プレスリリース 発行No.1114 令和3年1月20日
細胞死抑制タンパク質のユビキチン化による新たな制御機構を解明
東邦大学医学部生化学講座の中野裕康教授の研究グループは、細胞死の抑制に中心的な役割を果たしているcFLIPと呼ばれるタンパク質をユビキチン化修飾する酵素としてMind bomb (MIB)2を見出し、MIB2によるcFLIPのユビキチン化がcFLIPの細胞死の抑制活性に必須の役割を果たしていることを明らかにしました。
この成果は細胞死を制御する治療法を開発する上で、cFLIPのユビキチン化が新たな治療標的となる可能性を示したものです。
この成果は2021年1月19日に米国の科学誌「Communications Biology」にて掲載されました。
本研究は愛媛大学 澤崎 達也教授、東京都医学総合研究所 佐伯 泰参事研究員、星薬科大学 大竹 史明特任准教授、大阪市立大学 徳永 文稔教授らとの共同研究によるものです。
この成果は細胞死を制御する治療法を開発する上で、cFLIPのユビキチン化が新たな治療標的となる可能性を示したものです。
この成果は2021年1月19日に米国の科学誌「Communications Biology」にて掲載されました。
本研究は愛媛大学 澤崎 達也教授、東京都医学総合研究所 佐伯 泰参事研究員、星薬科大学 大竹 史明特任准教授、大阪市立大学 徳永 文稔教授らとの共同研究によるものです。
発表者名
中野 裕康(東邦大学医学部生化学講座 教授)
中林 修 (東邦大学医学部生化学講座 助教)
中林 修 (東邦大学医学部生化学講座 助教)
発表のポイント
- 細胞死の抑制に中心的な役割を果たしているcFLIPと呼ばれるタンパク質をユビキチン化修飾する酵素としてMind bomb (MIB)2を見出しました。
- MIB2がcFLIPをユビキチン化することがcFLIPの細胞死抑制活性に必要なことがわかりました。
- 癌や神経変性疾患などの様々な疾患で細胞死の調節機構の異常が認められています。
今回の研究から、薬剤などでMIB2によるcFLIPのユビキチン化を阻害することができれば、より効率的に癌細胞に細胞死を誘導することができる可能性が示唆されました。
発表概要
cFLIPと呼ばれる細胞死抑制タンパク質と結合するタンパク質としてMind bomb (MIB)2というユビキチンリガーゼを同定し、MIB2が直接cFLIPをユビキチン化することを明らかにしました。MIB2はcFLIPにユビキチン鎖を付加しましたが、MIB2によるcFLIPのユビキチン化はcFLIPの分解を促進しないことがわかりました。MIB2を欠損させた細胞では、cFLIPのユビキチン化は減弱しており、TNF刺激によるアポトーシスも亢進していました。つまりMIB2によるユビキチン化は、cFLIPが細胞死抑制活性を発揮するために必要であることがわかりました。これまでcFLIPはカスパーゼ8と会合し、アポトーシスを抑制することが知られていました。カスパーゼ8はアポトーシスが起こるときに最初に活性化されるカスパーゼです。MIB2によりcFLIPがユビキチン化されると、カスパーゼ8と会合できるもののカスパーゼ8を含む複合体の高次構造が変化して、大きな複合体を形成できなくなる可能性が示されました。この研究はMIB2がcFLIPのユビキチンリガーゼであること、MIB2によるcFLIPのユビキチン化が細胞死抑制機能に必須であることを初めて明らかにした研究です。今後MIB2とcFLIPの相互作用を標的とした細胞死促進剤などの開発が期待されます。
発表内容
本研究の背景
体の中の細胞の生死が厳密に調節されることで、私たちは病気にならず正常な生活を送ることができます。例えばウイルス感染やある種の薬剤により肝細胞が大量に死ぬと劇症肝炎のようなことが起こり、私たちは生きることができなくなります。一方で、本来は死んで排除されるべき細胞が、死なずに過剰に増殖すると癌のようなことが引き起こされます。このように細胞の生き死にの調節機構がうまくいかなくなると病気になることから、私たちの細胞の生き死にがどのように調節されているかを知ることは、病気の予防や治療法を開発する上でも非常に重要なことです。細胞の生と死を制御しているのが、細胞の中にある細胞死を促進するタンパク質と細胞死を阻害するタンパク質です。
今回研究グループが注目したものはcFLIP(注1)と呼ばれるタンパク質です。cFLIPはTNF(注2)などによるアポトーシス(注3)の阻害に中心的な役割を果たすタンパク質であることが知られていました。これまでの研究からこの遺伝子を先天的に欠損したマウスでは細胞死が大量に起こり、母親の子宮の中で死ぬことが報告されていました。cFLIPはアポトーシスの実行に必要なカスパーゼ8(注4)と会合することで、その活性を阻害すると考えられていましたが、そのメカニズムの詳細は不明でした。一方でcFLIPは非常に不安定なタンパク質であることから、ユビキチン化(注5)による制御を受けているだろうということが推測されていましたが、そのメカニズムの詳細も不明でした。研究グループは、このcFLIPタンパク質に注目し、cFLIPタンパク質のユビキチン化修飾がタンパク質の寿命やその機能に影響するだろうという仮説を立て、まずcFLIPタンパク質をユビキチン化する酵素(ユビキチンリガーゼ)を同定することを試みました。
本研究の成果
cFLIP遺伝子からは長いタンパク質であるcFLIP long (cFLIPLと略す)とcFLIP short (cFLIPsと略す)の2種類のタンパク質が生成しますが、細胞の中で優位に働いているのはcFLIPLの方であることから、この分子に注目しました。次に研究グループは、cFLIPLの制御に関与するユビキチンリガーゼ(注6)をタンパク質の直接の結合を指標とした網羅的スクリーニング系を用いて探索することにしました。約250個のユビキチン化酵素とcFLIPLが会合するかを検討し、上位7個の酵素を細胞培養系で検討したところこれまでノッチシグナル(注7)に関与すると考えられてきた酵素Mind bomb (MIB)2がcFLIPLを効率よくユビキチン化することがわかりました。構造的に類似しているカスパーゼ8やcFLIPsはユビキチン化しませんでした。
このユビキチン化にはMIB2とcFLIPLが会合することが必須であることを明らかにし、両者の会合する部位を各々に関して決定することができました。MIB2によりcFLIPLがユビキチン化されても、予想外なことにcFLIPLの分解には影響しませんでした。MIB2を欠損させた細胞を樹立したところcFLIPLのユビキチン化は減少しており、TNFにより誘導されるアポトーシスも亢進していました。逆にMIB2によりユビキチン化されないcFLIPLの変異体を発現する細胞を作成して解析したところ、cFLIPLによるアポトーシス阻害活性は顕著に低下していました。そのメカニズムを解析したところMIB2によりユビキチン化されたcFLIPLはカスパーゼ8と会合すると、高次構造を変化させて多量体化を抑制し、その結果としてアポトーシスを阻害している可能性が示唆されました。
今後の展望
MIB2によるcFLIPLのユビキチン化はcFLIPLによるアポトーシス抑制に重要なことが示されましたが、ユビキチン化にはMIB2とcFLIPL相互作用が必須であることがわかりました。将来的に両者の相互作用を阻害するような低分子化合物が得られれば、癌細胞に効率的にアポトーシスを誘導する上で有用なツールになる可能性があることが示されました。
体の中の細胞の生死が厳密に調節されることで、私たちは病気にならず正常な生活を送ることができます。例えばウイルス感染やある種の薬剤により肝細胞が大量に死ぬと劇症肝炎のようなことが起こり、私たちは生きることができなくなります。一方で、本来は死んで排除されるべき細胞が、死なずに過剰に増殖すると癌のようなことが引き起こされます。このように細胞の生き死にの調節機構がうまくいかなくなると病気になることから、私たちの細胞の生き死にがどのように調節されているかを知ることは、病気の予防や治療法を開発する上でも非常に重要なことです。細胞の生と死を制御しているのが、細胞の中にある細胞死を促進するタンパク質と細胞死を阻害するタンパク質です。
今回研究グループが注目したものはcFLIP(注1)と呼ばれるタンパク質です。cFLIPはTNF(注2)などによるアポトーシス(注3)の阻害に中心的な役割を果たすタンパク質であることが知られていました。これまでの研究からこの遺伝子を先天的に欠損したマウスでは細胞死が大量に起こり、母親の子宮の中で死ぬことが報告されていました。cFLIPはアポトーシスの実行に必要なカスパーゼ8(注4)と会合することで、その活性を阻害すると考えられていましたが、そのメカニズムの詳細は不明でした。一方でcFLIPは非常に不安定なタンパク質であることから、ユビキチン化(注5)による制御を受けているだろうということが推測されていましたが、そのメカニズムの詳細も不明でした。研究グループは、このcFLIPタンパク質に注目し、cFLIPタンパク質のユビキチン化修飾がタンパク質の寿命やその機能に影響するだろうという仮説を立て、まずcFLIPタンパク質をユビキチン化する酵素(ユビキチンリガーゼ)を同定することを試みました。
本研究の成果
cFLIP遺伝子からは長いタンパク質であるcFLIP long (cFLIPLと略す)とcFLIP short (cFLIPsと略す)の2種類のタンパク質が生成しますが、細胞の中で優位に働いているのはcFLIPLの方であることから、この分子に注目しました。次に研究グループは、cFLIPLの制御に関与するユビキチンリガーゼ(注6)をタンパク質の直接の結合を指標とした網羅的スクリーニング系を用いて探索することにしました。約250個のユビキチン化酵素とcFLIPLが会合するかを検討し、上位7個の酵素を細胞培養系で検討したところこれまでノッチシグナル(注7)に関与すると考えられてきた酵素Mind bomb (MIB)2がcFLIPLを効率よくユビキチン化することがわかりました。構造的に類似しているカスパーゼ8やcFLIPsはユビキチン化しませんでした。
このユビキチン化にはMIB2とcFLIPLが会合することが必須であることを明らかにし、両者の会合する部位を各々に関して決定することができました。MIB2によりcFLIPLがユビキチン化されても、予想外なことにcFLIPLの分解には影響しませんでした。MIB2を欠損させた細胞を樹立したところcFLIPLのユビキチン化は減少しており、TNFにより誘導されるアポトーシスも亢進していました。逆にMIB2によりユビキチン化されないcFLIPLの変異体を発現する細胞を作成して解析したところ、cFLIPLによるアポトーシス阻害活性は顕著に低下していました。そのメカニズムを解析したところMIB2によりユビキチン化されたcFLIPLはカスパーゼ8と会合すると、高次構造を変化させて多量体化を抑制し、その結果としてアポトーシスを阻害している可能性が示唆されました。
今後の展望
MIB2によるcFLIPLのユビキチン化はcFLIPLによるアポトーシス抑制に重要なことが示されましたが、ユビキチン化にはMIB2とcFLIPL相互作用が必須であることがわかりました。将来的に両者の相互作用を阻害するような低分子化合物が得られれば、癌細胞に効率的にアポトーシスを誘導する上で有用なツールになる可能性があることが示されました。
発表雑誌
-
雑誌名
「Communications Biology 」(2021年1月19日)
論文タイトル
MIND bomb 2 prevents RIPK1 kinase activity-dependent and -independent apoptosis through ubiquitylation of cFLIPL
著者
Nakabayashi O, Takahashi H, Moriwaki K, Komazawa-Sakon S, Ohtake F, Murai S, Tsuchiya Y, Koyahara Y, Saeki S, Yoshida Y, Yamazaki S, Tokunaga F, Sawasaki T, Nakano H.
DOI番号
10.1038/s42003-020-01603-y
論文URL
https://rdcu.be/cdPMl
用語解説
(注1)cFLIP
CFLAR遺伝子からshort form (cFLIPs)とlong form (cFLIPL)の2種類のタンパク質が存在するが、TNFにより引き起こされるアポトーシスを抑制する中心的な役割を果たす分子がcFLIPLである。
(注2)TNF(Tumor necrosis factor)(腫瘍壊死因子)
TNFは多くの細胞に炎症を誘導するようなタンパク質(サイトカイン)の発現を引き起こす。しかしある一定の条件では細胞に細胞死(アポトーシス)を引き起こすことが知られている。
(注3)アポトーシス
制御された細胞死であり、カスパーゼと呼ばれるシステインプロテアーゼの活性化により実行される。発生過程で特定の細胞に、かつ特定の時期に見られる(例えば指の間の水かきの消失など)ことから計画的細胞死と呼ばれてきた。
(注4)カスパーゼ8
注3も参照。アポトーシス実行に関与する蛋白質分解酵素。細胞内に存在する様々なタンパク質のなかで、ある特定のアミノ酸配列を有するタンパク質を切断する。TNFなどの刺激により誘導されるアポトーシスではカスパーゼ8が最初に活性化されるため、カスパーゼ8の活性化を阻害するタンパク質は当然TNFにより誘導されるアポトーシスを阻害する。
(注5)ユビキチン化
ユビキチンは80個ほどのアミノ酸から構成される小さな分子である。様々なタンパク質のリジン残基に連続的にユビキチンが共有結合して長い鎖(ユビキチン鎖)を形成する。ユビキチンの中には合計で9個のリジンが存在するが、どのリジンにユビキチンが付加されるかにより、その後の修飾されたタンパク質の運命が大きく異なる。単純化するとK48型のユビキチン鎖は、タンパク質の分解に関与し、K63型のユビキチン鎖はユビキチン化されたタンパク質の活性制御に関与している。
(注6)ユビキチンリガーゼ
標的タンパク質にユビキチンを付加する酵素のこと。ユビキチン化はユビキチン活性化酵素(E1)、ユビキチン結合酵素(E2)とユビキチンリガーゼ(E3)と呼ばれる複数の酵素が関与する反応であり、ユビキチンリガーゼはタンパク質の基質と結合して、ユビキチン結合酵素からユビキチンを基質に付加する。
(注7)ノッチシグナル
発生過程における細胞の分化に重要な役割を果たすことが知られている細胞内シグナル伝達系。MIB2はノッチシグナルに関与するタンパク質をユビキチン化することがこれまでに知られていた。
CFLAR遺伝子からshort form (cFLIPs)とlong form (cFLIPL)の2種類のタンパク質が存在するが、TNFにより引き起こされるアポトーシスを抑制する中心的な役割を果たす分子がcFLIPLである。
(注2)TNF(Tumor necrosis factor)(腫瘍壊死因子)
TNFは多くの細胞に炎症を誘導するようなタンパク質(サイトカイン)の発現を引き起こす。しかしある一定の条件では細胞に細胞死(アポトーシス)を引き起こすことが知られている。
(注3)アポトーシス
制御された細胞死であり、カスパーゼと呼ばれるシステインプロテアーゼの活性化により実行される。発生過程で特定の細胞に、かつ特定の時期に見られる(例えば指の間の水かきの消失など)ことから計画的細胞死と呼ばれてきた。
(注4)カスパーゼ8
注3も参照。アポトーシス実行に関与する蛋白質分解酵素。細胞内に存在する様々なタンパク質のなかで、ある特定のアミノ酸配列を有するタンパク質を切断する。TNFなどの刺激により誘導されるアポトーシスではカスパーゼ8が最初に活性化されるため、カスパーゼ8の活性化を阻害するタンパク質は当然TNFにより誘導されるアポトーシスを阻害する。
(注5)ユビキチン化
ユビキチンは80個ほどのアミノ酸から構成される小さな分子である。様々なタンパク質のリジン残基に連続的にユビキチンが共有結合して長い鎖(ユビキチン鎖)を形成する。ユビキチンの中には合計で9個のリジンが存在するが、どのリジンにユビキチンが付加されるかにより、その後の修飾されたタンパク質の運命が大きく異なる。単純化するとK48型のユビキチン鎖は、タンパク質の分解に関与し、K63型のユビキチン鎖はユビキチン化されたタンパク質の活性制御に関与している。
(注6)ユビキチンリガーゼ
標的タンパク質にユビキチンを付加する酵素のこと。ユビキチン化はユビキチン活性化酵素(E1)、ユビキチン結合酵素(E2)とユビキチンリガーゼ(E3)と呼ばれる複数の酵素が関与する反応であり、ユビキチンリガーゼはタンパク質の基質と結合して、ユビキチン結合酵素からユビキチンを基質に付加する。
(注7)ノッチシグナル
発生過程における細胞の分化に重要な役割を果たすことが知られている細胞内シグナル伝達系。MIB2はノッチシグナルに関与するタンパク質をユビキチン化することがこれまでに知られていた。
添付資料
図1.MIB2によりユビキチン化されたcFLIPLはカスパーゼ8の活性化を阻害する
MIB2の存在する野生型細胞では、常にMIB2とcFLIPLタンパク質が会合しており、cFLIPLはユビキチン化されている。ユビキチン化されたcFLIPLはカスパーゼ8と会合し、カスパーゼ8の効率的な多量体化とその活性化を阻害する。一方でMIB2欠損細胞では、cFLIPLはユビキチン化されていないために、カスパーゼ8と会合しても十分にカスパーゼの活性化を阻害できない。Ub-cFLIPLはユビキチン化されたcFLIPLを示す。
MIB2の存在する野生型細胞では、常にMIB2とcFLIPLタンパク質が会合しており、cFLIPLはユビキチン化されている。ユビキチン化されたcFLIPLはカスパーゼ8と会合し、カスパーゼ8の効率的な多量体化とその活性化を阻害する。一方でMIB2欠損細胞では、cFLIPLはユビキチン化されていないために、カスパーゼ8と会合しても十分にカスパーゼの活性化を阻害できない。Ub-cFLIPLはユビキチン化されたcFLIPLを示す。
以上
お問い合わせ先
【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学医学部生化学講座生化学分野
教授 中野 裕康
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-5317 FAX: 03-5493-5412
E-mail: hiroyasu.nakano[@]med.toho-u.ac.jp
URL: https://tohobiochemi.jp/
【本ニュースリリースの発信元】
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