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プレスリリース 発行No.1276 令和5年3月29日

新しい心臓刺激伝導系3次元実例モデルで生理的ペーシングに新たなシナリオを提供
~ 伝導系体内配置可視化モデルによるペーシング部位の根拠の確立 ~

 東邦大学医学部解剖学講座の川島友和准教授らの研究グループは、体内配置が反映された3次元実例モデルを使用して心臓刺激伝導系ペーシングの画像シミュレーションを世界で初めて実施、それによって従来使用されてきた2次元簡易モデルに基づいた理解を訂正するとともに、刺激伝導系ペーシングにおける実際のペーシング部位と新しい概念を明示しました。

 この研究成果は、2023年3月29日に雑誌「European Heart Journal」のオンライン速報版に掲載されました。

発表者名

川島 友和(東邦大学医学部解剖学講座 准教授)
佐藤 二美(東邦大学医学部解剖学講座 教授)

発表のポイント

  • 新規ペーシング技術の評価や治療成績の理解には、体内配置が失われた摘出心や部分局所標本に基づいた解析では不十分です。研究グループは、実際の刺激伝導系(注1)の体内3次元配置可視化技術を使用して世界で初めて刺激伝導系ペーシング(注2)のための根拠を確立しました。
  • 選択的ヒス束ペーシング(注3)ではヒス束のみが捕捉されていると考えられていましたが、多くの症例においてヒス束のみならず、多数例で左脚近位部も同時に捕捉されている可能性を示唆しました。
  • 左脚ペーシングでは、右室路からアプローチするために、右脚との交差関係が生じて右脚損傷が偶発的に起こりうると指摘されています。しかし、両脚は始まりも分岐方向も明らかに異なっており、ヒス束10-15mm下方で左脚ペーシングリードをインプラントするのであれば右脚損傷が生じないことが示唆されました。
  • 体内配置が保持された刺激伝導系の新しい解剖地図は、刺激伝導系ペーシングのみならず、循環器の様々な生理現象や疾病予後の理解にも大きく役立ちます。

発表概要

 従来の右室心尖部ペーシングや両室ペーシングに取って代わる、より生理学的ペーシングとして、ヒス束や左脚を直接捕捉する刺激伝導系ペーシングが行われるようになりました。これは、透視下でおよその解剖学的指標を参考に、心内電位に基づきペーシングリードの埋め込みを行うというもので、この技術に対する検証と評価が必要です。従来使用されてきた心臓刺激伝導系の簡易的な平面模式図では、この刺激伝導系ペーシングにおいて誤解を招いたり、結果の解釈を困難にさせていました。刺激伝導系を臨床画像で可視化する特異的マーカーが存在しないことも一因となり、透視下で行われるペーシングでは不明な点が多かったことによります。

 今回、研究グループは、最近開発した体内・心内刺激伝導系3次元配置を可視化する技術を用いたペーシングのシミュレーションによって、実際のペーシング位置が異なることや訂正が必要なことを明らかにしました。今後の生理的ペーシングのさらなる技術開発が期待されます。

発表内容

 解剖学は、いつの時代も医学生物学的基盤となる“ナビゲーション・マップ”を提供する役割を担ってきました。複雑化した診断や治療ならびに新規の医療技術の評価のためには、より正確な体内配置だけでなく、必要に応じた任意の視野、相対的サイズや奥行き等も反映された用途に応じた“新しい解剖地図”が必要となります。

 完全房室ブロックなどの徐脈性不整脈患者に対する従来ペーシング法「右室心尖部ペーシングや両室ペーシングなど」では、実際の刺激伝導系を介した生理的興奮伝達と著しく異なることから長期成績がよくありませんでした。そこで、生体での興奮伝達に関与する刺激伝導系要素を直接的に捕捉する、より生体現象に近い生理的ペーシング技術として「ヒス束ペーシングや左脚ペーシング」の、いわゆる新しい刺激伝導系ペーシングが実施されるようになりました。しかし、現在のいかなる医療画像解析でも刺激伝導系の形態は認識できないため、およその伝導系の位置指標を参考に、心内電位に基づき、透視下でペーシングリードの埋め込みが行われています。

 この生理機能や臨床的重要性を有する刺激伝導系の詳細な形態学的情報は十分に明らかにされているわけではありません。特に、研究技術の問題点から摘出心や組織解析用の小さな局所標本を解析試料としてきたために、刺激伝導系の正確な体内配置は不明なままであり、100年以上にわたり簡易的な模式図を代替的に利用して多くの手技や理論構築が行われてきました。そのため、選択的ヒス束ペーシングではヒス束のみが刺激される、左脚ペーシングではペーシングリードが必ず右脚と交差関係にあると誤解され、偶発的に左脚ペーシングによって右脚障害が起こり得ると考えられてきました。つまり、この新しい治療法のためのさらなる向上のためには、新しい“解剖地図”で“新しい手技”を検証する必要がありました。
 
 そこで、研究グループが開発した体内配置が反映された3次元実例モデルを利用して、刺激伝導系ペーシングのシミュレーションを行ったところ、(1)ヒス束ペーシングではヒス束のみならず、かなり多くの例で左脚近部も同時に捕捉されている可能性が高いこと、(2)通常の左脚ペーシングが行われるような位置では、右脚と左脚近位部の体内配置は位置も方向も明らかに異なり、両者が同一平面状にはなく、左脚ペーシングによって右脚損傷を起こすことはないことが明らかになりました。ヒス束捕捉位置から大きく下方へ移動させた場合は右脚損傷が起こり得ます。この実際のペーシング位置に基づいて刺激伝導系ペーシングの名称の変更必要かと考えられます。
 
 本結果は、不整脈治療のみならず、循環器学の様々な生理現象や疾病予後の理解にも大きく役立つものと考えられます。また、人体のあらゆる領域に関しても、新しい解剖学地図の再作成の必要性と重要性を示しています。

発表雑誌

    雑誌名
    「European Heart Journal」(2023年3月29日)

    論文タイトル
    In situ anatomy map provides a new scenario for conduction system pacing

    著者
    Tomokazu Kawashima* and Fumi Sato

    DOI番号
    10.1093/eurheartj/ehad128

    論文URL
    https://academic.oup.com/eurheartj/article-lookup/doi/10.1093/eurheartj/ehad128

用語解説

(注1)刺激伝導系
心臓内部に存在する特殊心筋組織であり、電気的興奮が刺激伝導系の各部に正しく順に伝わることで心臓の収縮や拍動のリズムを調節しています。刺激伝導系を構成するものには、洞結節、房室結節、ヒス束、右脚と左脚、プルキンエ線維があります。これらが正常に刺激伝達されないことで不整脈となります。

(注2)刺激伝導系ペーシング
心臓の房室伝導が保たれているような洞不全症候群以外の房室ブロックなどの徐脈性不整脈に対して行われるペーシング埋め込み術であり、直接的に刺激伝導系にペースメーカーリードの埋め込みを目指す技術です。つまり、通常のペースメーカー埋め込み術と適応は同様ですが、埋め込み・留置部位が異なります。従来は心臓の筋肉のどこか(多くは右心室の先端部など)にペーシングリードを埋め込んでいましたが、刺激伝導系ペーシングでは主にヒス束や左脚近位部などの刺激伝導系を対象として埋め込みます。留置部位によって、ヒス束ペーシングや左脚(領域)ペーシング等に区別されます。臨床成績によって、本来の心臓の興奮伝導構造である刺激伝導系構造を利用してペーシングする方が予後が良いことが明らかにされ、最近のオプションの1つとなりました。

(注3)選択的ヒス束ペーシング
心臓の刺激伝達系の一部で、房室結節より連続して始まるヒス束を選択的にペーシングすることです。選択的ヒス束ペーシングではヒス束のみ、非選択的ヒス束ペーシングではヒス束とその周囲の心筋を同時に捕捉しています。
以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学医学部解剖学講座生体構造学分野
准教授 川島 友和

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