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プレスリリース 発行No.1170 令和3年11月11日

抗菌薬耐性淋菌の起源が口腔内常在菌であることを実証

 東邦大学看護学部感染制御学の金坂 伊須萌助教、大野 章非常勤講師、小林 寅喆教授らの研究グループは、World Health Organization(WHO)が世界における注目すべき抗菌薬耐性菌としている、第3世代セフェム系抗菌薬耐性淋菌(Neisseria gonorrhoeae)が、口腔内常在菌の一種であるナイセリア サブフラバ(Neisseria subflava)からの自然形質転換により、同薬に耐性化することを実証しました。

 本研究成果により、日本に多く見られる淋菌の咽頭感染は、治療薬である抗菌薬に対する耐性化に深く関わっていることが明らかとなり、淋菌の耐性化に関する新しい知見と今後の対策へ大きく寄与すると考えられます。

 本研究成果は2021年11月8日に、英国の科学雑誌『Journal of Antimicrobial Chemotherapy』にて発表されました。

発表者名

金坂 伊須萌(東邦大学看護学部感染制御学 助教)
大野 章(東邦大学看護学部感染制御学 非常勤講師)
小林 寅喆(東邦大学看護学部感染制御学 教授)

発表のポイント

  • 淋菌の第3世代セフェム系抗菌薬耐性化はNeisseria subflavaからの自然形質転換により発生
  • 淋菌の抗菌薬耐性化に関する新しい知見と今後の対策へ大きく寄与

発表内容

【研究の背景】  
 近年、性行動の多様化により、淋菌が尿道、子宮頸部のみならず、咽頭や眼瞼結膜等の生殖器以外に感染する例が報告されています。性感染症の原因菌としてよく知られている淋菌は、淋菌性結膜炎では、治療が遅れると角膜穿孔に到り失明するほど重症化させる病原菌です。淋菌の生殖器以外の感染として、特にoral sex(口腔性交)による咽頭への淋菌の感染は、その多くが無症状であることから、気が付かないうちに感染が拡大することが問題視されています。
 近年、この淋菌の咽頭感染は、治療薬である抗菌薬に対する耐性化に深く関わっていることが明らかになってきました。2013年に米国疾病予防管理センター(CDC)は薬剤耐性菌の脅威についてハザードレベルを発表し、抗菌薬耐性淋菌は最も深刻な「urgent threats」に引き上げ(図1)、翌年にはWorld Health Organization(WHO)が、淋菌の第3世代セフェム系薬(セフトリアキソン;ロセフィン®)耐性化について警告を発し、世界における注目すべき抗菌薬耐性菌としました。
 淋菌は、口腔内常在菌(注1)であるナイセリア属と同じ仲間に分類されています。淋菌が咽頭に感染すると、元々口腔内に定着しているナイセリア属からの遺伝子導入(淋菌の自然形質転換能と呼ばれる遺伝子を受け取る特殊な性質)により、ある特定の遺伝子領域が変化(変異)します。この変化(変異)が、淋菌感染症治療の最後の切り札であるセフトリアキソンに対し耐性化する要因と考えられています。

【研究の詳細】 
 東邦大学看護学部感染制御学の金坂 伊須萌助教らの研究グループは、2017年に国内でまだ報告の少ないセフトリアキソン耐性の淋菌を検出し、その遺伝子を解析しました。また同時に、淋菌と同じ属である口腔ナイセリアの耐性化についても研究を進めてきました。
その中で、このセフトリアキソン耐性淋菌と東京都内のデンタルクリニックを受診した患者唾液試料より分離された口腔ナイセリア属 (ナイセリア サブフラバ)の遺伝子構造とが完全に一致する領域があることが明らかとなりました。この結果は、淋菌が口腔内常在菌であるナイセリア サブフラバから遺伝子導入を受け、セフトリアキソンに耐性化した可能性を示唆していることから、本現象を実験的に証明することを試みました。
 セフトリアキソン耐性淋菌の起源を明らかにするために、まず臨床より分離されたナイセリア サブフラバ株のpenA遺伝子(注2)の解析を行いました。次に、PCRで増幅・精製したpenAをドナーDNA(注3)とし、セフトリアキソンに感受性を示す淋菌株をレシピエント(注4)として形質転換実験を行いました。その結果、形質転換体である淋菌NT1株はセフトリアキソンに耐性を示し、自然形質転換により耐性を獲得したことが示されました(表1)。この淋菌NT1株のpenA遺伝子を解析したところ、ドナーであるナイセリア サブフラバのpenA遺伝子の配列と完全に一致していました(図2)。
 また、本研究にて解析したセフトリアキソン耐性淋菌は、2015年に日本で分離された多剤耐性を示す新規モザイク(注5)penA遺伝子を保有する淋菌(FC428クローン)(注6)であり、現在このクローンは海外にも広まり、継続的に報告されています。今回の結果は、淋菌のセフトリアキソン耐性化が、口腔内常在菌であるナイセリア サブフラバからの自然形質転換によって得られたことを直接的に示しているだけではなく、海外においても報告されているFC428クローンの出現が、ナイセリア サブフラバのpenA遺伝子獲得によるものであるという本研究発表者の仮説を裏付ける証拠になります。
 今回の結果は、日本の性風俗産業特有の施設におけるoral sexにより、口腔咽頭環境に一時的に淋菌が定着することが、公衆衛生上の重大な脅威であり、これらの性風俗施設が新たな抗菌薬耐性菌の温床となっていることを示しています。これまでは、感染、発症しても適切に治療すれば軽症で回復できた感染症が、抗菌薬耐性菌では治療が難しくなり、抗菌薬耐性淋菌が市中に広く拡散する可能性もあることから、早急な対策が必要だと考えられます。

発表雑誌

    雑誌名
    「Journal of Antimicrobial Chemotherapy」(2021年11月8日)

    論文タイトル
    The emergence of the ceftriaxone-resistant Neisseria gonorrhoeae FC428 clone by transfer of resistance from an oral N. subflava reservoir of resistance.

    著者
    Izumo Kanesaka, Akira Ohno*, Akiko Kanayama Katsuse, Hiroshi Takahashi, Intetsu Kobayashi

    DOI番号
    doi.org/10.1093/jac/dkab390

    アブストラクトURL
    https://academic.oup.com/jac/advance-article/doi/10.1093/jac/dkab390/6423110

用語解説

(注1)口腔内常在菌
口腔内には口腔連鎖球菌や嫌気性菌などが多く存在し、それらが常在菌として生息している。
ヒトには各部位にそれぞれ特徴的な常在菌が共存しており、病原菌などの侵入を阻止するなどヒトに有益な働きをしている。

(注2)penA遺伝子
淋菌の染色体上にある細胞壁合成酵素であるペニシリン結合タンパク質2(PBP2)をコードする遺伝子。
ペニシリン、セフィキシムおよびセフトリアキソン耐性は本遺伝子の変異によってもたらされる。

(注3)ドナーDNA
相同組み換えにおいて、遺伝情報を染色体に移行するDNA分子。
 
(注4)レシピエント
ドナーDNAを受け取る細菌株。

(注5)モザイク型
淋菌のpenA遺伝子の一部が他のナイセリア属菌からの遺伝子導入を受けて変異して生じる、ブロック状のユニークな配列。

(注6)FC428クローン
2015年に日本で分離されたセフトリアキソン MIC 0.5 mg/Lを示す淋菌株。
 

添付資料

表1. 各種抗菌薬感受性
レシピエント株であるN. gonorrhoeae No.112に対するセフトリアキソンのMIC(最小発育阻止濃度)は≦0.03 mg/Lを示し感受性を示しています。しかし、形質転換体であるN. gonorrhoeae NT1のセフトリアキソンに対するMICは0.25 mg/Lへ上昇し、耐性化していることがわかります。

参考URL http://medbox.iiab.me/modules/en-cdc/www.cdc.gov/drugresistance/biggest_threats.html

図1.米国疾病予防管理センター(CDC)は薬剤耐性菌の脅威についてハザードレベルを発表し、抗菌薬耐性淋菌は最も深刻な「urgent threats」に指定されています。

図2.セフトリアキソン感受性淋菌および形質転換体淋菌のpenA後半領域の塩基配列

N. subflavapenA後半領域の塩基配列と形質転換体であるN. gonorrhoeae NT1の塩基配列が完全に一致しています(赤字)。これは、N. gonorrhoeaeN. subflavaからの遺伝子導入を受けたという本研究発表者の仮説を裏付ける証拠になります。

以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学看護学部 感染制御学研究室
教授 小林 寅喆(こばやし いんてつ)

〒143-0015 大田区大森西4-16-20
TEL: 03-3762-9881
FAX: 03-3766-3914
E-mail: kobatora[@]med.toho-u.ac.jp
URL: https://www.lab.toho-u.ac.jp/nurs/infection_control/

【本ニュースリリースの発信元】
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