました(図1)。
- 本研究結果は、PAFに起因する過活動膀胱(OAB)(注3)などの膀胱の収縮異常に対して、VDCC/SOCCを抑制できる薬物がその治療薬の候補となる可能性を提示しています。
発表概要
研究グループは、PAFが膀胱平滑筋の収縮性を亢進させる可能性を検証する目的で、モルモット及びマウスから摘出した膀胱平滑筋の基礎張力及び自発性収縮活動に対するPAFの影響とPAFが膀胱組織で産生される可能性を調べました。その結果、膀胱組織にPAFの産生や分解に関わる経路が存在する証拠を見出すとともに、PAFがその受容体を刺激して膀胱平滑筋の強力な収縮を引き起こし、自発性収縮活動を亢進させることを世界で初めて発見しました(Sci. Rep. 2022;12:2783. https://doi.org/10.1038/s41598-022-06535-7)。
これらの結果は、PAFが膀胱平滑筋の収縮性を制御する内因性の生理活性リン脂質である可能性と過活動膀胱(OAB)などの下部尿路疾患を引き起こす新たな原因物質のひとつである可能性を示すものですが、PAFが膀胱平滑筋の収縮活動を増強させる機序については詳しいことは分かっていませんでした。本研究では、膀胱平滑筋の収縮に重要な役割を担う細胞内Ca2+の流入経路に着目してPAFによる膀胱平滑筋の収縮活動の増強の機序を吟味した結果、細胞外からのCa2+流入経路として、電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)とストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)が重要な役割を担うことが明らかとなりました。
本研究結果は、喫煙などが原因となり膀胱組織でのPAF産生が亢進してOABなどの膀胱の収縮異常が引き起こされた場合、VDCCやSOCCを抑制できる薬物がこれらの病態を改善する有力な治療薬となる可能性を提示しています。
発表内容
発表雑誌
-
雑誌名
「Journal of Pharmacological Sciences」(2023年6月)
152巻2号、123–127
論文タイトル
Platelet-activating factor (PAF) enhances guinea pig detrusor smooth muscle contractile activities by stimulating voltage-dependent Ca2+ channels and store-operated Ca2+ channels
著者
Keisuke Obara, Mizuki Kaneko, Mio Yamashita, Ge Liu, Kento Yoshioka, Yoshio Tanaka
DOI番号
10.1016/j.jphs.2023.04.004
アブストラクトURL
https://doi.org/10.1016/j.jphs.2023.04.004
用語解説
細胞外から細胞内にCa2+を流入させる経路として機能するチャネルの1つ。
電位依存性Ca2+チャネル(voltage-dependent Ca2+ channel: VDCC)は、神経伝達物質や生理活性ペプチドなどによりもたらされる細胞膜の膜電位変化により制御されており、脱分極(細胞膜の電位が相対的にプラス側に傾くこと)によって開口する。排尿異常に対する治療薬として、VDCCを抑制する治療薬が用いられている。
(注2)ストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)
細胞外から細胞内にCa2+を流入させる経路として機能するチャネルの1つ。
受容体の刺激により筋小胞体からCa2+の流出が促進し、筋小胞体のCa2+の枯渇が生じる。ストア作動性Ca2+チャネル(store-operated Ca2+ channel: SOCC)は筋小胞体の枯渇を感知して活性化するCa2+チャネルであり、その本体はORAIチャネルであると推定されている。具体的には、ORAIチャネル(SOCC)は、筋小胞体のCa2+センサータンパク質であるSTIM(stromal interaction molecule)が筋小胞体のCa2+の枯渇を感知することで活性化される(図5)。以前行った我々の研究から、モルモット膀胱平滑筋では、これらのSOCC関連分子(ORAI1–3、STIM1、2)のうち、ORAI1やSTIM2のmRNA発現量が多いことが明らかとなっている
(Life Sci. 2021;287:120130. https://doi.org/10.1016/j.lfs.2021.120130)。
(注3)過活動膀胱(OAB: overactive bladder)
過活動膀胱は蓄尿機能障害(膀胱に尿が貯められなくなる病気)の1つであり、尿意切迫感や場合によっては尿失禁を引き起こすことで患者のquality of life(QOL)を大きく低下させる。日本では、40歳以上の8人に1人が過活動膀胱の症状を有しており、その患者数は1,000万人以上と推定されている。
(注4)マグヌス法
生体と類似した環境を維持するために、加温・通気した生理緩衝液中で平滑筋の収縮反応を記録する方法。
(注5)細胞外液のCa2+を除去する処置
本実験では、生体内の環境を模倣するため、生理的緩衝液としてLocke-Ringer液を使用した。
細胞外液のCa2+を除去するために、Ca2+を補足できるキレート剤であるEGTA(0.2 mM)を添加し、かつCa2+を含まないLocke-Ringer液(pH = 7.4)を作成した。PAF投与直前に、細胞外液を通常のLocke-Ringer液から、EGTA(0.2 mM)を含有し、かつCa2+を含有しない栄養液に置換することで、細胞外液に存在するCa2+を除去した。
(注6)受容体作動性Ca2+チャネル(ROCC)
細胞外から細胞内にCa2+を流入させる経路として機能するチャネルの1つ。
受容体の刺激により活性化され、本体はtransient receptor potential(TRP)チャネルであると考えられている。TRPチャネルは受容体による刺激だけでなく、機械的刺激や酸刺激、熱刺激、冷感刺激などの様々な物理的刺激によっても活性化され、Ca2+だけでなく様々なカチオンを流入させることができる。
添付資料

図1.本研究成果の概要
血小板活性化因子(PAF)は細胞外液から細胞内へのCa2+流入を増加させることにより、膀胱平滑筋の収縮活動を増加させる。そのCa2+流入経路には、2つの経路がある。
1つは、電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)を介したCa2+流入経路であり、この経路は主として、PAFによる膀胱の基礎張力の上昇と自発性収縮活動の発火頻度の増加に関与する。
もう1つは、ストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)を介したCa2+流入経路であり、この経路は主として、PAFによる膀胱の自発性収縮活動の振幅の増加に関与する。

図2.PAFによる膀胱平滑筋の収縮活動の増強効果に対する細胞外液Ca2+除去の影響
Aに示すように、生理的条件下では、PAFは強力な膀胱平滑筋の収縮活動の増強効果を示すが、Bに示すように、細胞外液のCa2+を除去する処置を行うとPAFによる増強効果はほぼ完全に消失した。
C–Eは、A、Bに示す実験について、膀胱平滑筋の基礎張力の上昇効果(C)、自発性収縮活動の振幅(D)と発火頻度(E)の増加効果に着目して解析したものであり、細胞外液のCa2+を除去する処置により、すべてのパラメータがほぼ消失することが示された。

図3. PAFによる膀胱平滑筋の収縮活動の増強効果に対する電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)抑制薬の影響
左から順番に大文字のA–Cは、VDCC抑制薬であるverapamil(A)、diltiazem(B)、nifedipine(C)の影響を示す実験データであり、上から順番に小文字のa, bは、それぞれ生理条件下(a)、VDCC抑制薬存在下(b)でのPAFによる増強効果を示し、小文字のc–eは、a, bに示す実験データを膀胱平滑筋の基礎張力の上昇効果(c)、自発性収縮活動の振幅(d)と発火頻度(e)の増加効果に着目して解析したものである。
小文字のbに示すように、PAFによる増強効果は、検討したすべてのVDCC抑制薬(verapamil, A; diltiazem, B; nifedipine, C)により強力に抑制された。また、小文字のc–eに示すように、いずれのVDCC抑制薬も、PAFによる膀胱の基礎張力の上昇(c)や自発性収縮活動の発火頻度の増加(e)を抑制できるが、自発性収縮活動の振幅の増加(d)は抑制できないことが示された。

図4. VDCC抑制薬存在下で残存するPAFによる膀胱平滑筋の収縮活動の増強効果に対する受容体作動性Ca2+チャネル(ROCC)及びストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)抑制薬の影響
Abに示すように、VDCC抑制薬(verapamil)存在下で残存したPAFによる収縮活動の増強効果は、ROCC抑制薬(LOE-908)では抑制されず、Bbに示すように、SOCCを抑制できるSKF-96365により強力に抑制された。Bdに示すように、VDCC抑制薬で抑制されなかったPAFによる膀胱の自発性収縮活動の振幅の増加を、SOCCを抑制できるSKF-96365がほぼ完全に抑制することが示された。

図5.ストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)の活性化機構(注2参照)
お問い合わせ先
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東邦大学薬学部薬理学教室
講師 小原 圭将
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E-mail: keisuke.obara[@]phar.toho-u.ac.jp
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