プレスリリース 発行No.1120 令和3年2月25日
-全球に降り注いだイリジウムを含む衝突ダスト-
要点
- 約6,600万年前の巨大クレーター内から、小惑星由来の元素を高濃度で含む地層を発見
- イリジウムを多く含むダストは衝突により形成された堆積物の最上部に分布
- 大規模衝突による全球的な物質の拡散過程を理解するための重要な証拠
概要
本研究成果は、この衝突現場と世界中から報告されている白亜紀/古第三紀境界前後に堆積した地層の時間軸を正確に揃える重要な基準となる。今後、大規模な小惑星衝突によって飛散した物質がどのように地球全体へ拡散したのかを手がかりにすることで、恐竜絶滅前後の環境変動がより詳細に復元されることが期待される。
研究成果は2021年2月24日付(米国東部時間)の国際学術誌「Science Advances」に掲載される。
研究の背景
これまで、この掘削コア試料を用いた研究により、大規模な小惑星衝突に伴うクレーターの形成プロセスや直後の環境変動、生態系の回復速度などが詳細に復元されてきた(Morgan et al. 2016; Lowery et al. 2018; Riller et al. 2018; Gulick et al. 2019など)。しかし、衝突を引き起こした小惑星由来の物質がクレーター内部にどのように分布しているかについては、明らかになっていなかった。
研究成果
国際研究チームはチチュルブ・クレーター内部の掘削コア試料に含まれる衝突由来の堆積物(厚さ約130 m)を対象に詳細な地球化学分析(用語6)を行った。その結果、クレーターのピークリングを覆っている衝突由来の堆積物の最上部に、小惑星由来のイリジウムの濃度が~1 ng/gに達する(上下と比べておよそ30倍多い)層を発見した(図2)。
小惑星衝突地点のクレーター内部の堆積物から高濃度のイリジウムが検出されたことは、意外かつ非常に興味深い結果である。直径が数kmを超える小惑星の衝突イベントでは、小惑星物質のほとんどは衝突時の熱により気化するため、クレーター外部に放出されると考えられていた。また衝突直後のクレーター内部は、大規模な津波・地震・衝撃波の影響などを激しく受けた環境下にあったことに加え、クレーター深部に激しい熱水活動が生じていた証拠が発見されたことからも、小惑星物質そのものの痕跡は消失していると懸念されていた。
しかし研究の結果、小惑星由来のイリジウムは、クレーター内部にも非常に高濃度で保存されていることが明らかとなった。これにより、衝突地点と世界中の白亜紀/古第三紀境界層に記録されている時間軸を正確に揃えることが可能となる。また、衝突後の濁った海水から堆積した粘土層の最上部にイリジウムが濃集していることは、小惑星物質を含む噴出物が大気中に飛散され浮遊したのち、衝突イベントの数年〜数十年間のうちに降り積もった可能性を示唆しており、大規模な衝突により飛散した物質の大気・海洋を含めた拡散過程を詳細に理解する上で重要な制約条件となる。
図2:衝突由来の堆積物最上部層および上位の古第三紀石灰岩層における掘削コア試料のスキャン画像。イリジウムが高濃度で含まれているのは、暗褐色の細粒な粘土層と灰緑色の石灰岩層の境界部(Onshore science party of IODP-ICDP Expedition 364提供)。
研究の経緯
その後、メキシコのユカタン半島沖で直径約200 kmの巨大なクレーターが物理探査により発見されたことで、「小惑星衝突による生物大量絶滅説」は確実なものとなった。それから40年以上が経過した現在、国際研究チームは小惑星衝突と生物大量絶滅を結びつける“最後の証拠”として、クレーター内部における小惑星成分を含む衝突ダスト層の分布を明らかにする研究を実施した。
今後の展開
用語説明
- 白亜紀/古第三紀境界:約6,600万年前の白亜紀(Kreide)および古第三紀(Paleogene)の境界(K/Pg境界)を表す地質年代の用語。
- イリジウム:強親鉄性元素・白金族元素の一つ。地球表層の岩石中にはほとんど含まれておらず、金属でできた地球の中心核が形成される際に深部へ取り去られた結果と考えられている。一方、白亜紀末に衝突した小惑星中には、地球表層の岩石に比べて数百〜数千倍も豊富に含まれている。堆積物中に含まれるイリジウムの濃度は、地球外由来の物質が含まれている場合でも1 gあたり10-9 g(1 ng)程度と極度に低いため、高精度の測定が非常に困難である。そのため本研究では、4つの研究機関による異なる分析手法を組み合わせることで、堆積物中に分布するイリジウム濃度が正しく測定されていることを確認した。
- 国際深海科学掘削計画(IODP: International Ocean Discovery Program):2013年10月から始動した多国間の国際協力プロジェクト。現在は、日本、アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、フランス、オランダ、イタリア、オーストリア、スイス、スペイン、ポルトガル、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイルランド、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インド、ブラジルの、計23ヶ国が参加。日本が運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船「ジョイデス・レゾリューション」を主力掘削船として、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明を目的とした研究を行っている。
- 第364次研究航海(Expedition 364):2016年4〜5月にかけて、国際深海科学掘削計画(IODP)の一環として「チチュルブ・クレーター掘削計画」が実施された。掘削コアはドイツ・ブレーメン大学の海洋研究所に輸送され、同年9~10月に本格的な記載・分析・個別試料の分取が行われた。恐竜の絶滅は生命史の中でも大きな事件であり、本航海ではその原因となった小惑星衝突の現場を掘削している。小惑星衝突の跡はチチュルブ・クレーターと呼ばれており、その大半が海底下に存在している。クレーターを掘削して、どのようにクレーターが形成されたのか、衝突が引き金となった熱水活動の履歴、どのくらいの期間で環境が回復したのかなど、この破局的な環境激変の実態解明のため研究が進められている。また研究航海では衝突起源の堆積物だけではなく基盤岩に達する試料を採取した。この研究計画には日本(4名)を含め、アメリカ、ヨーロッパ各国、オーストラリア、中国、メキシコ から計31名の研究者が参加している。
- ピークリング:衝突クレーターは、小規模なものではお椀型の形状となるが、約数十km以上の巨大クレーターになると、内部にピークリングと呼ばれる環状の隆起構造を持つことが知られている。チチュルブ・クレーターにはクレーター中心部から約45 kmの地点にピークリングが形成されている。
- 地球化学分析:地球を構成する岩石、鉱物、大気、海水、生体などに含まれている元素、あるいは元素の同位体や化学種の絶対濃度・相対濃度を決定する化学分析の総称。広義では隕石や月試料などの地球外由来の物質を対象とする化学分析も含む。
- 層序対比:地層の分布・産状・化石などを鍵層として離れた地域間における堆積物を比較し、同一時間面を決定する地質学的手法。本研究では、イリジウムを高濃度で含む堆積物が鍵層にあたる。
論文情報
論文タイトル:Globally distributed iridium layer preserved within the Chicxulub impact structure
著者:Steven Goderis, Honami Sato, Ludovic Ferrière, Birger Schmitz, David Burney, Pim Kaskes, Johan Vellekoop, Axel Wittmann, Toni Schulz, Stepan Chernonozhkin, Philippe Claeys, Sietze J. de Graaff, Thomas Déhais, Niels J. de Winter, Mikael Elfman, Jean-Guillaume Feignon, Akira Ishikawa, Christian Koeberl, Per Kristiansson, Clive R. Neal, Jeremy D. Owens, Martin Schmieder, Matthias Sinnesael, Frank Vanhaecke, Stijn J. M. Van Malderen, Timothy J. Bralower, Sean P. S. Gulick, David A. Kring, Christopher M. Lowery, Joanna V. Morgan, Jan Smit, Michael T. Whalen, IODP-ICDP Expedition 364 Scientists*
* S.P.S. Gulick, J.V. Morgan, T. Bralower, G. Carter, E. Chenot, G.L. Christeson, P. Claeys, C.S. Cockell, M.J.L. Coolen, L. Ferrière, C. Gebhardt, K. Goto, H. Jones, D.A. Kring, E. LeBer, J. Lofi, C.M. Lowery, R. Ocampo-Torres, L. Perez-Cruz, A.E. Pickersgill, M.H. Poelchau, A.S.P. Rae, C. Rasmussen, M. Rebolledo-Vieyra, U. Riller, H. Sato, D. Schmitt, J. Smit, S.M. Tikoo, N. Tomioka, J. Urrutia-Fucugauchi, M.T. Whalen, A. Wittmann, L. Xiao, K.E. Yamaguchi
DOI:10.1126/sciadv.abe3647
問い合わせ先
東京工業大学 理学院 地球惑星科学系 准教授 石川 晃
(兼 海洋研究開発機構 海洋機能利用部門 海底資源センター 招聘主任研究員)
Email: akr[@]eps.sci.titech.ac.jp
TEL: 03-5734-3982
海洋研究開発機構 高知コア研究所 主任研究員 富岡 尚敬
Email: tomioka[@]jamstec.go.jp
TEL: 088-878-2210
東京大学 大学院理学系研究科 教授 後藤 和久
Email: goto50[@]eps.s.u-tokyo.ac.jp
TEL: 03-5841-4563
東邦大学 理学部 准教授 山口 耕生
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