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プレスリリース 発行No.1146 令和3年7月23日

脳の萎縮のメカニズムを解明

 宮崎大学、東京大学、東邦大学、富山大学並びに理化学研究所などの研究グループは、老化や脳神経疾患などで起こる、脳の萎縮に関係する新しいメカニズムを世界で初めて明らかにしました。
 この研究成果は、将来、脳神経疾患の病態改善に繋がる可能性があります。

発表のポイント

  • 老化や多くの脳神経疾患に共通する神経細胞での小胞体の品質低下が、脳萎縮の原因となることを発見
  • 脳萎縮の原因として脳内コレステロール合成不全を発見
  • 脳内コレステロール合成に重要な経路としてDerlin-SREBP-2経路の重要性を発見

発表概要

 超高齢化社会を迎えた我が国で問題となっている、認知症、パーキンソン病などの脳神経疾患では、脳の萎縮が広く認められます。これまで脳萎縮の原因は、神経細胞の脱落(細胞死)と考えられてきました。しかし、必ずしも神経細胞死だけでは、脳体積の減少を説明できませんでした。一方、脳神経疾患の状態にある「病態脳」では、多くの場合、神経細胞内の細胞小器官の一つである小胞体(注1)にストレスがかかっていること(小胞体ストレス)が示されていました。そこで、マウスを用いて脳内で小胞体ストレスを誘導する動物モデルを作製し、脳萎縮の分子メカニズムを解明しました。
 
 今後は、脳神経疾患に広く共通する脳萎縮の回復を目指す創薬が期待されます。本研究成果は、宮崎大学の西頭英起教授、東京大学の一條秀憲教授らによるもので、7月23日付けで、米国Cell Pressの学術誌雑誌『iScience』(アイサイエンス)に掲載されます。

発表者名

杉山 崇史 (宮崎大学 医学部附属病院 脳神経内科 助教)
村尾 直哉 (宮崎大学 医学部 機能生化学分野 助教)
御子柴 克彦 (東邦大学 理学部生物分子科学科 特任教授、
                 理化学研究所 生命機能科学研究センター客員主管研究員、
                 上海科技大学 免疫化学研究所 教授)
高雄 啓三 (富山大学 学術研究部医学系 行動生理学講座 教授)
酒井 寿郎 (東京大学 先端科学技術研究センター 代謝医学分野、
               東北大学大学院医学系研究科 分子代謝生理学分野 教授)
一條 秀憲 (東京大学 大学院薬学系研究科 教授)
西頭 英起 (宮崎大学 医学部 機能生化学分野 教授)

発表内容

1、背景
 脳の正常な発達とその維持は、脳機能を発揮する上でとても重要です。神経細胞は、外部からの信号を受け取る樹状突起の伸長や、信号の伝達を担うシナプスの形成を経て発達します。老化した脳や病態脳では、この神経突起やシナプス形成が抑制されるとともに、脳萎縮が観察されます。また、このような脳で共通して認められるメカニズムが、細胞小器官の一つである小胞体の品質悪化です。西頭と一條らは、マウスを用いて小胞体の機能を低下させる病態モデルを作製することで、脳萎縮と小胞体の関係を明らかにすることを試みました。
 本論文では、脳の発達と機能維持に必須なコレステロール(注2)の生合成に、小胞体の品質管理に重要な膜タンパク質Derlin(注3)が必要であることを解明しました。さらに、Derlinは運動機能に重要な小脳や線条体の発達にとくに重要で、その機能不全は、パーキンソン病などで認められる運動機能障害を引き起こすことも突き止めました。

2. 研究手法と成果
 小胞体は、細胞が曝されたストレスを感知し、それに対処することで細胞のストレス状態を緩和する能力(小胞体ストレス応答)をもっています。これまでに、小胞体の膜上のタンパク質Derlinは、小胞体の品質管理に必須な分子であることが報告されています。また、小胞体は、コレステロール合成に関わる膜型転写因子SREBP-2(注4)の活性化の最初のステップを担う場所であり、コレステロール合成にとって重要な細胞小器官としても知られています。
 本研究では、脳内でのDerlin遺伝子欠損マウスを用いた解析により、小脳でSREBP-2の活性化が阻害されていること、それにより小脳内のコレステロールの総量が減少していることを突き止めました。さらに、Derlinを欠損させた培養神経細胞で見られる樹状突起の短縮は、人為的なSREBP-2の活性化により抑制できることを発見しました。これら結果は、小胞体膜上でDerlinが、SREBP-2の活性化を制御してコレステロール合成を誘導し、神経突起伸長を促すことで、脳の正常な発達と機能維持に重要な役割を果たしていることを示します。さらに本発見のユニークな点として、Derlinの機能不全による小胞体ストレスそのものは、脳萎縮の直接の原因ではなかったという点も挙げられます。本研究成果は、DerlinによるSREPB-2活性制御を介したコレステロール合成が、脳神経細胞の重要な役割を担い、その破綻が脳萎縮に繋がるという、新たな分子メカニズムを見出した重要な知見といえます。

3. 今後の期待
 本成果および今後の研究の発展により、Derlin–SREBP-2経路が、コレステロール代謝不全を伴う神経疾患や発達障害に対して、その病態を改善するための新たな治療標的となることが期待されます。

発表雑誌

    雑誌名
    「iScience」(2021年7月23日号)

    論文タイトル
    ERAD components Derlin-1 and Derlin-2 are essential for postnatal brain development and motor function

    著者
    #Takashi Sugiyama, #Naoya Murao, Hisae Kadowaki, Keizo Takao, Tsuyoshi Miyakawa, Yosuke Matsushita, Toyomasa Katagiri, Akira Futatsugi, Yohei Shinmyo, Hiroshi Kawasaki, Juro Sakai, Kazutaka Shiomi, Masamitsu Nakazato, Kohsuke Takeda, Katsuhiko Mikoshiba, Hidde L. Ploegh, *Hidenori Ichijo, *Hideki Nishitoh (#:co-first authors, *:co-corresponding authors)

    DOI番号
    doi.org/10.1016/j.isci.2021.102758

    アブストラクトURL
    https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589004221007264

用語解説

(注1)小胞体
膜タンパク質や分泌タンパク質などを合成する細胞内の小器官(オルガネラ)の一つ。

(注2)コレステロール
血液脳関門をほとんど通過できないため、出生後は脳内で作られる必要がある。また、生体内の全コレステロール量の20~25%は脳内にある。

(注3)Derlin
小胞体膜上に存在し、小胞体の品質管理に必須のタンパク質。

(注4)SREBP-2
小胞体膜上に存在し、コレステロール合成時にゴルジ体に移動して、プロテアーゼS1PとS2Pによって切断され、核内へ移動し、コレステロール合成に関わる酵素群を発現誘導する。

添付資料

図1.マウス動物モデルにおける脳萎縮と運動機能障害のメカニズム
図2.神経細胞でのDerlin-1遺伝子欠損による成体マウスの脳萎縮
図3.Derlin-1遺伝子欠損による小脳のプルキンエ細胞形態異常
図4.SREBP-2経路の活性化による神経突起短縮の回復
以上

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
宮崎大学 医学部機能生化学 教授
西頭 英起(にしとう ひでき)

TEL:0985-85-3127
E-mail:nishitoh[@]med.miyazaki-u.ac.jp

東京大学 大学院薬学系研究科 細胞情報学教室 教授
一條 秀憲(いちじょう ひでのり)

TEL:03-5841-4858
E-mail: ichijo[@]mol.f.u-tokyo.ac.jp

東邦大学 理学部生物分子科学科 特任教授 
理化学研究所 生命機能科学研究センター 客員主管研究員(併任)
上海科技大学 免疫化学研究所 教授(併任)
御子柴 克彦(みこしば かつひこ)

TEL: 047-472-1205(内線3059)  
E-mail: mikosiba[@]shanghaitech.edu.cn

富山大学 学術研究部医学系 行動生理学講座 教授
高雄 啓三(たかお けいぞう)

TEL: 076-434-7170
E-mail: takao[@]cts.u-toyama.ac.jp

東京大学 先端科学技術研究センター 代謝医学分野 教授
東北大学 大学院医学系研究科 分子代謝生理学分野 教授(併任)
酒井 寿郎(さかい じゅろう)

TELl: 03-5452-5472  Fax: 03-5452-5429   
E-mail: jmsakai-tky[@]umin.ac.jp

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