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プレスリリース 発行No.1154 令和3年9月7日

カオス共鳴機構を利用してADHDにおける神経活動の乱れを即応性を持って正常化するアルゴリズムを開発・
モデルシミュレーションでの効果検証を実施
− 新たなニューロフィードバック法の臨床応用に期待 −

概要

 学校法人 千葉工業大学 情報科学部 情報工学科 信川創 准教授、東邦大学 理学部 情報科学科 我妻伸彦 講師、公立大学法人 兵庫県立大学 情報科学研究科 西村治彦 特任教授、国立大学法人 高知大学 教育学部 技術教育コース 道法 浩孝 教授、国立大学法人 金沢大学 子どものこころの発達研究センター(協力研究員)/国立大学法人 福井大学 医学部 精神医学(客員准教授)/魚津神経サナトリウム(副院長)高橋哲也は、数理モデル上のシミュレーションで、注意欠如・多動症(Attention-deficit/hyperactivity disorder: ADHD)に見られる前頭野の異常な神経活動の状態を、非線形制御により設計された感覚刺激としてフィードバックさせることで、正常な神経活動の状態に即応的に遷移させるアルゴリズムを開発しました。この成果は、スイスに本部を置く科学・工学・医学についての出版社であるFrontiers Media SAの査読付き学術雑誌であるFrontiers in Computational Neuroscience にて発表されました。

研究の背景

 ADHDは、不注意と多動・衝動性によって特徴付けられる高い罹患率を有する発達障害であり、患者の生活に深刻な心的・社会的影響を及ぼすことから、効果的な治療法の構築が望まれています[1]。ADHDの原因としてこれまでに、前頭野や大脳基底核を含むドーパミン神経系の機能異常など複数の神経基盤が報告されています[2]。しかし、これらの神経基盤の相互作用は複雑で、ADHDの病理メカニズムの完全な解明には至っていません。現在、ADHDでは、「心理社会的治療」と「薬物治療」が中心となります。一方、近年注目されている新たな非薬物療法の一つにニューロフィードバック法があります。同手法は、脳波などの脳機能画像法によって得られた神経活動の情報をリアルタイムに脳にフィードバックし、長期的な神経ネットワークの変化を促すものです。1976年にLubar&Shouseによって、脳波を用いたニューロフィードバック法がADHDにおける多動・衝動性の抑制に一定の効果をもたらすことが示されて以来、持続的なADHDの病態改善を実現し得る治療法として注目されています[3]。現在までに様々なニューロフィードバック法が提案されていますが、それらの多くはシナプス可塑性(用語説明(1))による神経ネットワークの増強を利用したものであり、神経ネットワークの変化が現れるまでに、数十日程度の繰り返しの訓練が必要となっています。
 現在、脳波やfMRI(functional magnetic resonance imaging)などの脳生理学的指標を用いたADHDの神経ネットワーク特性の解明を目指した研究が進められる一方、数理的な神経ネットワークモデルでADHDの神経ダイナミクスを記述し、そのモデルからADHDの神経基盤を解明しようとする試みが進んでいます。
例えば、Baghdadiらはシミュレーションモデルとして、興奮性および抑制性ニューロン集団で構築される前頭野と感覚野の神経ネットワークをモデル化し、前頭野から感覚野への神経経路の結合が弱まった場合に、前頭野の神経活動がカオス-カオス間欠性(Chaos-Chaos Intermittency: CCI)状態に遷移することを示しました[4]。このCCI状態は前頭野の神経活動が2つの活動状態をカオス的に遷移するものであり、このモデル(以降ではBaghdadiモデルと呼ぶ)により生成された挙動は、実際のADHD患者における注意機能障害と高い整合性を示します[4、5、6]。

研究内容

 このような中で信川らは、ADHDの前頭野の神経活動に基づき、非線形制御手法を用いて感覚刺激を設計し、その刺激をフィードバックすることで乱れた前頭野の神経活動を安定化するアルゴリズム(図1を参照)を開発し、Baghdadiモデル上でその安定化の効果を確認しました。具体的には、脳波などの脳機能画像法によって計測されたと仮定される前頭野の神経活動に対して、信川らが提案したカオス制御法である「軌道領域減少法」(reduced region of orbit method(RRO法))[7]を適用して感覚刺激入力を生成します。そして、その刺激を前頭野に入力することで、カオス共鳴(用語説明(2))と呼ばれる時間的に不規則挙動の少ない状態に遷移させることで、正常な神経活動を実現することを確認しました(図2を参照)。

今後の展望

 今回の研究では、ADHDにおける神経ダイナミクスのシミュレーションモデルにRRO法によるニューロフィードバック法を適用することで、神経活動が安定化することを明らかにしました。近年、光刺激などの感覚刺激入力が注意機能を増進するという研究成果が報告されており[8、9]、このような注意機能を制御し得る機器を組み合わせることで、本研究で提案したニューロフィードバック法の臨床応用が期待されます。シナプス可塑性による神経経路の増進に基づく従来のニューロフィードバック法では、注意機能の改善の効果が現れるまでに数十日程度の訓練が必要になりますが、本研究で提案した新しいニューロフィードバック法が実現されれば、即応性を持ったニューロフィードバックにより、ADHDにおける神経活動の乱れを正常化することが実現できると考えられます。

用語の説明

(1)シナプス可塑性
脳を構成する神経細胞(ニューロン)間の情報伝達を担うシナプスが、繰り返しの学習や訓練によって機能強化される機構のことです。
(2)カオス共鳴
現在までに行われた確率共鳴(stochastic resonance)や確率促進理論(stochastic facilitation theory)の膨大な研究成果から、脳は、時空間的な神経活動のゆらぎを積極的に利用することで脳機能を実現していることが分かっています。私たちの研究では、脳の内的なダイナミクスによって生成されるゆらぎを脳におけるカオスとして捉えています[10]。しかし、多くの精神疾患ではゆらぎの最適化が十分に機能しない状態となっており、今回のADHDの神経ダイナミクスを記述したBaghdadiモデルも最適化されていないカオス挙動を示しています。本研究では、RRO法によりカオス挙動を残しつつ、基準信号に同期しやすいカオス共鳴状態に遷移させて正常な神経ダイナミクスを実現させています。

引用文献

[1] Sonuga-Barke, Edmund JS, et al. "Nonpharmacological interventions for ADHD: systematic review and meta-analyses of randomized controlled trials of dietary and psychological treatments." American Journal of Psychiatry 170.3 (2013): 275-289.
[2] Sigurdardottir, H. L., et al. "Association of norepinephrine transporter methylation with in vivo NET expression and hyperactivity–impulsivity symptoms in ADHD measured with PET." Molecular psychiatry 26.3 (2021): 1009-1018.
[3] Van Doren, Jessica, et al. "Sustained effects of neurofeedback in ADHD: a systematic review and meta-analysis." European child & adolescent psychiatry 28.3 (2019): 293-305.
[4] Baghdadi, Golnaz, et al. "A chaotic model of sustaining attention problem in attention deficit disorder." Communications in Nonlinear Science and Numerical Simulation 20.1 (2015): 174-185.
[5] Gonen-Yaacovi, Gil, et al. "Increased ongoing neural variability in ADHD." Cortex 81 (2016): 50-63.
[6] Michelini, Giorgia, et al. "Shared and disorder-specific event-related brain oscillatory markers of attentional dysfunction in ADHD and bipolar disorder." Brain topography 31.4 (2018): 672-689.
[7] Nobukawa, Sou, and Natsusaku Shibata. "Controlling chaotic resonance using external feedback signals in neural systems." Scientific reports 9.1 (2019): 1-9.
[8] Vandewalle, Gilles, et al. "Daytime light exposure dynamically enhances brain responses." Current Biology 16.16 (2006): 1616-1621.
[9] Newman, Daniel P., et al. "Ocular exposure to blue-enriched light has an asymmetric influence on neural activity and spatial attention." Scientific reports 6.1 (2016): 1-11.
[10] Nobukawa, Sou, and Haruhiko Nishimura. "Synchronization of chaos in neural systems." Frontiers in Applied Mathematics and Statistics 6 (2020): 19.

原著論文情報

    雑誌名
    Frontiers in Computational Neuroscience(公開日: 9月1日)

    論文題目
    An Approach for Stabilizing Abnormal Neural Activity in ADHD Using Chaotic Resonance

    著者
    Sou Nobukawa, Nobuhiko Wagatsuma, Haruhiko Nishimura, Hirotaka Doho and Tetsuya Takahashi

    URL
    https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fncom.2021.726641/

研究経費

 本研究は、日本学術振興会 科研費 基盤研究C(研究課題/領域番号)(20K11976、西村治彦;20K07964、髙橋哲也)と戦略的創造研究推進事業(CREST)「人間と情報環境の共生インタラクション基盤技術の創出と展開」領域(研究総括:間瀬健二)研究課題「脳領域/個体/集団間のインタラクション創発原理の解明と適用」(代表者:津田一郎、課題番号:JPMJCR17A4)の支援を受けたものです。

添付資料

図1 ADHDの神経ダイナミクスを再現するBaghdadiモデルへの軌道領域減少法(RRO法)の適用。

図2 RRO法によって実現されたカオス共鳴状態。適度なRROフィードバック強度によって、正常な神経活動(基準信号)との相関がピーク(図上部の点線部分)となる。すなわち、ADHDの乱れた前頭野の神経ダイナミクスが正常なダイナミクスに近づくことが確認できる。

以上

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
千葉工業大学 情報科学部 情報工学科
信川 創(ノブカワ  ソウ)

TEL:047-478-0538  
E-Mail: nobukawa[@]cs.it-chiba.ac.jp
(Zoomでの対応も致しますので、メールにてお問い合わせください。またニューロフィードバック法・カオス制御法に関する企業様からの技術的なお問い合わせにも対応致します。)

東邦大学 理学部 情報科学科
我妻 伸彦(ワガツマ ノブヒコ)

TEL:047-472-1176
E-Mail: nwagatsuma[@]is.sci.toho-u.ac.jp

福井大学 医学部 精神医学 客員准教授
高橋 哲也(タカハシ テツヤ)

E-mail: takahash[@]u-fukui.ac.jp

※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。

【報道に関するお問い合わせ】
千葉工業大学 入試広報部
大橋 慶子(オオハシ ケイコ)

TEL:047-478-0222  FAX:047-478-3344
E-Mail: ohhashi.keiko[@]it-chiba.ac.jp

学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
TEL:03-5763-6583  
E-Mail: press[@]toho-u.ac.jp

福井大学 広報センター 
林 美果(ハヤシ ミカ)

TEL:0776-27-9733  
E-Mail: sskoho-k[@]ad.u-fukui.ac.jp

※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。