プレスリリース

メニュー

プレスリリース 発行No.1261 令和4年12月19日

ドーパミンニューロンの可視化に成功
~ ドーパミン産生の鍵因子の脳領域特異的インプリンティング発現を発見 ~

 東邦大学理学部生物学科の山口新平講師の研究グループは、ゲノム編集技術と発生工学的手法を応用して新たなドーパミンニューロンを可視化できる蛍光レポーターマウスを樹立しました。このマウスを応用することでドーパミン産生に必須の遺伝子、ドーパ脱炭酸酵素遺伝子が父親由来・母親由来いずれの染色体から発現しているのかを単一細胞レベルで解析することができるようになりました。このマウスは行動などの高次行動における父親由来・母親由来染色体の異なる働きを明らかにする基盤となるだけでなく、パーキンソン病の病因解析などにも応用できると期待されます。
 この成果は大阪大学の仲野徹名誉教授らとの共同研究によるもので、2022年12月7日に雑誌「Frontiers in Cell and Developmental Biology」にて発表されました。

発表者名

山口 新平     (東邦大学理学部生物学科 講師、研究当時:大阪大学大学院生命機能研究科 助教)
Kit-Yeng Sheng (フランス国立科学研究センター、研究当時:大阪大学大学院生命機能研究科 大学院生)
仲野 徹      (大阪大学名誉教授、研究当時:大阪大学大学院生命機能研究科 教授)

発表のポイント

  • ドーパ脱炭酸酵素(Ddc、またの名をAadc)の赤色蛍光タンパク質遺伝子ノックインレポーター(Ddc-hKO1)マウスを樹立し、ドーパミンニューロンなどを単一細胞レベルで可視化しました。
  • Ddc遺伝子は父親由来と母親由来染色体の2組ありますが、このDdc-hKO1マウスを用いることで、父親由来と母親由のDdc遺伝子が脳の領域によって異なるパターンで発現していることを発見しました。
  • 父親由来の遺伝子と母親由来の遺伝子が異なる発現を示す現象はゲノムインプリンティングと呼ばれますが、このインプリンティング現象が老化や疾患にどのように関わっているのか、という研究に役立つことが期待されます。また、ドーパミンニューロンやセロトニンニューロンなどを可視化、回収できる実験系が確立できたため、パーキンソン病の病因や分子機構、治療薬の開発などに応用できると考えています。

発表概要

 ゲノムインプリンティングとは遺伝子が父方または母方の対立遺伝子からのみ発現する現象であり、哺乳類の正常な発生に必須の役割を果たしています。ドーパ脱炭酸酵素(Ddc)は、L-ドーパからドーパミンへの変換を触媒する酵素遺伝子ですが、脳での発現パターンについてはよくわかっていませんでした。そこでDdcの発現を可視化するために赤色蛍光タンパク質遺伝子であるhKO1遺伝子を導入したノックインマウス(Ddc-hKO1)を作製しました。Ddc-hKO1遺伝子を父方および母方いずれか一方の染色体にのみもつヘテロマウスの脳を詳細に解析したところ、Ddcは中脳の主要なドーパミンニューロンでは母方染色体から優先的に発現し、中脳から脳幹に位置するニューロンでは両方の染色体から、視床下部では父方染色体から優先的に発現していることが明らかとなりました。Ddc発現ニューロンはそれぞれの領域で摂食や動機づけ、学習など多様かつ重要な働きを担っています。これらのニューロンで父方、母方由来染色体が異なる働きをしていることが考えられ、老化や疾患研究への貢献が期待されます。

発表内容

 哺乳類は父親と母親から一組ずつ染色体を受け取り、両者の塩基配列はほぼ同一です。そのため、ほとんどの遺伝子は両方で等しく発現したり、抑制されたりします。しかし、一部の遺伝子はインプリンティング遺伝子(注1)と呼ばれ、父方または母方いずれか一方の染色体からのみ発現します。受精しないで発生する単為発生胚が胎内で致死となって生まれてこないのは、このインプリンティング遺伝子があるためです。
 ドーパ脱炭酸酵素(Ddc、またの名をAadc)は、L-ドーパからドーパミンへの変換を触媒する酵素をコードする遺伝子です。Ddc遺伝子は、胎児および新生児の心臓では父方染色体からのみ発現していることが報告されていましたが、脳での発現パターンはよくわかっていませんでした。これは、脳は多様な細胞が領域ごとに異なるパターンで局在しているために、すりつぶして解析するようなやり方では発現を解析できなかったためです。そこで、Ddcを発現する神経細胞を単一細胞レベルで可視化するために、CRISPR技術を応用して赤色蛍光遺伝子であるヒト化クサビラオレンジ1(hKO1)遺伝子を挿入したノックインES細胞を樹立しました。さらに、このES細胞からキメラマウスを作製し、蛍光レポーターマウス(Ddc-hKO1)の樹立にも成功しました(図1)。Ddc-hKO1の発現は、胚性、新生児、成体、老齢マウスの脳内の既知のすべてのDdc陽性細胞で検出されましたが、老齢マウスでは発現の低下が認められました。さらに、セルソーターを用いてDdc-hKO1陽性神経細胞を効率的に精製する方法の開発にも成功しました。この方法で回収したDdc-hKO1陽性細胞集団には、ドーパミン作動性、セロトニン作動性、コリン作動性ニューロンが含まれていることがRNAシークエンシング解析で確認されました。
 次に、Ddc-hKO1遺伝子を父方および母方いずれか一方の染色体にのみもつヘテロマウスの脳を詳細に解析したところ、Ddcは中脳の腹側被蓋野(VTA)、黒質緻密部(SNc)、後赤核領域(RRF)では母方染色体から優先的に発現していました。一方で、中脳から脳幹に位置する背側縫線核 (DR)のニューロンでは両方の染色体から、視床下部の弓状核(Arc)では父方染色体から優先的に発現していることが明らかとなりました。すなわち、Ddcは異なる脳領域で異なるインプリンティング発現パターンを示すことが明らかとなり、インプリンティングの多様な制御機構を反映しているものと思われます(図2)。これらの領域は摂食や動機づけ、学習など多様かつ重要な働きを担っていることから、これらのニューロンで父方、母方由来染色体が異なる生理的な役割を担っているのではないかと考えられます。
 インプリンティングの老化や疾患における役割はほとんどわかっていないため、今回の研究で作製されたマウスや研究成果が今後の研究に貢献することが期待されます。また、本研究で確立したドーパミンニューロンやセロトニンニューロンの回収技術はパーキンソン病などの疾患への応用が可能であり、多様な研究への貢献が期待されます。Ddc-hKO1マウスは理化学研究所バイオリソース研究センターに寄託済みです(RBRC11596)。

発表雑誌

    雑誌名
    「Frontiers in Cell and Developmental Biology」(2022年12月7日)

    論文タイトル
    A region-dependent allele-biased expression of Dopa decarboxylase in mouse brain

    著者
    Kit-Yeng Sheng,Toru Nakano and Shinpei Yamaguchi*

    DOI番号
    https://doi.org/10.3389/fcell.2022.1078927

    論文URL
    https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fcell.2022.1078927/full

用語解説

(注1)インプリンティング遺伝子
インプリンティング(正式にはゲノムインプリンティング、あるいはゲノム刷り込みと呼ばれます)とは、遺伝子が母親から受け継いだか父親から受け継いだかによって発現したりしなかったりする、エピジェネティックな現象です。インプリンティング遺伝子には、父親由来染色体からのみ発現する父方染色体発現遺伝子と、母親由来性染色体からのみ発現する母方染色体発現遺伝子があります。インプリンティングの研究は主に植物や哺乳類で進んでいて、これまでにマウスやヒトで200個以上のインプリンティング遺伝子が報告されています。インプリンティングが関与するヒトの疾患としては、アンジェルマン症候群、プラダーウィリー症候群などがあります。

添付資料

図1. Ddc-hKO1マウスの切片像
ドーパミンニューロンなどが赤色蛍光遺伝子の発現で可視化されています。

図2. Ddc-hKO1マウスを用いた発現染色体解析
A)交配モデル。Ddc-hKO1のホモマウスを野生型と交配してヘテロマウスを得て、解析に用いました。
B)それぞれのヘテロマウスにおける発現の解析。母由来染色体と父由来染色体で同レベルで発現していると同じような強度で観察されます(DR領域など)。一方で、母方染色体から優勢に発現していると母由来ヘテロマウスの方がシグナル強度が強く観察されます(VTA&SNc領域など)。逆に父方染色体から優勢に発現していると父由来ヘテロマウスでhKO1の発現が強く観察されます(Arc領域など)。

以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学理学部生物学科幹細胞リプログラミング教室
講師 山口 新平

〒274-8510 千葉県船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-1906
E-mail: shinpei.yamaguchi[@]sci.toho-u.ac.jp
URL:https://www.lab.toho-u.ac.jp/sci/bio/reprogramming

【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部

〒143-8540 東京都大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
E-mail: press[@]toho-u.ac.jp 
URL:www.toho-u.ac.jp

※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。

関連リンク

  • 英文プレスリリース(press release)はこちら
※外部サイトに接続されます。