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プレスリリース 発行No.1268 令和5年2月9日

特殊なアドレナリンα1受容体の刺激により活性化される細胞内情報伝達機構を解明
—アドレナリンα1L受容体の刺激は複数のCa2+チャネルを活性化する—

 東邦大学薬学部薬理学教室の田中芳夫教授らの研究グループは、モルモット胸部大動脈の特殊なアドレナリンα1受容体(アドレナリンα1L受容体)の刺激が、Gqタンパク質(注1)を介して、複数のCa2+チャネルを活性化することで、平滑筋の収縮反応を引き起こすことを明らかにしました。この研究成果は、雑誌「Biological and Pharmaceutical Bulletin」に、2023年2月1日に掲載されました。

発表者名

小原 圭将(東邦大学薬学部薬理学教室 講師)
吉岡 健人(東邦大学薬学部薬理学教室 講師)
田中 芳夫(東邦大学薬学部薬理学教室 教授)

発表のポイント

  • アドレナリンα1L受容体は、アドレナリンα1受容体遮断薬であるプラゾシン(注2)に低親和性を示す特殊なアドレナリンα1受容体です。アドレナリンα1L受容体は、下部尿路平滑筋や一部の血管平滑筋でその存在が報告されていますが、その活性化によりもたらされる細胞内情報伝達機構は十分には解明されていませんでした。
  • 本研究では、モルモット胸部大動脈平滑筋のアドレナリンα1L受容体の刺激が、Gqタンパク質を介して、ストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)(注3)と電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)(注4)を活性化し、細胞外から細胞内へのCa2+イオンの流入を介して、平滑筋の収縮反応を引き起こすことを明らかにしました。
  • 本研究結果は、α1L受容体が多く発現する前立腺などの下部泌尿器・生殖器組織の異常収縮に対して、α1L受容体を遮断できる治療薬に加えて、SOCCやVDCCを抑制できる薬物が前立腺肥大症などの下部泌尿器・生殖器疾患の新たな治療薬となる可能性を提示しています。

発表概要

 アドレナリン受容体は、交感神経から遊離されるノルアドレナリンや副腎髄質から遊離されるアドレナリンが結合することで、その情報を細胞内に伝えるタンパク質であり、生体機能の調節に重要な役割を担っています。アドレナリン受容体は、α受容体とβ受容体に大別され、α受容体はさらに、α1受容体とα2受容体に分けられます。このうち、α1受容体は、血管平滑筋に存在し、血管の収縮反応や血圧調節に関与します。また、膀胱頸部、尿道、前立腺、精管などの下部泌尿器・生殖器平滑筋組織にも存在し、下部泌尿器・生殖器組織の収縮性の機能調節にも関与していることが知られています。α1受容体は、そのタンパク質の基となる遺伝子(メッセンジャーRNA(mRNA))(注5)から、さらにα1A、α1B、α1Dの3つのサブタイプに細分化されています。これらの3つのサブタイプは、いずれも代表的なα1受容体遮断薬であるプラゾシンに高親和性を示しますが、近年、プラゾシンに低親和性を示す特殊なα1受容体が存在することが報告されました。この受容体は、α1L受容体と呼ばれており、α1A受容体の基となる遺伝子(mRNA)から生じるものの、生体内で修飾された結果、α1A受容体とは異なる性質を示すようになったと考えられています。この特殊なα1L受容体は、これまでに、ヒトを含む多くの動物種の下部泌尿器・生殖器平滑筋や一部の血管平滑筋に存在し、これらの平滑筋の収縮反応に重要な役割を担うことが報告されています。ただし、α1L受容体の活性化がどのような細胞内情報伝達機構を介して平滑筋の収縮をもたらすかに関してはこれまでのところ、明らかになっていませんでした。そこで、東邦大学薬学部薬理学教室の田中芳夫教授らの研究グループは、モルモット胸部大動脈平滑筋を用いて、その収縮反応にα1L受容体が重要な役割を担う可能性を明らかにするともに、α1L受容体の活性化によりもたらされる細胞内情報伝達機構をCa2+チャネルに着目して検討することとしました。その結果、α1受容体の選択的な刺激薬であるフェニレフリン(注6)による血管収縮反応がα1L受容体を介して引き起こされることを明らかにするとともに、その収縮反応には、Gqタンパク質を介したストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)と電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)の活性化による細胞外から細胞内へのCa2+イオンの流入が関与することを明らかにしました(図1)。これらの知見は、α1L受容体が多く発現する下部泌尿器・生殖器組織の異常収縮に対する治療薬の開発に役立つ可能性があります。特に、前立腺は、α1L受容体が多く存在するため、前立腺のα1L受容体の刺激を抑制する薬物は、前立腺肥大による尿道の圧迫によりもたらされる排尿障害を緩和する可能性があります。したがって、α1L受容体を遮断できる治療薬に加えて、SOCCやVDCCを抑制できる薬物が前立腺肥大症などの下部泌尿器・生殖器疾患の新たな治療薬となる可能性が示唆されます。

発表内容

 研究グループは、マグヌス法(注7)を用いてモルモットから摘出した内皮剥離胸部大動脈標本のフェニレフリン(α1受容体刺激薬)による収縮反応に対する各種α受容体遮断薬や各種Ca2+チャネル抑制薬の効果を検討するとともに、α受容体やCa2+チャネル及びその関連分子をコードするmRNAの発現量をRT-qPCR法(注8)により測定しました。フェニレフリンによる血管収縮反応は、プラゾシンによって競合的に阻害されましたが、プラゾシンの親和性の指標であるpA2値は8.53と算出されました。この値は、α1A、α1B、α1D受容体(pA2値 ≈ 10)ではなく、α1L受容体(pA2値 < 9)の性質と一致するものでした。また、フェニレフリンによる血管収縮反応は、α1A受容体とα1L受容体に高親和性を示すタムスロシン及びシロドシンで抑制されました。ただし、α1B受容体を遮断するL-765314、α1D受容体を遮断するBMY 7378、α2受容体を遮断するヨヒンビンやイダゾキサンでは、フェニレフリンによる血管の収縮反応は影響を受けませんでした。RT-qPCR法により、モルモット胸部大動脈に発現するα1受容体をコードする6種類のmRNAの量を測定したところ、α1A受容体をコードするmRNA(Adra1a)が最も多く存在することがわかりました。したがって、モルモット胸部大動脈では、α1A受容体をコードするmRNA (Adra1a)から生じたα1L受容体が、フェニレフリンによりもたらされる血管収縮反応に重要な役割を果たしていることが明らかとなりました。α1L受容体の刺激によりもたらされる細胞内情報伝達機構を明らかにするため、各種抑制薬の効果を検討したところ、フェニレフリンによる血管収縮反応は、Gqタンパク質の阻害薬であるYM-254890や細胞外からCa2+イオンを除去することで非常に強力に抑制されることがわかりました。また、フェニレフリンによる血管収縮反応は、電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)を抑制するベラパミルによって部分的に抑制されましたが、その大部分は抑制されませんでした。ベラパミル存在下で残存したフェニレフリンによる血管収縮反応は、受容体作動性Ca2+チャネル(ROCC)を抑制するLOE 908ではほとんど影響を抑制されませんでしたが、ストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)を抑制できるSKF-96365では非常に強力に抑制されました。したがって、モルモット胸部大動脈のフェニレフリンによる収縮反応は、Gqタンパク質と共役したα1L受容体の刺激と、それに引き続くSOCC及びVDCCを介した細胞外から細胞内へのCa2+イオンの流入によって引き起こされることが明らかとなりました。最後に、RT-qPCR法により、モルモット胸部大動脈に発現するSOCC関連分子を明らかにするために、これらをコードする5種類のmRNAの量を測定したところ、ORAI3、ORAI1、STIM2が多く存在することがわかりました。したがって、SOCCを介したCa2+イオンの流入の本体は、STIM2によるORAI3またはORAI1の活性化を介したものである可能性が示唆されました。

発表雑誌

    雑誌名
    「Biological and Pharmaceutical Bulletin」(2023年2月1日)
    46巻2号、309–319

    論文タイトル
    Phenylephrine-induced contraction in guinea pig thoracic aorta is triggered by stimulation of α1L-adrenoceptors functionally coupled with store-operated Ca2+ channels and voltage-dependent Ca2+ channels

    著者
    Keisuke Obara, Kento Yoshioka, Montserrat De Dios Regadera,Yusuke Matsuyama, Ayano Yashiro, Mayumi Miyokawa, Rumi Iura,Yoshio Tanaka

    DOI番号
    10.1248/bpb.b22-00754

    論文URL
    https://doi.org/10.1248/bpb.b22-00754

用語解説

(注1)Gqタンパク質
多くの治療薬の標的となる7回膜貫通型受容体(Gタンパク質共役型受容体:GPCR)と共役しているタンパク質の1つ。Gqタンパク質は、GPCRを刺激する神経伝達物質や生理活性ペプチドなどにより、GPCRを介して活性化される。

(注2)プラゾシン
本態性高血圧症、腎性高血圧症、前立腺肥大症に伴う排尿障害に適応を有する治療薬。アドレナリンα1受容体を選択的に遮断する。α1A、α1B、α1Dの3つのサブタイプに高親和性を示す。α1L受容体に対しては低親和性を示し、既存の3つのタイプとは10倍以上その親和性が異なる。

(注3)ストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)
細胞外から細胞内にCa2+を流入させる経路として機能するチャネルの1つ。受容体の刺激により筋小胞体からCa2+の流出が促進し、筋小胞体のCa2+の枯渇が生じる。ストア作動性Ca2+チャネル(store-operated Ca2+ channel: SOCC)は筋小胞体の枯渇を感知して活性化するCa2+チャネルであり、その本体はORAIチャネルであると推定されている。具体的には、ORAIチャネル(SOCC)は、筋小胞体のCa2+センサータンパク質であるSTIM(stromal interaction molecule)が筋小胞体のCa2+の枯渇を感知することで活性化される(図2)。

(注4)電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)
細胞外から細胞内にCa2+を流入させる経路として機能するチャネルの1つ。電位依存性Ca2+チャネル(voltage-dependent Ca2+ channel: VDCC)は、神経伝達物質や生理活性ペプチドなどによりもたらされる細胞膜の膜電位変化により制御されており、脱分極(細胞膜の電位が相対的にプラス側に傾くこと)によって開口する。高血圧治療薬として、VDCCを抑制する治療薬が用いられている。

(注5)メッセンジャーRNA(mRNA)
生体のタンパク質はDNAから転写されたmRNAを基に合成される。mRNAの発現レベルが上昇すると、mRNAにコードされるタンパク質の合成が促進される。

(注6)フェニレフリン
アドレナリンα1受容体を選択的に刺激することで、血管平滑筋を収縮させ、血圧低下時の血圧を上昇させる薬物。急性低血圧又はショック時の昇圧、発作性上室頻拍などに適応を有する治療薬。

(注7)マグヌス法
生体と類似した環境を維持するために、加温・通気した生理緩衝液中で平滑筋の収縮反応を記録する方法。

(注8)RT-qPCR法
定量的逆転写PCR法。組織や細胞での遺伝子(メッセンジャーRNA(mRNA))発現レベルを定量的に評価することができる。ウイルスの検査にも用いられる。

添付資料

図1.本研究成果の概要

図2.ストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)の活性化機構

以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学薬学部薬理学教室
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E-mail: keisuke.obara[@]phar.toho-u.ac.jp

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