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プレスリリース 発行No.1214 令和4年6月8日

PM2.5の健康影響は特定成分に由来しているのか?
~ 救急搬送を健康影響指標とした新規疫学知見 ~

 東邦大学、慶應義塾大学、国立環境研究所、東京都環境科学研究所、北海道大学らの研究グループは、健康影響が知られている大気汚染物質の一つである微小粒子状物質(PM2.5)を構成する成分に着目し、その濃度変動が急病による救急搬送件数と関連しているかを検討しました。

 これはPM2.5成分と救急搬送との関連性を統計学的に分析した初めての疫学研究成果であり、特定の成分の濃度上昇が今回の健康影響指標である救急搬送を要請するような急性の病気を増やす可能性を報告しました。

 この成果は2022年5月24日に環境科学の専門誌“Environmental Science & Technology”にて発表されました。

発表者名

東邦大学医学部社会医学講座衛生学分野 
  道川武紘(講師)、西脇祐司(教授)、朝倉敬子(准教授)、今村晴彦(客員講師)

慶應義塾大学医学部救急医学
  佐々木淳一(教授)

国立研究開発法人国立環境研究所
  環境リスク・健康領域  道川武紘(客員研究員)、山崎新(副領域長)、新田裕史(名誉研究員)
  地域環境保全領域    高見昭憲(領域長)、菅田誠治(室長)、吉野彩子(主任研究員)

東京都環境科学研究所環境資源研究科
  星純也(副参事研究員)、齊藤伸治(主任研究員)

北海道大学大学院医学研究院社会医学分野衛生学教室
  上田佳代(教授)

発表のポイント

  • PM2.5の構成成分に着目して救急搬送件数との関連性を分析した初めての成果
  • 搬送日と前日の平均炭素濃度の上昇にともなって、救急搬送件数が増加
  • 今後、PM2.5成分の健康影響について理解を深めていくことが必要

発表内容

1、研究の背景について
 大気汚染物質の一つで大気中に浮遊している2.5μm(1μmは1mmの1,000分の1)以下の粒子である微小粒子状物質(PM2.5)は、呼吸器系や循環器系の病気の原因になると考えられています。これまでは主に、PM2.5全体の濃度について健康への影響を調べた研究成果が集積されてきました。さらに、PM2.5は複数の成分(炭素成分、硫酸イオンや硝酸イオンなどのイオン成分、鉄やアルミニウムなどの無機元素成分他)から構成されている混合物質であるため、PM2.5の健康影響は特定成分によるものなのかという研究が展開されています。PM2.5成分濃度に着目して人の健康との関連性を調べる研究(疫学研究)は、PM2.5全体の濃度に関する研究と比較してまだ少ない状況です。
 今回、東邦大学、慶應義塾大学、国立環境研究所、東京都環境科学研究所、北海道大学による研究グループはPM2.5成分濃度の健康影響について調べるため、急性の病気や症状の発生を示す指標となる救急搬送データを使い、PM2.5特定成分の1日単位の濃度変動が救急搬送件数と関連しているのかを調べました。
2、研究方法について
 研究に際して、東京消防庁より2016~2018年における東京23区内の全救急搬送約155万件のデータ提供を受けました。このうち、転院搬送、負傷、事故などPM2.5とは直接的な関連性がないと考えられる搬送を除いて、急病による搬送1,038,301件を解析対象としました。
 PM2.5粒子は、東京都環境科学研究所(江東区新砂)の屋上で収集されて、環境省のマニュアルに準じた方法で炭素成分(有機炭素、元素状炭素)とイオン成分(硫酸、硝酸、アンモニウムなど)が分析されました。PM2.5全体濃度は、同研究所からほど近い晴海一般環境大気測定局での測定データを用いました。
 今回、救急搬送日と前日の平均PM2.5濃度、それと対照日(救急搬送日と同じ年月の他の週の同じ曜日)と前日の平均PM2.5濃度を比較する分析を行いました。例えば2017年8月17日(木)に搬送されたAさんについては、同年8月中の他の週の木曜日である3・10・24・31日を対照日として設定しました。こうすることで、年齢や性別のような短期間で変わることがない個人の特性に関わる要因の影響を無視できます。日によって条件が変わる気象要因(気温、湿度)などの影響は統計分析上で除去しました。
3、主な結果について
図1. PM2.5濃度(搬送日と前日の平均濃度)と救急搬送との関連性
(橙:正の関連性、黒:関連性なし、青:負の関連性)
 PM2.5全体濃度について、研究期間3年間における日平均は13.5μg/m3であり、環境基準(注1)(年平均15μg/m3)を下回っていました。総炭素(有機炭素と元素状炭素、日平均3.8μg/m3)、硫酸イオン(日平均2.6μg/m3)、硝酸イオン(日平均1.5μg/m3)、アンモニウムイオン(日平均1.5μg/m3)が主たる成分でした。

 主たる結果であるPM2.5濃度(搬送日と前日の平均濃度)と救急搬送との関連性をまとめたものが(図1)です。PM2.5全体濃度について、8.6μg/m3(四分位範囲(注2))上昇した際に救急搬送件数が1.2%(95%信頼区間0.9~1.6%)増加するという関連性が観察されました。成分については総炭素、とくに元素状炭素濃度0.8μg/m3上昇に対して0.8%(95%信頼区間0.3~1.3%)、硫酸イオン濃度2.1μg/m3上昇に対して0.9%(95%信頼区間0.5~1.5%)、アンモニウムイオン濃度1.3μg/m3上昇に対して1.1%(95%信頼区間0.4~1.8%)救急搬送件数が増加していました。ナトリウムイオンとカルシウムイオンについては予想と逆(救急搬送件数を減らす方向)の関連性でした。
4、考察および今後の展望について
 日単位のPM2.5全体濃度上昇が救急搬送件数を増やすという関連性は先行する研究結果と矛盾しないもので、日本からも報告があります。今回はPM2.5成分に着目したところに新規性があり、特定の成分によって健康影響が引き起こされる可能性を示しました。

 研究グループは先行して、同じく東京23区内において死亡を健康影響指標とした研究を実施しました。炭素成分、とくに元素状炭素との関連性は、死亡と救急搬送という異なる健康影響指標を使っても一貫していました。元素状炭素は化石燃料などの不完全燃焼にともない大気中に排出されるスス粒子(そのため黒色炭素とも呼ばれる)で、人での研究や動物実験から、炎症を引き起こす、心臓血管の血流を低下させる、肺の機能を低下させるなどといった生体への好ましくない影響が報告されています。硫酸イオンについて健康影響を報告する疫学研究はありますが、生体への影響機序についてまだはっきりしていません。硫酸イオンとアンモニウムイオンは硫酸アンモニウムとして大気中に存在していますので、この二つのどちらかが関連しているのか、あるいはどちらも関連しているのかを判別するのは難しいところです。また、観察した関連性は見かけで、炭素、硫酸イオン、アンモニウムイオンと同じ濃度変動を示す未測定の成分があるのかもしれません。ナトリウムとカルシウムについては救急搬送数を減らす方向の関連性が観察されましたが、PM2.5の中に占める割合が低いので結果の解釈には慎重になる必要があります。

 本研究についての主な注意点は以下の二つです。一つは急病による全救急搬送だけについて調べた点です。搬送原因となった病気に関する最終的な診断情報がなかったため、PM2.5との関連性が指摘されている呼吸器疾患や循環器疾患を原因とする搬送を取り出した検討はできませんでした。もう一つは東京23区内1カ所でのPM2.5の濃度データを用いた点です。23区内にある複数の大気測定局での測定データから、区内の生活環境中におけるPM2.5全体濃度の変動は概ね一致していることは分かっていましたが、個別の成分についても同様であるかはわかりません。ただ、今回提供を受けた救急搬送データは、個人を識別できないように23区内のどこに救急出動したのかという情報は含まれていなかったため、複数地点での測定データがあっても有効利用できないところでもありました。

 2020年度の生活環境中でのPM2.5全体濃度(年平均)は、東京23区内10.3μg/m3(同年度の全国平均9.5 μg/m3)と研究期間中よりもさらに低下していますが、国際的に、また日本においてもPM2.5が健康に負の影響を及ぼしている可能性が報告されている状況の中で、PM2.5成分の健康影響について理解を深めていくことは、人の健康を保護するための効率的な大気環境づくりにつながる可能性があると考えています。

 本研究は、(独)日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(C)21K07356、(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費 JPMEERF20175051 の研究助成を受けました。

発表雑誌

    雑誌名
    「Environmental Science & Technology」(2022年5月24日)

    論文タイトル
    A case-crossover analysis of the association between exposure to total PM2.5 and its chemical components and emergency ambulance dispatches in Tokyo

    著者
    Michikawa T*, Sasaki J, Yamazaki S, Takami A, Asakura K, Imamura H, Ueda K, Saito S, Hoshi J, Yoshino A, Sugata S, Nitta H, Nishiwaki Y. (*責任著者)

    DOI番号
    10.1021/acs.est.1c08219

    アブストラクトURL
    https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.est.1c08219

用語解説

(注1)環境基準
環境基本法第16条第1項に基づく人の健康の適切な保護を図るために維持されることが望ましい水準のことです(環境省:https://www.env.go.jp/kijun/)。

(注2)四分位範囲
濃度の低い順からデータを並べた時、上から四分の一(75パーセンタイル)にあたる濃度と下から四分の一(25パーセンタイル)にあたる濃度の差のことです。関係する先行研究に準じて、この四分位範囲の濃度上昇に対する救急搬送数の増加率を推定しました。

以上

お問い合わせ先

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東邦大学医学部社会医学講座衛生学分野
講師 道川 武紘

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