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プレスリリース 発行No.1260 令和4年12月7日

制御された細胞死「ネクロプトーシス」の個体での可視化を世界で初めて実現
~独自開発した細胞死センサーを個体レベルで応用~

 東邦大学医学部生化学講座の中野裕康教授と村井晋助教らの研究グループは、以前に開発したSMARTと命名したセンサータンパク質を全身に発現する遺伝子改変マウスを樹立し、ネクロプトーシスと呼ばれる、アポトーシスとは異なる制御された細胞死の様子を個体レベルで観察することに世界で初めて成功しました。このイメージング技術により、抗がん剤の一種であるシスプラチンという薬剤により近位尿細管上皮細胞でネクロプトーシスが誘導される過程をリアルタイムで観察することができました。
 これにより、今後虚血性疾患などネクロプトーシスが関与する病態の解明や、治療技術の開発が加速することが期待されます。
 この成果は京都大学大学院医学研究科 松田道行教授、理化学研究所生命機能科学研究センター 隅山健太チームリーダー、熊本大学生命資源研究・支援センター 荒木喜美教授、兵庫医科大学 大村谷昌樹教授、北海道大学低温科学研究所 山口良文教授らとの共同研究によるもので、12月5日に雑誌「Communications Biology」に掲載されました。

発表者名

中野 裕康(東邦大学医学部生化学講座 教授)
村井 晋 (東邦大学医学部生化学講座 助教)

発表のポイント

  • SMART (Sensor for MLKL activation by RIPK3 based on FRET)と呼ばれるセンサータンパク質(2018年に同研究グループが独自に開発した)を全身で発現する遺伝子改変マウス(以下、「SMART Tgマウス」)を樹立し、個体レベルでのネクロプトーシスの観察に初めて成功しました。
  • シスプラチンという抗がん剤は副作用として腎毒性が知られていました。今回の解析からシスプラチン投与により近位尿細管上皮細胞にネクロプトーシスが誘導される過程をリアルタイムで観察することができました。
  • 今後、虚血性疾患などのネクロプトーシスが関与する病態の解明や、治療技術の開発が加速することが期待されます。また今回開発したSMART Tgマウスを用いることで、ネクロプトーシスと様々な病態との関連性を生体内で直接観察し解析する手段を提供できるようになりました。

発表概要

 ネクロプトーシスはアポトーシスと同様に制御された細胞死であり、心筋梗塞や脳梗塞などに関与していることが示されていました。しかし体の中でいつ、どこでネクロプトーシスが起こっているかについては十分にわかっていませんでした。研究代表者らはこれまでFRETという原理を利用して1細胞レベルでネクロプトーシスを蛍光イメージングできるセンサータンパク質(SMART)を開発していました。今回の研究ではSMARTを全身に発現するマウスを樹立しました。そのマウスから採取した細胞や抗がん剤の一種であるシスプラチンを投与した急性腎障害モデルを用いた解析から、SMART Tgマウス由来の細胞を用いることでネクロプトーシスを観察できること、さらにシスプラチン投与により近位尿細管上皮細胞でネクロプトーシスが誘導される像が観察されました。今後このマウスを用いることで、個体レベルでのネクロプトーシスの詳細な解析が飛躍的に進むことが期待されます。

発表内容

 ネクロプトーシス(注1)はアポトーシス(注2)と同様に、制御された細胞死ですが、アポトーシスとは異なり細胞膜が早期に破裂することから死細胞の周囲に強い炎症を誘導することが知られています。ネクロプトーシスは最近の研究から心筋梗塞や脳梗塞などの虚血性疾患の悪化に寄与することが明らかにされています。これらの細胞死の進行を生きた培養細胞や動物の個体レベルで可視化(つまり細胞や動物を殺したり破壊したりせずに、顕微鏡で実際に細胞死が進行しているかを観察すること)する技術の開発は、細胞死がどのような状況で起こっているのか、またその結果としてどのような反応を周囲の細胞に誘導するのかを解析する上で非常に重要です。以前に中野らの研究グループは、ネクロプトーシスが誘導される際に細胞膜障害を誘導する分子であるMLKL(注3)という分子を利用してFRET(注4)用のセンサータンパク質(SMARTと命名)を作製し、世界で初めてネクロプトーシスの様子を蛍光イメージングする技術を開発しました。
 今回の研究ではSMARTを全身に発現する遺伝子改変マウス(SMARTトランスジェニックマウス、SMART Tgマウス)(注5)を作製し、ネクロプトーシスを個体レベルで観察することを試みました。まず全身の臓器でSMARTが発現していることを確認した後で、マウスの腹腔からマクロファージと呼ばれる免疫系の食細胞を採取しました。このマクロファージにネクロプトーシスとパイロトーシス(注6)を誘導したところ、ネクロプトーシスに陥った細胞ではFRETの上昇が認められましたが、パイロトーシスに陥った細胞ではFRETは認められませんでした。またネクロプトーシスに伴うFRETの上昇が、ネクロプトーシスの実行に必須の分子であるRIPK3(注7)やMLKLの遺伝子欠損マウスでも認められるかを検討するためにSMART TgマウスとRIPK3やMLKLの遺伝子欠損マウスと交配して解析したところ、これらのマウスではFRETの上昇が認められませんでした。また同じ現象はマクロファージだけでなく、SMART Tgマウスから採取した線維芽細胞でも観察されました。以上のことは、SMART Tgマウスを用いれば、 ネクロプトーシスを起こしている細胞の観察が可能であることを示しています。
 そこで個体レベルでもネクロプトーシス誘導に伴いFRETの上昇が見られるかを、副作用として腎毒性の知られているシスプラチン(注8)という抗がん剤をSMART Tgマウスに投与した急性腎障害モデルで、腎臓でのFRETの上昇を解析しました。シスプラチンを投与したマウスではFRETの上昇が腎臓の近位尿細管上皮細胞で認められましたが、非投与群ではFRETの上昇が認められませんでした。以上のことからSMART Tgマウスを利用することで様々な病態モデルを用いて、ネクロプトーシスを個体レベルで観察できる可能性を示しています。今後このSMART Tgマウスを用いることでネクロプトーシスの個体レベルでの理解が飛躍的に進むことが期待されます。
 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業「生体組織の適応・修復機構の時空間的解析による生命現象の理解と医療技術シーズの創出」研究開発領域における研究開発課題「NASHにおける肝リモデリングを制御する細胞間相互作用の解明と革新的診断・治療法創出への応用」(21gm1210002)(研究開発代表者:田中稔、研究開発分担者:中野裕康)、新興・再興感染症研究基盤創生事業「制御性ネクローシスから挑む感染防御機構と感染症発祥機構の真の理解」(21wm0325050)(森脇健太)、科学研究費助成事業「学術変革領域研究(学術研究支援基盤形成)」「先端バイオイメージング支援プラットフォーム」(中野裕康)、日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究B(20H03475)(中野裕康)、基盤研究C (19K07399) (森脇健太)、基盤研究B (22H02835) (森脇健太)、基盤研究C (20K05238) (村井晋)、日本私立学校振興・共済事業団 学術研究振興資金(中野裕康)、東邦大学重点領域研究補助金(中野裕康)等の支援により行われました。

発表雑誌

    雑誌名
    「Communications Biology」(2022年12月5日)

    論文タイトル
    Generation of transgenic mice expressing a FRET biosensor, SMART, that responds to necroptosis

    著者
    Shin Murai, Kanako Takakura, Kenta Sumimoto, Kenta Moriwaki, Kenta Terai, Sachiko Komazawa-Sakon, Takao Seki, Yoshifumi Yamaguchi, Tetuo Mikami, Kimi Araki, Masaki Ohmuraya, Michiyuki Matsuda, Hiroyasu Nakano

    DOI番号
    10.1038/s42003-022-04300-0

    アブストラクトURL
    https://www.nature.com/articles/s42003-022-04300-0

用語解説

(注1)ネクロプトーシス
アポトーシス(注2)とは異なったタイプの制御された細胞死であり、細胞膜が早期に障害され破裂することから周囲に強い炎症を惹起すると考えられている。アポトーシスとは異なり発生過程での意義は明らかにされていないが、心筋梗塞や脳梗塞などの虚血再灌流障害に伴い誘導されることや、ある種のウイルス感染の排除に関係していることが報告されている。そのためネクロプトーシスを制御する薬剤が心筋梗塞や脳梗塞の治療薬になる可能性が期待されている。ネクロプトーシスに類似した形態を示す細胞死としてネクローシスが古くから知られているが、ネクローシスは偶発的な細胞死であり、 遺伝子の働きによって制御されて生じるネクロプトーシスとは異なる現象である。

(注2)アポトーシス
最も古くから研究されてきたプログラムされた(制御された)細胞死であり、個体の発生の段階の特定の組織(有名なのは指と指の間に胎児期に存在する指間膜の消失)や、細胞を抗がん剤や放射線などを照射した時にも見られる。カスパーゼと呼ばれるプロテアーゼの活性化により引き起こされ、細胞膜は保たれるために、ネクロプトーシスとは異なり、周囲に強い炎症を引き起こすことは少ない。

(注3)MLKL (Mixed lineage kinase domain-like pseudokinase)
ネクロプトーシスの実行因子であり、RIPK3と呼ばれるリン酸化酵素によりリン酸化を受け、3~4個の分子が集合し(多量体化)、その後細胞膜へと移動し、細胞膜に小さな穴を開けることで、ネクロプトーシスを誘導すると考えられている。MLKLを欠損した細胞ではネクロプトーシスは誘導されない。

(注4) FRET(Forester Resonance Energy TransferあるいはFluorescence Resonance Energy Transfer)
2つの蛍光分子がごく近接して存在する場合に、1つの蛍光分子からもう1つの蛍光分子へとエネルギーが移動すること。SMARTは、励起波長の異なる2つの蛍光タンパク質から構成されており、その2つの蛍光タンパク質はMLKLの一部の配列により連結されている。未刺激の細胞ではSMARTのFRETは生じていないが、ネクロプトーシスに陥った細胞ではMLKLが多量体化することで、SMARTの高次構造が変化し、FRETが引き起こされる。

(注5)トランスジェニックマウス(Tg)
遺伝子改変操作を行うことにより特定の遺伝子を過剰に発現したマウス。

(注6) パイロトーシス
ネクロプトーシスと同様に早期に細胞膜の破裂する細胞死。メカニズムとしてはネクロプトーシスとお異なりRIPK3やMLKLという分子はこの細胞死には関与していない。

(注7) RIPK3 (receptor-interacting kinase 3)
細胞死受容体やToll様受容体の下で、自己リン酸化により活性化し、MLKLをリン酸化することでMLKLの多量体化を誘導し、ネクロプトーシス誘導に関与する。RIPK3の欠損した細胞ではネクロプトーシスは起こらない。

(注8)シスプラチン
肺がんなどの治療に用いられる抗がん剤の1種であり、DNAと結合してDNA複製を阻害することで、抗がん剤としての機能を発揮する。嘔気や腎毒性が副作用として知られている。

添付資料

図1. ネクロプトーシス細胞におけるFRET比の上昇
SMART Tgマウス由来の腹腔マクロファージを未刺激に対して(上段のパネル)、ネクロプトーシス誘導刺激を加え(下段のパネル)、経時的にFRET比を観察。FRET比の上昇を擬似カラーで示す。赤がFRET比が高く、青がFRET比が低い。時間は刺激を開始してからの時間。矢頭はネクロプトーシスが生じFRET比の上昇している細胞。(スケールバーは20μm。)

図2. シスプラチン投与により誘導される尿細管上皮細胞のネクロプトーシスとアポトーシス
SMART Tgマウスにシスプラチンを投与し、投与前、投与後1日、2日、3日目に腎臓を摘出し、HE染色(a)、リン酸化RIPK3染色(ネクロプトーシス細胞陽性)(b)、活性化型カスパーゼ3 (CC3)(c)による免疫染色を行なった。白矢頭はネクロプトーシス細胞、黒矢印はアポトーシス細胞を示す。(スケールバーは50μm。)

図3. 尿細管上皮細胞のネクロプトーシスに伴うFRET比の上昇
SMART Tgマウスにシスプラチンを投与し、2日後に多光子顕微鏡により腎臓でのFRET比を観察した。上段のパネルはシスプラチン未刺激の腎尿細管上皮細胞のFRET比であり、下段のパネルは観察後112分後のFRET比を示している(a)。白四角で囲ったところの経時的な近位尿細管の形態学的な変化と尿細管上皮細胞のFRET比を示す(b)。時間はFRET測定開始後の時間。白矢頭で示した細胞において、100分以降にFRET比が上昇したことがわかる。(スケールバーは50μm。)

以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学医学部生化学講座生化学分野
教授 中野 裕康

〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-5317 FAX: 03-5493-5412
E-mail: hiroyasu.nakano[@]med.toho-u.ac.jp
URL: https://tohobiochemi.jp/

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