プレスリリース 発行No.1113 令和3年1月13日
伝・三浦按針墓に埋葬された人骨の出自を探る
~多様な科学分析を横断的に駆使した個人同定~
~多様な科学分析を横断的に駆使した個人同定~
東邦大学医学部法医学講座の水野文月助教と黒崎久仁彦教授、産業技術総合研究所、人類学研究機構、東京大学、山形大学らの研究グループは、伝・三浦按針墓から取り上げられた人骨について、DNA分析をはじめとする様々な科学分析を行い、その結果を論文として発表しました。様々な科学分析の結果を総合的に捉えることで、伝・三浦按針墓に埋葬された人骨が三浦按針のものである蓋然性が高いと考えることが出来ました。この成果は2020年12月10日に 雑誌Scientific Reports(オープンアクセス)に「A biomolecular anthropological investigation of William Adams, the first SAMURAI from England」というタイトルにて発表しました。
発表者名
水野 文月(東邦大学医学部法医学講座 助教)
石谷 孔司(産業技術総合研究所 生命工学領域 研究員)
松下 真実(特定非営利活動法人人類学研究機構 調査・研究課 課長)
松下 孝幸(土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム 館長)
Katherine Hampson(東京大学大学院理学系研究科 博士課程)
林 美千子(東邦大学医学部法医学講座 技術専門員)
門叶 冬樹(山形大学理学部 教授・高感度加速器質量分析センター長)
黒崎 久仁彦(東邦大学医学部法医学講座 教授)
植田 信太郎(東京大学 名誉教授・東邦大学医学部 客員教授)
石谷 孔司(産業技術総合研究所 生命工学領域 研究員)
松下 真実(特定非営利活動法人人類学研究機構 調査・研究課 課長)
松下 孝幸(土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム 館長)
Katherine Hampson(東京大学大学院理学系研究科 博士課程)
林 美千子(東邦大学医学部法医学講座 技術専門員)
門叶 冬樹(山形大学理学部 教授・高感度加速器質量分析センター長)
黒崎 久仁彦(東邦大学医学部法医学講座 教授)
植田 信太郎(東京大学 名誉教授・東邦大学医学部 客員教授)
発表のポイント
- 長崎県平戸市の伝・三浦按針墓から取り上げられた人骨を用い、DNA分析に加えて、放射性炭素年代測定、炭素ならびに窒素の安定同位体比等の科学分析を実施しました。埋葬状況を含め、これら様々な情報を総合的に捉えることで、人骨の出自、死亡時期、生前の食生活等に関する知見が得られ、三浦按針その人である可能性が高いとの結論を得ることに成功しました。
- 人骨の保存状態は極めて悪かったため、次世代シーケンサを用いた最新のDNA分析でも当該人骨の個人同定をすることは困難でしたが、埋葬状況、年代測定、安定同位体分析等を加えた多角的な視点で考察することで、蓋然性のある結論に至ることが可能であることが示されました。
- 非常に保存の悪い人骨であっても、多様な科学分析を横断的に駆使することで個人同定に至ることが可能であることが示されました。このことは、法医学のみならず、他の関連領域研究の推進にも寄与します。
発表概要
ウィリアム・アダムス(日本名・三浦按針)は、1600年、日本にリーフデ号で漂着した航海士であり、徳川家康に外交顧問として重用され、その後、旗本として生きることになったイギリス人です。「三浦」は彼に与えられた領地の名前に由来し、「按針」は水先案内人を意味します。彼は1620年に現在の長崎県平戸市で亡くなり、その遺骸を埋葬したとされる伝・三浦按針墓(改葬墓)が同市内に残されています。2017年にこの墓所の発掘調査が行われ、按針のものと考えられる人骨が取り上げられました。東邦大学、産業技術総合研究所、人類学研究機構、東京大学、山形大学らの研究グループは、その人骨が「どのようなヒストリーをもつ人物であったか」に関する知見を得るために、年代測定、安定同位体分析、DNA分析等の科学分析を行いました。人骨の保存状態は極めて悪かったが、埋葬状況を含むこれらの結果から総合的に考えると、伝・三浦按針墓から出土した人骨が三浦按針のものであると考えられます。
発表内容
長崎県平戸市に伝・三浦按針墓があります。ウィリアム・アダムス(日本名・三浦按針)は、1564年にイギリスのジリンガムで生まれました。34歳のとき、航海士としてオランダ船に乗って極東を目指しました。航海は困難を極め、5隻からなる船団で出航した中で唯一リーフデ号に乗っていた僅かな生存者だけが1600年現在の大分県に到着しました。アダムスは徳川家康に重用されて、通訳や大型船建造を任せられ、活躍の場を得ました。その功績によって旗本に取り立てられ、苗字・帯刀を許されただけでなく、領地も与えられました。「按針」は水先案内人を意味し、「三浦」は領地の相模の国・三浦郡(現在の横須賀市)に由来します。1609年には長崎県平戸市でイギリス商館の開設にも尽力しました。家康の死後、徳川幕府は鎖国政策を取り、不遇となった彼は1620年5月16日に平戸にて55歳で亡くなったと伝えられています。1637年の島原の乱以後のキリスト教弾圧の中で、外国人墓地の破壊が行われたため、埋葬地の正確な場所ははっきりしませんでした。しかし、「按針墓」としてひっそりと守り伝えられてきたという墓から、1931年に遺骨の一部が発掘されました。1931年の発掘では、その後、埋め戻されましたが、2017年に平戸市教育委員会によって再発掘が行われ、陶器製の壺に入った人骨が見つかりました。
頭蓋骨、下顎骨、大腿骨、および脛骨の一部で構成され、1931年の報告書の内容と矛盾はありませんでした。埋葬の下層を調べたところ、長方形の墓の跡が見つかりました。副葬品はありませんでしたが、1931年に発見された墓坑は直方体であったため、寝棺を使用したものと考えられました。すなわち、江戸時代では西洋人かキリスト教徒に限られる「伸展葬」で埋葬されていたと考えられます。
人骨から抽出した骨コラーゲンを用いて放射性炭素年代を求めました。実際の年代を推定するために、較正を行って得られた年代は(95.4%の確率で)、1466–1819年(92.0%)、1836–1867年(1.6%)、および1925–1948年(2.0%)でした。較正された年代は「1620年5月16日に55歳で平戸で亡くなった」記述と一致しています。
次に、右側頭骨錐体部からDNAを抽出後、次世代シーケンサを用いた最新の手法で塩基配列情報を取得しました。保存状態は非常に悪かったが、母系遺伝するミトコンドリアDNA配列について、全長16569塩基のうち96.4%を決定することができ、ハプログループH1e2bであると推定できました。ハプログループHはヨーロッパで非常に高頻度に観察されており、現在の西ユーラシアの大部分において40%以上を占めています。イギリスを含む、西ヨーロッパならびに北ヨーロッパ集団の特徴です。この人物がヨーロッパを出自とすることを示唆しています。
さらに、骨コラーゲンを用いた炭素・窒素安定同位体比を求めました。生前に摂取した食物の同位体比が反映されるため、その食性がわかります。具体的には、摂取したタンパク質の同位体比を反映します。また骨の置換速度は10年以上になるので、10年以上の長期間における平均的な食性を知ることができます。江戸時代の人骨170個体を比較対象として同位体比をプロットしたところ、同じクラスターを形成しました。この結果から、当該人物は、江戸時代の日本人の食生活に馴染んでいた、言い換えると、長期間にわたり、死亡するまで日本に居住していたと考えられます。20年にわたり日本で生活し、亡くなった三浦按針のヒストリーと一致しています。
三浦按針と同様の特徴を持つ別の個人である可能性を完全に否定することはできませんが、得られた分析結果から総合的に考えると、これらの人骨は三浦按針のものである蓋然性が高いと結論づけられました。
頭蓋骨、下顎骨、大腿骨、および脛骨の一部で構成され、1931年の報告書の内容と矛盾はありませんでした。埋葬の下層を調べたところ、長方形の墓の跡が見つかりました。副葬品はありませんでしたが、1931年に発見された墓坑は直方体であったため、寝棺を使用したものと考えられました。すなわち、江戸時代では西洋人かキリスト教徒に限られる「伸展葬」で埋葬されていたと考えられます。
人骨から抽出した骨コラーゲンを用いて放射性炭素年代を求めました。実際の年代を推定するために、較正を行って得られた年代は(95.4%の確率で)、1466–1819年(92.0%)、1836–1867年(1.6%)、および1925–1948年(2.0%)でした。較正された年代は「1620年5月16日に55歳で平戸で亡くなった」記述と一致しています。
次に、右側頭骨錐体部からDNAを抽出後、次世代シーケンサを用いた最新の手法で塩基配列情報を取得しました。保存状態は非常に悪かったが、母系遺伝するミトコンドリアDNA配列について、全長16569塩基のうち96.4%を決定することができ、ハプログループH1e2bであると推定できました。ハプログループHはヨーロッパで非常に高頻度に観察されており、現在の西ユーラシアの大部分において40%以上を占めています。イギリスを含む、西ヨーロッパならびに北ヨーロッパ集団の特徴です。この人物がヨーロッパを出自とすることを示唆しています。
さらに、骨コラーゲンを用いた炭素・窒素安定同位体比を求めました。生前に摂取した食物の同位体比が反映されるため、その食性がわかります。具体的には、摂取したタンパク質の同位体比を反映します。また骨の置換速度は10年以上になるので、10年以上の長期間における平均的な食性を知ることができます。江戸時代の人骨170個体を比較対象として同位体比をプロットしたところ、同じクラスターを形成しました。この結果から、当該人物は、江戸時代の日本人の食生活に馴染んでいた、言い換えると、長期間にわたり、死亡するまで日本に居住していたと考えられます。20年にわたり日本で生活し、亡くなった三浦按針のヒストリーと一致しています。
三浦按針と同様の特徴を持つ別の個人である可能性を完全に否定することはできませんが、得られた分析結果から総合的に考えると、これらの人骨は三浦按針のものである蓋然性が高いと結論づけられました。
発表雑誌
-
雑誌名
- Department of Legal Medicine, Toho University School of Medicine, Tokyo 143-8540, Japan
- Bioproduction Research Institute, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST), Sapporo, 062-8517, Japan
- Computational Bio Big Data Open Innovation Lab (CBBD-OIL), National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST)—Waseda University, Tokyo, 169-8555, Japan
- The Organization of Anthropological Research, Yamaguchi 759-6604, Japan
- Department of Biological Sciences, Graduate School of Science, The University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan
- Center for Accelerator Mass Spectrometry, Yamagata University, Kaminoyama, 999-3101, Japan
「Scientific Reports」(2020) 10:21651.(2020年12月10日)
論文タイトル
A biomolecular anthropological investigation of William Adams, the first SAMURAI from England
著者
Fuzuki Mizuno¹*, Koji Ishiya²'³, Masami Matsushita⁴, Takayuki Matsushita⁴, Katherine Hampson⁵, Michiko Hayashi¹, Fuyuki Tokanai⁶, Kunihiko Kurosaki¹*,and Shintaroh Ueda¹'⁵(*責任著者)
doi.org/10.1038/s41598-020-78723-2
アブストラクトURL
https://www.nature.com/articles/s41598-020-78723-2
添付資料

図1. 伝・三浦按針墓から出土した人骨
(出土した人骨の部位を水色で示している。)
(出土した人骨の部位を水色で示している。)
以上
お問い合わせ先
【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学医学部法医学講座
助教 水野 文月
教授 黒崎 久仁彦
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL : 03-3762-4151(代表)
E-mail : fuzuki.mizuno[@]med.toho-u.ac.jp(水野)
kurosaki[@]med.toho-u.ac.jp(黒崎)
【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
E-mail: press[@]toho-u.ac.jp
URL:www.toho-u.ac.jp
※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。