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プレスリリース 発行No.1176 令和3年12月22日

精神疾患における脳活動の定常刺激反応の変質に
興奮性/抑制性バランスとシナプスのロングテール性が関与
−スパイキングニューラルネットワークによるシミュレーション研究により実施−

概要

 学校法人 千葉工業大学 情報科学部 情報工学科(准教授)/国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)精神保健研究所児童・予防精神医学研究部(客員研究員)信川創、東邦大学 理学部 情報科学科 我妻伸彦 講師、金沢大学 子どものこころの発達研究センター(協力研究員)/日本学術振興会 長谷川千秋、金沢大学 子どものこころの発達研究センター 池田尊司 助教、金沢大学 医薬保健研究域 医学系 精神行動科学 菊知充 教授、国立大学法人 金沢大学 子どものこころの発達研究センター(協力研究員)/国立大学法人 福井大学 医学部 精神医学講座(客員准教授)/魚津神経サナトリウム(副院長)高橋哲也は、スパイキングニューラルネットワーク(※1)とよばれる神経活動とネットワーク構造の詳細なモデルに基づいた数理シミュレーション研究によって、脳神経活動の同期現象である定常刺激反応が精神疾患によって変質してしまう要因として、興奮性/抑制性バランスと、シナプスのロングテール性(※2)が関与することを発見しました。この成果は、イギリスとドイツに本部を置く学術出版社であるSPRINGER NATUREの査読付き学術雑誌であるCognitive Neurodynamicsにて発表されました。

研究の背景

脳活動の定常刺激反応と精神疾患:
大脳皮質の感覚野における外部周期刺激に対する神経活動の同期現象は、聴性定常反応(auditory steady-state response(ASSR))や定常状態視覚誘発電位(stead-state visually evoked potential(SSVEP))として、脳波や脳磁図などの脳機能イメージング法によって観測されます。この刺激応答としての同期現象はgamma波(30-60 Hz)帯域において顕著に現れ、わたしたちの知覚機能との関連が示唆されています。そのため、gamma波の神経ネットワークの機能異常は、知覚の異常を捉える定量的な検査法の1つとして研究が進められています。特に、これまでに知覚や知覚情報の統合機能に異常を抱える自閉スペクトラム症や統合失調症などの精神疾患において、この応答特性に変質が生じることが報告されています[1、2]。
Gamma波と興奮性-抑制性バランス:
Gamma波帯域における神経活動の同期は、脳の領野内といった局所的な神経回路において、後続のニューロンを活性化させる興奮性および不活化させる抑制性のニューロン集団の活動が、ある一定のバランスを保つことで生まれることが、過去の神経生理学的な研究やモデリング研究によって明らかにされてきました。具体的な局所的gamma波の生成メカニズムとしては、興奮性ニューロン集団の活性が、強い即応性を持った抑制性ニューロン集団によって不活性化されます。そしてこの活性化と不活性化の繰り返しによってgamma波が生成されます。統合失調症や自閉症においては、抑制性ニューロンにあるシナプスの機能に障害がみられ、それによってgamma波の生成がうまくいかなくなることが分かっています。これは、興奮性-抑制性のバランス(E/I balance)の変質と呼ばれ、E/I balanceの変質と精神疾患における神経活動との関連が報告されています[3、4]。
シナプスのロングテール性と神経活動:
興奮性のシナプス前ニューロンのスパイクにより引き起こされるシナプス後ニューロンの膜電位の増加量は、興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential; EPSP)と呼ばれます。大脳皮質における興奮性ニューロン間のEPSPは、大多数は1ミリボルト以下ですが、数ミリボルト以上の巨大なEPSPがごくまれに存在しており、その頻度分布はロングテール性を持つ対数正規分布に従います。TeramaeらはこのEPSPの対数正規分布に着目し、不規則で低頻度(~ 1 Hz)な発火活動で、特定のニューロン間でのみ高い同期を示す自発的発火活動をモデル化しました[5]。そして、このロングテール性は、脳機能創発に重要な役割を担っており、現在、神経生理学的アプローチと数理モデル的アプローチの両面から盛んに研究が行われています[6、7]。しかし、精神疾患に見られる神経活動変質について、このロングテール性を伴うEPSPに着目した研究はこれまでにほとんど行われていませんでした。

研究内容

 このような中で私たちは、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンによって構成され、ニューロン同士が対数正規分布に従う興奮性シナプスと抑制性シナプスにより結合されたスパイキングニューラルネットワークを構築しました(図1を参照)。そして、興奮性ニューロン数と抑制性ニューロン数の比率を変化させることでE/I balanceの異なるネットワークを設定し、定常刺激入力を印加することで、その応答特性をInter-trial phase coherence (ITPC)により評価しました。その結果、健常者が持つE/I比(4:1)の場合と比較して、自閉症や統合失調で見られる興奮性ニューロンが優勢なネットワーク(E/I比が5:1以上のネットワーク)において、Gamma波帯域付近の入力周波数成分を持つ定常刺激入力への応答性の低下が観測されました(図2を参照)。さらにその低下は、興奮性シナプスのロングテール性が存在する場合にのみ現れることが明らかとなりました。追加で行った自発的発火活動のシミュレーション結果では、高いE/I比においては、ロングテール部に位置する強い興奮性シナプス結合により、外部刺激に影響されない自律的なgamma波の生成が活発化することが明らかになりました。この活性化した自発的な発火活動では、ネットワーク内での神経相互作用により生成されるダイナミクスのみが支配的となり、外部刺激への応答が劣化すると結論付けられました。

今後の展望

 ASSRやSSVEPといった定常刺激応答は、精神疾患への臨床応用が期待される技術です。これまでは、脳波や脳磁図などのニューロイメージング法を用いてニューロン集団の活動レベル(マクロレベル)を捉える研究が中心でした。それに対して、今回の私たちのシミュレーションモデル研究では、ニューロン・シナプスレベル(ミクロレベル)の特性変質がどのようにマクロレベルの応答特性に影響を与えるかを明らかにしました。今後、このようなアプローチによる研究成果がさらに蓄積されれば、脳波検査のような広く普及したニューロイメージング機器を用いて、マクロレベルな活動から詳細なミクロレベルでの特性変質の検出を可能にする新しい精神疾患のスクリーニングが実現されるかもしれません。

用語の説明

※1 スパイキングニューラルネットワーク
脳・神経系の神経細胞(ニューロン)は、急峻な膜電位の上昇である発火によって情報処理の伝達を行っています。スパイキングニューラルネットワークはこの発火のダイナミクスをモデル化し、実際のニューロンの生理学的特性に近い挙動を示すニューロンモデル。

※2 ロングテール性
確率分布の裾が、指数関数的な減衰をせずに、数オーダーに亘って穏やかに減衰する確率分布の性質。対数正規分布やガンマ分布などの確率分布がこの性質を持ちます。

引用文献

[1]Zhou, Tian-Hang, et al. "Auditory steady state response deficits are associated with symptom severity and poor functioning in patients with psychotic disorder." Schizophrenia research 201 (2018): 278-286.
[2]Seymour, Robert A., et al. "Reduced auditory steady state responses in autism spectrum disorder." Molecular autism 11.1 (2020): 1-13.
[3]Bartos, Marlene, et al. "Fast synaptic inhibition promotes synchronized gamma oscillations in hippocampal interneuron networks." Proceedings of the National Academy of Sciences 99.20 (2002): 13222-13227.
[4]Glausier, Jill R., and David A. Lewis. "Dendritic spine pathology in schizophrenia." Neuroscience 251 (2013): 90-107.
[5]Teramae, Jun-nosuke, Yasuhiro Tsubo, and Tomoki Fukai. "Optimal spike-based communication in excitable networks with strong-sparse and weak-dense links." Scientific reports 2.1 (2012): 1-6.
[6]Nobukawa, Sou, et al. "Long-tailed characteristic of spiking pattern alternation induced by log-normal excitatory synaptic distribution." IEEE Transactions on Neural Networks and Learning Systems (2020).
[7]Kada, Hisashi, Jun-nosuke Teramae, and Isao T. Tokuda. "Highly heterogeneous excitatory connections require less amount of noise to sustain firing activities in cortical networks." Frontiers in computational neuroscience 12 (2018): 104.

原著論文情報

    雑誌名
    Cognitive Neurodynamics (公開日: 12月4日)

    論文タイトル
    Effect of steady-state response versus excitatory/inhibitory balance on spiking synchronization in neural networks with log-normal synaptic weight distribution

    著者
    Sou Nobukawa, Nobuhiko Wagatsuma, Takashi Ikeda, Chiaki Hasegawa, Mitsuru Kikuchi & Tetsuya Takahashi

    URL
    https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs11571-021-09757-z

研究経費

 本研究は、公益財団法人 大川情報通信基金 研究助成(助成番号20-20)(信川創)と日本学術振興会 科研費 基盤研究C(研究課題/領域番号)(20K07964, 髙橋哲也)、戦略的創造研究推進事業(CREST)「人間と情報環境の共生インタラクション基盤技術の創出と展開」領域(研究総括:間瀬健二)研究課題「脳領域/個体/集団間のインタラクション創発原理の解明と適用」(代表者:津田一郎、課題番号:JPMJCR17A4)の支援を受けたものです。

添付資料

図 1.本研究で構築したスパイキングニューラルネットワークの概略と刺激入力法。
図 2.定常刺激応答の興奮性/抑制性比(E/I比)への依存性。Gamma波帯域付近の周波数を持った入力刺激に対して、興奮性の比率が増加することで、応答性が低下する様子が確認できる。
以上

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
千葉工業大学 情報科学部 情報工学科
信川 創(ノブカワ  ソウ)

TEL:047-478-0538  
E-Mail: nobukawa[@]cs.it-chiba.ac.jp
(Zoomでの対応も致しますので、メールにてお問い合わせください。)

東邦大学 理学部 情報科学科
我妻 伸彦(ワガツマ ノブヒコ)

TEL:047-472-1176
E-Mail: nwagatsuma[@]is.sci.toho-u.ac.jp

福井大学 医学部 精神医学 客員准教授
金沢大学 子どものこころの発達研究センター 協力研究員
髙橋 哲也(タカハシ テツヤ)

E-mail: takahash[@]u-fukui.ac.jp

※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。

【報道に関するお問い合わせ】
千葉工業大学 入試広報部
大橋 慶子(オオハシ ケイコ)

TEL:047-478-0222  FAX:047-478-3344
E-Mail: ohhashi.keiko[@]it-chiba.ac.jp

学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
TEL:03-5763-6583  
E-Mail: press[@]toho-u.ac.jp

金沢大学医薬保健系事務部総務課総務係 堺 淳(サカイ アツシ)
TEL:076-265-2109
E-mail:t-isomu[@]adm.kanazawa-u.ac.jp

福井大学 広報センター 
林 美果 (ハヤシ ミカ)

TEL:0776-27-9733  
E-Mail: sskoho-k[@]ad.u-fukui.ac.jp

※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。