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プレスリリース 発行No.1184 令和4年1月25日

DNA修復と細胞周期の進行を制御する新たな仕組みを発見
-ヒストンタンパク質におけるセリンのADPリボシル化-

 東邦大学理学部の村本哲哉准教授と英国オックスフォード大学のNicholas D. Lakin教授らの研究グループは、DNAを核内に収納する糸巻きのような役割を果たすヒストンタンパク質のセリンにADPを付加するADPリボシル化(注1)修飾が、DNA修復や細胞周期進行の制御に関わっているという新知見を明らかにしました。本研究成果は、がん発症メカニズムの理解やDNA修復経路の解明につながると期待されます。
 本研究は、英国の科学雑誌「Nature Communications」に2022年1月13日に掲載されました。

発表者名

文本 和輝 (東邦大学大学院理学研究科生物学専攻 博士前期課程1年)
村本 哲哉 (東邦大学理学部生物学科 准教授)

発表のポイント

  • DNA損傷により生じるヒストンタンパク質のセリンADPリボシル化修飾が、DNA修復と細胞周期の進行を調整し、ゲノムの安定性を維持することを示しました。
  • ヒストン遺伝子を操作することで、有糸分裂の進行に伴って生じるセリンのリン酸化(注2)とDNA損傷に伴って生じるセリンのADPリボシル化という2種類のヒストン修飾の役割を、それぞれ区別して解析することに成功しました。
  • 得られた知見は、DNA修復とゲノムの安定性を制御する普遍的なしくみの理解やがん発症メカニズムの理解に役立つと期待されます。

発表概要

 ポリADPリボシル化酵素(PARP)は、標的タンパク質へADPリボースを付加します。特にDNA損傷に応答して生じるADPリボシル化は、DNA修復によりゲノムを安定に維持する普遍的なしくみに関わっています。PARPを阻害する化合物は、がん細胞の増殖に必要なDNA修復経路を妨げることで細胞死を誘導するため、抗がん剤として用いられています。このような背景から、DNA修復を制御するADPリボシル化のメカニズム研究は世界的に注目されてきました。しかし、ヒストンタンパク質のセリンがADPリボシル化される現象が、DNA修復やゲノム安定性を制御するメカニズムにどのように関わっているのかは不明なままでした。その大きな理由として、DNA損傷によって誘発されるセリンADPリボシル化を特異的に解析する実験系がなかったことが挙げられます。そこで、東邦大学の村本哲哉准教授と英国オックスフォード大学のNicholas D. Lakin教授らの研究グループは、モデル生物である細胞性粘菌(注3)のヒストン遺伝子を改変することで、これまで困難であったセリンADPリボシル化の機能を特異的に解析することに成功し、セリンADPリボシル化修飾がDNA修復と細胞周期の進行を調整することを明らかにしました。この成果は、DNA修復とゲノムの安定性を制御する普遍的なしくみを飛躍的に明らかにすることや新薬開発につながると期待されます。

発表内容

 DNA損傷応答の研究では、モデル生物を用いた遺伝学的アプローチが多くの普遍的なしくみを明らかにしてきました。しかし、酵母をはじめとする単純なモデル生物には、ヒトのDNA修復に関わる重要な修復経路のいくつかが存在していません。ところが、細胞性粘菌はヒトと共通する修復経路を数多く保存しているため、DNA修復メカニズムを解析できる代替モデルとして威力を発揮します。また、ヒトでは同様のコアヒストンをコードする遺伝子が複数存在しますが、細胞性粘菌には1種類のコアヒストンをコードする遺伝子が基本的に1つしかありません。このような細胞性粘菌のユニークな特徴を活かし、部位特異的修飾を受けるヒストンタンパク質のコード領域に遺伝子変異を導入することで、DNA損傷応答における役割に迫りました。
 脊椎動物ではヒストンH3がDNA損傷に応答したADPリボシル化の標的と考えられるため、細胞性粘菌のヒストンH3b遺伝子を欠損させた細胞を作製して解析しました。このヒストンH3b欠損細胞におけるDNA損傷後の核を観察したところ、異常な形態を示したことから、ヒストンH3bはゲノムの安定性維持に必要であることが明らかとなりました。さらに、脊椎動物と同様にDNA損傷に応答してヒストンH3bにおけるセリンのADPリボシル化が生じるか解析したところ、10番目と28番目のセリンがADPリボシル化を受けることがわかりました。
 10番目のセリンは、有糸分裂の進行に重要なリン酸化修飾を受けるサイトとして知られています。そこで、セリンをスレオニンに置換することで、リン酸化はされるがセリンのADPリボシル化がおこらないS10T置換をもつヒストンH3bを発現する粘菌細胞の作製に成功しました。
 このセリンをADPリボシル化できないS10T置換細胞を用いてDNA損傷後の有糸分裂の進行を解析したところ、DNA損傷が生じると、正常細胞では細胞周期のチェックポイントが活性化されてDNA修復が起こることで有糸分裂開始が遅れるのに対し、S10T置換細胞では有糸分裂が早く進行することが明らかとなりました。この細胞は、H3b欠損細胞と同様に核の形態が異常であったことから、ゲノムの安定性を維持できないことがわかりました。さらに、有糸分裂進行を詳細に解析するため、ライブイメージング解析を実施しました。その結果、H3b欠損細胞やS10T置換細胞は、有糸分裂の異常を示し、細胞分裂を正常に完了できない場合もありました。また、小さな核が出現する異常も観察されたことから、ヒストンにおけるセリンのADPリボシル化はゲノムの安定性に不可欠であり、正常細胞の細胞分裂を選択的かつ確実に完了するためにも必要であることがわかりました。

発表雑誌

    雑誌名
    「Nature Communications」 Vol. 13, 185 (2022)

    論文タイトル
    Linking DNA repair and cell cycle progression through serine ADP-ribosylation of histones

    著者
    Julien Brustel, Tetsuya Muramoto, Kazuki Fumimoto, Jessica Ellins, Catherine J. Pears & Nicholas D. Lakin

    DOI番号
    10.1038/s41467-021-27867-4

    論文URL
    https://rdcu.be/cFaNf

用語解説

(注1)ADPリボシル化
タンパク質の翻訳後修飾の一種。ADP(アデノシン二リン酸)リボースをポリADPリボシル化酵素(PARP)により標的タンパク質へ付加する。DNA修復関連タンパク質に対する修飾のみならず、細胞の成長と分化、転写調節、アポトーシスなど様々な細胞プロセスに関与することが知られている。

(注2)リン酸化
タンパク質機能を調節する翻訳後修飾の一種。セリン、スレオニンおよびチロシンにリン酸基が付加する化学反応。細胞周期や細胞増殖、シグナル伝達経路など様々な細胞プロセスの調節に関与する役割が知られている。

(注3)細胞性粘菌
社会性アメーバとも呼ばれる真核微生物で、栄養条件の変化により単細胞から多細胞体に姿を変えるモデル生物。半数体である上にCRISPR/Cas9技術をはじめとした遺伝子操作技術が確立しているため、遺伝子機能解析による生命現象解明に威力を発揮する。

添付資料

図 DNA修復と細胞周期の進行におけるヒストンタンパク質のセリンADPリボシル化の重要な役割

以上

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
東邦大学理学部生物学科
准教授 村本哲哉

〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-5165
E-mail: tetsuya.muramoto[@]sci.toho-u.ac.jp

【本ニュースリリースの発信元】
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