プレスリリース 発行No.1176 令和3年12月22日
興奮性/抑制性バランスとシナプスのロングテール性が関与
−スパイキングニューラルネットワークによるシミュレーション研究により実施−
概要
研究の背景
大脳皮質の感覚野における外部周期刺激に対する神経活動の同期現象は、聴性定常反応(auditory steady-state response(ASSR))や定常状態視覚誘発電位(stead-state visually evoked potential(SSVEP))として、脳波や脳磁図などの脳機能イメージング法によって観測されます。この刺激応答としての同期現象はgamma波(30-60 Hz)帯域において顕著に現れ、わたしたちの知覚機能との関連が示唆されています。そのため、gamma波の神経ネットワークの機能異常は、知覚の異常を捉える定量的な検査法の1つとして研究が進められています。特に、これまでに知覚や知覚情報の統合機能に異常を抱える自閉スペクトラム症や統合失調症などの精神疾患において、この応答特性に変質が生じることが報告されています[1、2]。
Gamma波と興奮性-抑制性バランス:
Gamma波帯域における神経活動の同期は、脳の領野内といった局所的な神経回路において、後続のニューロンを活性化させる興奮性および不活化させる抑制性のニューロン集団の活動が、ある一定のバランスを保つことで生まれることが、過去の神経生理学的な研究やモデリング研究によって明らかにされてきました。具体的な局所的gamma波の生成メカニズムとしては、興奮性ニューロン集団の活性が、強い即応性を持った抑制性ニューロン集団によって不活性化されます。そしてこの活性化と不活性化の繰り返しによってgamma波が生成されます。統合失調症や自閉症においては、抑制性ニューロンにあるシナプスの機能に障害がみられ、それによってgamma波の生成がうまくいかなくなることが分かっています。これは、興奮性-抑制性のバランス(E/I balance)の変質と呼ばれ、E/I balanceの変質と精神疾患における神経活動との関連が報告されています[3、4]。
シナプスのロングテール性と神経活動:
興奮性のシナプス前ニューロンのスパイクにより引き起こされるシナプス後ニューロンの膜電位の増加量は、興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential; EPSP)と呼ばれます。大脳皮質における興奮性ニューロン間のEPSPは、大多数は1ミリボルト以下ですが、数ミリボルト以上の巨大なEPSPがごくまれに存在しており、その頻度分布はロングテール性を持つ対数正規分布に従います。TeramaeらはこのEPSPの対数正規分布に着目し、不規則で低頻度(~ 1 Hz)な発火活動で、特定のニューロン間でのみ高い同期を示す自発的発火活動をモデル化しました[5]。そして、このロングテール性は、脳機能創発に重要な役割を担っており、現在、神経生理学的アプローチと数理モデル的アプローチの両面から盛んに研究が行われています[6、7]。しかし、精神疾患に見られる神経活動変質について、このロングテール性を伴うEPSPに着目した研究はこれまでにほとんど行われていませんでした。
研究内容
今後の展望
用語の説明
脳・神経系の神経細胞(ニューロン)は、急峻な膜電位の上昇である発火によって情報処理の伝達を行っています。スパイキングニューラルネットワークはこの発火のダイナミクスをモデル化し、実際のニューロンの生理学的特性に近い挙動を示すニューロンモデル。
※2 ロングテール性
確率分布の裾が、指数関数的な減衰をせずに、数オーダーに亘って穏やかに減衰する確率分布の性質。対数正規分布やガンマ分布などの確率分布がこの性質を持ちます。
引用文献
[2]Seymour, Robert A., et al. "Reduced auditory steady state responses in autism spectrum disorder." Molecular autism 11.1 (2020): 1-13.
[3]Bartos, Marlene, et al. "Fast synaptic inhibition promotes synchronized gamma oscillations in hippocampal interneuron networks." Proceedings of the National Academy of Sciences 99.20 (2002): 13222-13227.
[4]Glausier, Jill R., and David A. Lewis. "Dendritic spine pathology in schizophrenia." Neuroscience 251 (2013): 90-107.
[5]Teramae, Jun-nosuke, Yasuhiro Tsubo, and Tomoki Fukai. "Optimal spike-based communication in excitable networks with strong-sparse and weak-dense links." Scientific reports 2.1 (2012): 1-6.
[6]Nobukawa, Sou, et al. "Long-tailed characteristic of spiking pattern alternation induced by log-normal excitatory synaptic distribution." IEEE Transactions on Neural Networks and Learning Systems (2020).
[7]Kada, Hisashi, Jun-nosuke Teramae, and Isao T. Tokuda. "Highly heterogeneous excitatory connections require less amount of noise to sustain firing activities in cortical networks." Frontiers in computational neuroscience 12 (2018): 104.
原著論文情報
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雑誌名
Cognitive Neurodynamics (公開日: 12月4日)
論文タイトル
Effect of steady-state response versus excitatory/inhibitory balance on spiking synchronization in neural networks with log-normal synaptic weight distribution
著者
Sou Nobukawa, Nobuhiko Wagatsuma, Takashi Ikeda, Chiaki Hasegawa, Mitsuru Kikuchi & Tetsuya Takahashi
URL
https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs11571-021-09757-z
研究経費
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