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プレスリリース 発行No.1226 令和4年8月24日

腸管免疫と腸内細菌のバランスを司る鍵分子を発見
~腸管の上皮細胞による腸内細菌叢と免疫応答の制御メカニズムを解明~

 東邦大学医学部の山﨑創准教授、中野裕康教授らの研究グループは、IκBζという転写調節因子が、小腸上皮細胞の機能を通じて腸内細菌叢を制御していることを明らかにしました。この制御機構が破綻すると、腸内細菌叢のアンバランスがもたらす免疫細胞の異常な活性化により、全身で自己免疫疾患のリスクが高まることがわかりました。今回の発見により、腸内細菌叢を調節する仕組みについての理解が進み、炎症性腸疾患をはじめとする種々の自己免疫疾患の治療戦略について新たな可能性が生まれました。
 この成果は、2022年8月24日にMucosal Immunology誌にオンラインにて発表されました。
 本研究は、東邦大学医学部解剖学講座の恒岡洋右准教授、米国ミシガン大学医学部の猪原直弘博士、兵庫医科大学医学部の大村谷昌樹教授らとの共同研究によるものです。

発表者名

山﨑 創 (東邦大学医学部生化学講座 准教授)
中野 裕康(東邦大学医学部生化学講座 教授)

発表のポイント

  • 今回、研究グループは、IκBζという転写調節因子を腸上皮細胞で欠損させたマウスでは、上皮細胞による抗菌作用が低下することにより、腸内細菌叢のアンバランスを招くことを明らかにしました。
  • 腸上皮細胞でIκBζを欠損するマウスの小腸では、セグメント細菌(SFB)と呼ばれる細菌が異常に増えることにより、腸管内でTh17細胞というリンパ球の分化が促進されました。その結果、Th17細胞を原因とする自己免疫疾患モデルの症状が悪化することがわかりました。
  • このIκBζ欠損マウスで見られる抗菌作用の低下は、粘膜免疫で重要なIgAというタイプの抗体の放出量が減少していることと、抗菌タンパク質の産生を担うパネート細胞の数が減少していることが原因であることを見出しました。
  • 正常な腸管では、SFBとTh17細胞が一種の調節回路を形成してお互いのレベルを一定に保っていますが、腸上皮でIκBζを欠損する今回のマウスでは、この調節の仕組みが破綻してSFBとTh17細胞の両者が非常に増える結果、自己免疫疾患のリスクを高めることが明らかになりました。

発表概要

 腸内細菌を適正に維持することは健全な生体応答に不可欠です。腸の上皮細胞がどのようにして腸内細菌を調節しているかについては、これまでに十分にわかっていませんでした。今回、遺伝子改変マウスを用いた解析により、IκBζという転写調節因子が、腸内の免疫細胞であるTh17細胞が放出するIL-17というサイトカインのシグナルを通じて、上皮細胞の抗菌活性を調節していることを明らかにしました。IκBζのはたらきやIL-17シグナルの調節を通じて腸内細菌を適正に維持することにより、過剰な免疫応答に起因した疾患に対して新たな治療法の可能性が示されました。

発表内容

 適正な腸内細菌叢(注1)を維持することは、腸の局所的な環境だけでなく、免疫系などの全身性の生体応答を健全に保つのに重要です。腸の中で私たちの体の内と外を隔てている上皮組織は、単層の上皮細胞とそれが産生する粘液などから構成されています。腸の上皮細胞が単層構造であることは、食物から効率良くエネルギーを取り込むには好都合ですが、同時に侵入して来る病原体から身を守る強力な仕組みが必要です。腸上皮細胞には複数のタイプがあり、栄養物質を取り込む腸吸収細胞や粘液を分泌する杯細胞のほか、抗菌タンパク質を大量に蓄えているパネート細胞(注2)のはたらきによって、私たちに恩恵をもたらす腸内細菌を維持しつつ、病原性を持つ菌種を排除しています。
 今回研究グループは、IκBζ(注3)という転写調節因子を腸上皮細胞で欠損させたマウスを作製し、このマウスの腸管では上皮細胞による抗菌作用が低下することにより、腸内細菌叢のアンバランスが生じることを明らかにしました。このマウスの小腸では、セグメント細菌(SFB)(注4)と呼ばれる菌種が異常に増えることにより(図1)、腸管内でTh17細胞(注5)というリンパ球の分化が促進されていました。その結果、Th17細胞を原因とする自己免疫疾患の一つの多発性硬化症モデルの症状が悪化していました(図2)。さらに、このIκBζ欠損マウスで見られた抗菌作用の低下は、粘膜免疫で重要なIgAというタイプの抗体の放出量が減少していることと、パネート細胞の数が減少していることが原因であることを突き止めました(図3)。実際、このマウスの小腸では、IgAの分泌に関わる遺伝子や、パネート細胞で発現する遺伝子の発現が野生型マウスに比べ低下していました(図4)。
 正常な腸管では、Th17細胞が放出するIL-17というサイトカイン(注5)が上皮細胞からの抗菌タンパク質の産生を促し、SFBの増殖を抑えています(図5)。一方で、SFBにはTh17細胞の分化を促進する作用があります。したがって、SFBが増えるとTh17細胞の分化が進んでそれ以上SFBが増えないようになり、逆にSFBが減ればTh17細胞も減ってSFBが増えるため、SFBとTh17細胞のレベルは一定に保たれています。しかし、今回研究グループが作製したIκBζ欠損マウスでは、Th17細胞が増えてIL-17シグナルが増強されているにもかかわらず、IκBζを欠損した上皮細胞ではそのシグナルがうまく伝わらないためにSFBが異常に増殖し、さらにTh17細胞を増やして自己免疫疾患のリスクを高めることが明らかになりました(図5)。

発表雑誌

    雑誌名
    「Mucosal Immunology」(2022年8月24日)

    論文タイトル
    IκBζ controls IL-17-triggered gene expression program in intestinal epithelial cells that restricts colonization of SFB and prevents Th17-associated pathologies.

    著者
    Soh Yamazaki*, Naohiro Inohara, Masaki Ohmuraya, Yousuke Tsuneoka, Hideo Yagita, Takaharu Katagiri, Takashi Nishina, Tetuo Mikami, Hiromasa Funato, Kimi Araki, Hiroyasu Nakano* (*共同責任筆者)

    DOI番号
    10.1038/s41385-022-00554-3

    アブストラクトURL
    https://www.nature.com/articles/s41385-022-00554-3

用語解説

(注1)腸内細菌叢
ヒトやマウスなどの消化管に存在する細菌の全体像のことであり、細菌の絶対数だけでなく、全体を構成する菌種のバランスが健全な腸内環境に重要である。細菌を構成する物質や細菌が放出する物質の作用により、免疫系などの宿主の生体応答に大きな影響を与えることが明らかにされてきている。

(注2)パネート細胞
小腸の絨毛の基底部(陰窩と呼ばれる)に存在する細胞で、リゾチームやディフェンシンといった抗菌活性を持つタンパク質を多く発現している。これらの抗菌タンパク質はパネート細胞内の顆粒に含まれており、感染刺激などに応答して管腔側に向かって放出される。

(注3)IκBζ
免疫応答に重要なNF-κBという転写因子と結合して遺伝子の発現量を調節するタンパク質である。微生物感染などに応答して発現が誘導され、宿主防御応答に重要な遺伝子の発現に関与する。これまでにマクロファージや表皮でのはたらきが示されていたが、腸上皮における生理的な役割については不明であった。

(注4)セグメント細菌(segmented filamentous bacteria, SFB)
齧歯類などの小腸上皮に接着して存在するグラム陽性の常在性細菌であり、Th17細胞の分化を促進する。名前が示す通り、分節構造を持つ線維状の形態を呈している。ヒトの小腸にはSFBが見出されていないが、別の菌種によってTh17細胞の分化が促進されることが報告されている。

(注5)Th17細胞
T細胞の一種であり、IL-17というサイトカインを産生する。サイトカインとは主に免疫細胞が分泌し、標的細胞にはたらきかけてその機能を変化させる可溶性のタンパク質である。IL-17は、抗菌タンパク質などの産生を促進する一方で、炎症を起こして自己免疫疾患の原因となることから、その作用を標的にした治療薬の開発が進んでいる。

添付資料

図1.腸上皮細胞でIκBζを欠損させたマウスの小腸ではSFBが増える。
<左> 小腸を縦方向に切開してロール状に巻いた切片を作製し、SFB(白)、Lct遺伝子(緑, 空腸のマーカー)、Slc10a2遺伝子(赤, 回腸のマーカー)、およびHoechst(青, 核のマーカー)の染色をおこなった。スケールバー:100 μm。<右> 空腸部分、回腸部分、およびその間の部分からDNAを抽出し、リアルタイムPCR法でSFBの存在量を定量した。
通常、回腸にしか棲息しない細菌であるSFBが、IκBζ欠損マウスでは上流の空腸部分にまで観察されるようになった。

図2.腸上皮細胞でIκBζを欠損させたマウスは多発性硬化症モデルの症状が悪化する。
多発性硬化症の動物モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(Experimental autoimmune encephalomyelitis, EAE)を誘導し、臨床スコアを毎日観察した。臨床スコア:0. 正常、1. 尾の筋緊張低下、2. 尾の下垂、3. 後肢麻痺、4. 前肢麻痺。

図3.腸上皮細胞でIκBζを欠損させたマウスの小腸ではパネート細胞が減少する。
<上> 空腸切片のヘマトキシリン-エオシン(H&E)染色。エオシンで赤く染まる顆粒を持つのがパネート細胞である。IκBζ欠損マウスではその数が減っている。<下> 抗リゾチーム抗体による空腸切片の染色:リゾチームはパネート細胞の顆粒内に存在するタンパク質である。IκBζ欠損マウスではリゾチーム陽性細胞の数が減っており、陽性細胞の形態も異常である。スケールバー: 50 μm。

図4.腸上皮細胞でIκBζを欠損させたマウスの小腸では、抗菌作用に関連した遺伝子の発現が低下する。
マウスの回腸組織から調製したRNAを用いて網羅的な遺伝子発現解析をおこなった。野生型マウスに比べ、IκBζ欠損マウスで発現が低下している遺伝子を抽出しヒートマップで示した。IκBζ欠損マウスの小腸では、IgAの放出に関連した遺伝子(Pigr, Ccl28)、パネート細胞に特徴的な遺伝子(Lyz1, Defa遺伝子群など)、抗菌作用を持つ物質の産生に関与する遺伝子(Duoxa1/2, Nos2)の発現が低下している。

図5.<上> 正常な腸管では、Th17が放出するIL-17に応答して上皮細胞から産生される抗菌タンパク質群によって腸内細菌が適正に制御されている。腸内細菌の一種であるSFBはTh17細胞の分化を促進するため、SFBが増えるとTh17細胞の分化が促進される結果、上皮細胞による抗菌作用が高まってSFBがそれ以上増殖しなくなる。一方、SFBが減るとTh17細胞の分化が進まず、抗菌活性が弱まるため、SFBが増えやすくなる。このようにTh17細胞とSFBは、上皮細胞を介して双方のレベルを一定に保ち、適正な免疫応答を維持している。
<下> IκBζを欠損するマウスでは、上皮細胞による抗菌活性が低下するため、SFBが増殖し、Th17細胞が異常に増え、自己免疫疾患に対するリスクが高まる。IL-17が多量に放出されているが、上皮細胞がそれに正しく応答しないため、SFBの過剰増殖とTh17細胞の増加が解消されずに続く。

以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学医学部生化学講座
准教授 山﨑 創
教授 中野 裕康

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FAX: 03-5493-5412
E-mail: syamaz[@]med.toho-u.ac.jp(山﨑)
E-mail: hiroyasu.nakano[@]med.toho-u.ac.jp(中野)
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