プレスリリース 発行No.1155 令和3年9月8日
光学不活性なインドリルスルホンアミド類が
特定の分子間相互作用の組み合せによりキラル結晶化を示すことを発見
特定の分子間相互作用の組み合せによりキラル結晶化を示すことを発見
東邦大学薬学部薬品製造学教室の東屋功教授、吉川晶子助教らの研究グループは、光学不活性なインドリルスルホンアミド類が、特定の分子間相互作用の種類と組み合わせにより、高い割合で光学活性な結晶を与えるキラル結晶化を示すことを発見しました。これにより、光学不活性な状態の溶液などから結晶化操作のみによって光学活性な結晶が得られ、光学活性を示す材料の新規合成法の開発に繋がることが期待されます。
この成果は、2021年7月8日に雑誌Crystal Growth & Designに発表されました。
この成果は、2021年7月8日に雑誌Crystal Growth & Designに発表されました。
発表者名
東屋 功 (東邦大学薬学部薬品製造学教室 教授)
吉川 晶子 (東邦大学薬学部薬品製造学教室 助教)
吉川 晶子 (東邦大学薬学部薬品製造学教室 助教)
発表のポイント
- 光学不活性なインドリルスルホンアミド類(インドールアミンのベンゼンスルホンアミド(注1)誘導体)が、他の一般的な化合物と比較して異常に高い割合で光学活性(注2)な結晶を与えること、すなわちキラル結晶化(注3)を示すことを見出した。
- 著者らがこれまでに提唱した、相互作用で結びつけられた分子同士のキラリティーの同一性の比率(Mchiral)を用いて網羅的な解析を行い、インドリルスルホンアミド類におけるキラル結晶化現象が、結晶中分子間に働く特定の相互作用の種類に影響を受けることを明らかにした。
- 分子間に働く弱い相互作用の中で、CH・・・π相互作用はキラル結晶化に有利に働くが、水素結合やπ・・・π相互作用は不利に働いていた。インドリルスルホンアミド類では、結晶中、前者の相互作用が後者の相互作用に比べて優位に見られることにより、キラル結晶化を示す化合物の割合が高くなっていることが示唆された。
発表内容
東邦大学薬学部薬品製造学教室の東屋功教授、吉川晶子助教らの研究グループは、インドール骨格をもつスルホンアミド誘導体において、結晶化により"キラリティー"を獲得してキラル結晶となる化合物の割合が異常に高いこと、ならびにその結晶形成におけるキラリティー獲得の原因の解明に関する論文を、アメリカ化学会の学術誌「Crystal Growth & Design」に発表した。キラリティーとは三次元の物体を、その鏡像と重ね合わせることができない性質のことで、「右手」と「左手」のような構造上の特徴を表す。「右手型の分子」と「左手型の分子」(注4)が同量を混合した溶液(ラセミ体の溶液)、あるいは両者の構造が素早く入れ代わる分子の溶液は光学不活性であり、その溶液から得られる結晶は多くの場合、右手型と左手型の分子が同量混合した光学不活性な結晶(ラセミ化合物)となる(ヴァラッハ則)。しかし、これらの光学不活性な溶液から、まれに右手型のみの分子が集まった光学活性な結晶と、左手型のみの分子が集まった光学活性な結晶がそれぞれ別々の結晶(コングロメレート)として得られる化合物が存在し、この現象はキラル結晶化と呼ばれる。このような性質を示す化合物は、溶液で光学活性を示さない化合物全体の約5~10%と言われているが、著者らは、溶液で光学活性を示さないインドリルスルホンアミド類(インドールアミンのベンゼンスルホンアミド誘導体)が21%という高い割合でキラル結晶化を示すことを見出した(図1)。特にインドールの4位または7位誘導体に限ると、39%という異常に高い割合でキラル結晶を与えた。この高いキラル結晶化率は、「スルホンアミドプロトンとスルホンアミドのスルホニル基との水素結合相互作用」に、「インドールの1位のプロトンとスルホンアミドのスルホニル基との水素結合相互作用」が組み合わさったことが主な要因だと考えられる。著者らはこれまでに、スルホンアミドの両端共に置換ベンゼン環をもつスルホンアミドについて、キラル結晶化の割合に対する官能基の影響を調べ、アルキル基やメトキシ基では11%、ハロゲン基では3%と、化合物がもつ官能基によりキラル結晶化の割合が大きく影響を受けることを明らかにしてきた(関連論文1、2)。その過程で、分子間相互作用とキラル結晶化現象について統計的な解析を行うにあたり、分子同士が集まって結晶を形成するための分子間力(分子間相互作用)が、キラル結晶の形成に与える影響を評価する新しいパラメータ(Mchiral)を提唱した(図2)。これは、結晶中、分子間に働く相互作用に対して、その相互作用が結び付けている2つの分子のキラリティーに着目し、その2つの分子が同じキラリティー(右手型と右手型、あるいは左手型と左手型)をもつ割合を表したものである。本論文では、インドリルスルホンアミド類(インドールアミンのベンゼンスルホンアミド誘導体)について、様々な分子間相互作用とMchiralの関係を羅網的に調べた。その結果、これらの化合物群においても、同じキラリティーをもつ分子同士が集まりやすい相互作用(CH・・・π相互作用)と、そうでない相互作用(スルホンアミドプロトンによる他の水素結合やπ・・・π相互作用)が存在することがわかった。これまでキラル結晶化現象と化学構造との関係は明確でなく、構造的な特徴に寄らず様々な化合物群で偶然に起こる現象と考えられてきたが、本論文および著者らによる関連論文における議論により、キラル結晶化現象の起源の解明へ大きく前進した。またキラル結晶化は、光学不活性な状態(溶液など)から結晶化操作のみによって光学活性な結晶が得られる現象であり、光学活性を示す化合物や材料の新規合成法の開発に繋がることが期待される。
原著論文情報
-
雑誌名
Crystal Growth & Design(2021年7月8日)
論文タイトル
High Proportion of Chiral Crystallization of Achiral Indolyl Sulfonamides: Effect of Intermolecular Interactions.
著者
Kikkawa, S.; Maeno, I.; Katagiri, K.; Murayama, Y.; Nozawa, M.; Hikawa, H.; Azumaya, I.*
DOI番号
10.1021/acs.cgd.1c00305
論文URL
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.cgd.1c00305
用語解説
(注1)スルホンアミド
図1の上部に示した、-S(=O)2-N-のような構造を持つ化合物の総称。古くから医薬品の部分構造として知られており、例えば合成抗菌薬であるスルファメトキサゾールやスルファジメトキシンなど、多くの医薬品が知られている(「スルファ」はスルホンアミド構造を含む抗菌薬のステム[共通の部分名称])。
(注2)光学活性
化合物の溶液、溶融状態や結晶など、分子が集合した状態を直線(平面)偏光が通過するとき、その振動面を回転させる性質。振動面が回転せず通過する場合を光学不活性という。
(注3)キラル結晶化
化合物の光学不活性な溶液から光学活性な結晶(分子のキラリティーが一方に揃った結晶=コングロメレート)が生じる現象。不斉結晶化、自然分晶と呼ばれることもある。このような現象を示す化合物は、(a)不斉炭素などをもつキラルな分子がその鏡像異性体と1:1で混合することにより光学不活性となったラセミ体、(b)鏡像異性体の関係にある安定配座が溶液中で相互に速く変換することにより光学不活性となるもの、(c)分子そのものがアキラルな構造であることにより光学不活性となるものに分類される。本論文の化合物は、(b)に該当する。
(注4)右手型と左手型の分子
分子のキラリティーを表現する際、実際には左と右という表現は使わず、例えば分子(不斉中心)に対しては R/S、特に生体由来の分子に対してはD/Lの表記がしばしば使われる。本稿では比喩表現として左手型、右手型という語句を用いている。
図1の上部に示した、-S(=O)2-N-のような構造を持つ化合物の総称。古くから医薬品の部分構造として知られており、例えば合成抗菌薬であるスルファメトキサゾールやスルファジメトキシンなど、多くの医薬品が知られている(「スルファ」はスルホンアミド構造を含む抗菌薬のステム[共通の部分名称])。
(注2)光学活性
化合物の溶液、溶融状態や結晶など、分子が集合した状態を直線(平面)偏光が通過するとき、その振動面を回転させる性質。振動面が回転せず通過する場合を光学不活性という。
(注3)キラル結晶化
化合物の光学不活性な溶液から光学活性な結晶(分子のキラリティーが一方に揃った結晶=コングロメレート)が生じる現象。不斉結晶化、自然分晶と呼ばれることもある。このような現象を示す化合物は、(a)不斉炭素などをもつキラルな分子がその鏡像異性体と1:1で混合することにより光学不活性となったラセミ体、(b)鏡像異性体の関係にある安定配座が溶液中で相互に速く変換することにより光学不活性となるもの、(c)分子そのものがアキラルな構造であることにより光学不活性となるものに分類される。本論文の化合物は、(b)に該当する。
(注4)右手型と左手型の分子
分子のキラリティーを表現する際、実際には左と右という表現は使わず、例えば分子(不斉中心)に対しては R/S、特に生体由来の分子に対してはD/Lの表記がしばしば使われる。本稿では比喩表現として左手型、右手型という語句を用いている。
関連論文
(1)Kikkawa, S.; Masu, H.; Katagiri, K.; Okayasu, M.; Yamaguchi, K.; Danjo, H.; Kawahata, M.; Tominaga, M.; Sei, Y.; Hikawa, H.; Azumaya, I. Characteristic Hydrogen Bonding Observed in the Crystals of Aromatic Sulfonamides: 1D Chain Assembly of Molecules and Chiral Discrimination on Crystallization. Cryst. Growth Des. 2019, 19, 2936–2946 (doi: 10.1021/acs.cgd.9b00159).
(2)Kikkawa, S.; Okayasu, M.; Hikawa, H.; Azumaya, I. Effect of Halogen Bonding on Chiral Assemblies of Achiral Sulfonamide Molecules in the Crystalline Phase. Cryst. Growth Des. 2021, 21, 1148–1158 (doi: 10.1021/acs.cgd.0c01469).
(2)Kikkawa, S.; Okayasu, M.; Hikawa, H.; Azumaya, I. Effect of Halogen Bonding on Chiral Assemblies of Achiral Sulfonamide Molecules in the Crystalline Phase. Cryst. Growth Des. 2021, 21, 1148–1158 (doi: 10.1021/acs.cgd.0c01469).
添付資料
図1 官能基の種類と、キラル結晶を与える化合物およびラセミ結晶を与える化合物の割合
図2 主要な相互作用と、同じキラリティーの分子を結合する割合(Mchiral値)
以上
お問い合わせ先
【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学薬学部薬品製造学教室
教授 東屋 功
助教 吉川 晶子
〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-1589
FAX: 047-472-1595
E-mail: isao.azumaya[@]phar.toho-u.ac.jp
URL: http://chiralcrystal.net/toho/yakuzo/
【本ニュースリリースの発信元】
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〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583
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