プレスリリース 発行No.1081 令和2年6月8日
血液中の胆汁酸は化学療法による骨髄回復期における正常造血を補助する
東邦大学医学部小児科学講座(大田区大森西)の羽賀洋一講師、ルンド大学幹細胞研究所遺伝子治療・分子医学分野(スウェーデン)の三原田賢一講師らの共同研究グループは、化学療法後の急速な血球回復時に胆汁酸が補助因子として関与することを発見しました。さらに、胆汁酸製剤の利用が回復の促進に役立つ可能性を示しました。これは小児血液がん患者の臨床データとマウスを用いた実験から明らかにされたものです。これにより、今後より安全ながん領域の治療技術の開発が加速することが期待されます。
この成果は2020年5月12日に 雑誌Blood Advances(オープンアクセス)にて発表されました。Blood Advancesは血液学分野で最も権威のある学術誌であるBlood誌が新たに創刊した姉妹誌で、2016年の創刊以来トップレベルの科学情報を提供しています。
この成果は2020年5月12日に 雑誌Blood Advances(オープンアクセス)にて発表されました。Blood Advancesは血液学分野で最も権威のある学術誌であるBlood誌が新たに創刊した姉妹誌で、2016年の創刊以来トップレベルの科学情報を提供しています。
発表者名
羽賀 洋一 (東邦大学医学部小児科学講座(大森) 講師)
三原田 賢一(ルンド大学幹細胞研究所 遺伝子治療・分子医学分野 講師)
三原田 賢一(ルンド大学幹細胞研究所 遺伝子治療・分子医学分野 講師)
発表のポイント
- 小児血液がん患者の臨床データ及びマウスを用いた実験データより、化学療法後の骨髄抑制からの回復期と血中胆汁酸濃度に相関があることを明らかにした。
- 骨髄回復期に増加する胆汁酸が造血幹細胞・血液前駆細胞の小胞体ストレスを抑制する機能があることを明らかにし、回復期に胆汁酸を添加することや小胞体ストレスの上昇を抑制することで血球回復を促進できることを発見した。
- これらの発見は、血中胆汁酸量が化学療法後の血球回復の目安となり得ること、さらには胆汁酸製剤の利用がより迅速かつ安全な血球回復に有効である可能性を示唆するものである。
発表概要
東邦大学医学部の羽賀洋一講師らは、小児血液がん患者の臨床経験から、化学療法による骨髄抑制(抗がん剤による副作用としての血球減少)からの血球回復に先行して総胆汁酸値が一過性の増加をすることを発見し、生体内で胆汁酸(注1)が造血に関与すると考えました。胆汁酸は主に食物の消化に使われる胆汁の主成分ですが、ルンド大学の三原田賢一講師らは以前から胆汁酸は造血幹細胞(注2)の小胞体ストレス(注3)上昇を抑制することで造血幹細胞の分化増殖を補佐することを発見していました。今回、研究グループは、小児血液がん患者のデータを参考にし、マウスに5-FUを投与して骨髄抑制からの回復を再現したところ、回復期に一過性に胆汁酸が増加することや、胆汁酸を添加することで造血が促進されること、小胞体ストレスを軽減することによって造血が促進されることがわかりました。このことにより、小児血液がん患者における一過性の胆汁酸上昇と骨髄の回復速度に相関があることが明らかになりました。これらの発見は、化学療法後の血球の回復をより正確に把握することや、正常造血の回復を促進することで、より安全かつ効率的ながん治療の確立に貢献することが期待されます 。
発表内容
研究の背景と経緯
化学療法(抗がん剤による治療)は、さまざまな種類のがんの標準的な治療として行われています。抗がん剤は細胞分裂が盛んな細胞に特に効果がみられるため、増殖の盛んな腫瘍細胞だけではなく、正常細胞、とくに粘膜細胞や骨髄で産生される正常な白血球や赤血球、血小板にも影響を与え、化学療法の投与後は粘膜障害や正常血球の減少(骨髄抑制)が生じ、輸血が必要となり、易感染性から重症の感染症に苛まれることも少なくありません。また、化学療法を継続していく中で、徐々に正常造血の力が衰えて血球回復が遅くなり、予定された治療期間が延びることも起こりえます。骨髄抑制から迅速に正常造血が回復することは、患者さんの安全・確実な治療の実施にとって大変重要です。
羽賀洋一講師らは、小児科の白血病・がん患者の診療データから、骨髄抑制からの正常血球の回復の直前から回復にかけて、血液中の総胆汁酸値が一過性に増加することを発見しました。経験的に、骨髄抑制からの回復には血液細胞である血小板、網状赤血球、単球らが免疫能の中心となる好中球に先んじて増加することは知られています。しかし、この総胆汁酸値の増加は、これらの血球よりも数日先に増加し、かつ他の肝逸脱酵素や胆道系酵素であるALT、γGTP、T-Bilと相関しないことから、薬剤性肝障害としての胆汁酸増加ではなく、正常造血に関与することが推測されました。
三原田賢一講師らは、造血幹細胞はタンパク質を正常に折りたたむために必要なシャペロンタンパク質の働きが弱いために、増殖させると異常な折りたたみを起こした変性たんぱく質が蓄積して「小胞体ストレス」と呼ばれるストレスが上昇し細胞死を起こすことを発見していました(注4)。さらに、この小胞体ストレス上昇は分子シャペロンとして知られる胆汁酸の一種であるタウロウルソデオキシコール酸(TUDCA)を培養に添加することで解消されることもマウスによる実験で示しました(注5)。
そこで、研究グループでは、骨髄回復期に生体内で一過性の胆汁酸の増加がみられるのは、造血幹細胞の機能を保持することで造血を促進する役割を担っているという仮説を立てました。
研究内容
まず、マウスによる化学療法(5-FU)による骨髄抑制モデルを用いて、ヒトと同じく骨髄回復期に胆汁酸が増加するか解析を行いました。その結果、ヒトと同様に骨髄回復期に一過性に総胆汁酸が有意に高値になることがわかりました。この総胆汁酸値の上昇期には、胆汁酸合成酵素の中の一つであるCyp8b1の発現が有意に上昇していました。
そこでCyp8b1を持たないマウス(Cyp8b1ノックアウトマウス)を用いて同様に5-FU 投与実験を行ったところ、正常マウスに比べて骨髄回復期には有意に造血幹細胞をはじめとした血球の回復が遅延していることがわかりました。
次に、胆汁酸が小胞体ストレスを減らすことで血球回復を促進するかを調べるために、骨髄回復期に小胞体ストレスを阻害する薬剤であるサルブライナルをマウスに投与した実験と、小胞体ストレスを低減することが知られている胆汁酸であるTUDCAをマウスに投与した実験を行いました。いずれの実験でも回復期の造血幹細胞や血液前駆細胞の増多を認めました。これらの実験から、胆汁酸は化学療法後の造血回復の過程において造血幹細胞や血液前駆細胞を小胞体ストレスから保護することによって造血の促進を補助していることが示唆されました。
臨床データの統計学的解析を行った結果、骨髄抑制時の血中胆汁酸値が高いほど骨髄回復までの期間が有意に短いという結果であったことから、胆汁酸値は生体内の骨髄中の造血する力を推し量るパラメーターになると考えられます。
このように、研究グループは造血にとって胆汁酸という一見関連のない分子が生体内のストレス反応の一環として重要な役割を担っていることを、臨床のデータと実験データの双方から発見しました。これらの発見は、今後より安全な化学療法の実施を通じて、より効果的ながん治療法の開発に繋がるものと期待されます。
化学療法(抗がん剤による治療)は、さまざまな種類のがんの標準的な治療として行われています。抗がん剤は細胞分裂が盛んな細胞に特に効果がみられるため、増殖の盛んな腫瘍細胞だけではなく、正常細胞、とくに粘膜細胞や骨髄で産生される正常な白血球や赤血球、血小板にも影響を与え、化学療法の投与後は粘膜障害や正常血球の減少(骨髄抑制)が生じ、輸血が必要となり、易感染性から重症の感染症に苛まれることも少なくありません。また、化学療法を継続していく中で、徐々に正常造血の力が衰えて血球回復が遅くなり、予定された治療期間が延びることも起こりえます。骨髄抑制から迅速に正常造血が回復することは、患者さんの安全・確実な治療の実施にとって大変重要です。
羽賀洋一講師らは、小児科の白血病・がん患者の診療データから、骨髄抑制からの正常血球の回復の直前から回復にかけて、血液中の総胆汁酸値が一過性に増加することを発見しました。経験的に、骨髄抑制からの回復には血液細胞である血小板、網状赤血球、単球らが免疫能の中心となる好中球に先んじて増加することは知られています。しかし、この総胆汁酸値の増加は、これらの血球よりも数日先に増加し、かつ他の肝逸脱酵素や胆道系酵素であるALT、γGTP、T-Bilと相関しないことから、薬剤性肝障害としての胆汁酸増加ではなく、正常造血に関与することが推測されました。
三原田賢一講師らは、造血幹細胞はタンパク質を正常に折りたたむために必要なシャペロンタンパク質の働きが弱いために、増殖させると異常な折りたたみを起こした変性たんぱく質が蓄積して「小胞体ストレス」と呼ばれるストレスが上昇し細胞死を起こすことを発見していました(注4)。さらに、この小胞体ストレス上昇は分子シャペロンとして知られる胆汁酸の一種であるタウロウルソデオキシコール酸(TUDCA)を培養に添加することで解消されることもマウスによる実験で示しました(注5)。
そこで、研究グループでは、骨髄回復期に生体内で一過性の胆汁酸の増加がみられるのは、造血幹細胞の機能を保持することで造血を促進する役割を担っているという仮説を立てました。
研究内容
まず、マウスによる化学療法(5-FU)による骨髄抑制モデルを用いて、ヒトと同じく骨髄回復期に胆汁酸が増加するか解析を行いました。その結果、ヒトと同様に骨髄回復期に一過性に総胆汁酸が有意に高値になることがわかりました。この総胆汁酸値の上昇期には、胆汁酸合成酵素の中の一つであるCyp8b1の発現が有意に上昇していました。
そこでCyp8b1を持たないマウス(Cyp8b1ノックアウトマウス)を用いて同様に5-FU 投与実験を行ったところ、正常マウスに比べて骨髄回復期には有意に造血幹細胞をはじめとした血球の回復が遅延していることがわかりました。
次に、胆汁酸が小胞体ストレスを減らすことで血球回復を促進するかを調べるために、骨髄回復期に小胞体ストレスを阻害する薬剤であるサルブライナルをマウスに投与した実験と、小胞体ストレスを低減することが知られている胆汁酸であるTUDCAをマウスに投与した実験を行いました。いずれの実験でも回復期の造血幹細胞や血液前駆細胞の増多を認めました。これらの実験から、胆汁酸は化学療法後の造血回復の過程において造血幹細胞や血液前駆細胞を小胞体ストレスから保護することによって造血の促進を補助していることが示唆されました。
臨床データの統計学的解析を行った結果、骨髄抑制時の血中胆汁酸値が高いほど骨髄回復までの期間が有意に短いという結果であったことから、胆汁酸値は生体内の骨髄中の造血する力を推し量るパラメーターになると考えられます。
このように、研究グループは造血にとって胆汁酸という一見関連のない分子が生体内のストレス反応の一環として重要な役割を担っていることを、臨床のデータと実験データの双方から発見しました。これらの発見は、今後より安全な化学療法の実施を通じて、より効果的ながん治療法の開発に繋がるものと期待されます。
発表雑誌
-
雑誌名
「Blood Advances」 Blood Adv (2020) 4 (9): 1833–1843. (2020年5月12日)
論文タイトル
Induction of blood-circulating bile acids supports recovery from myelosuppressive chemotherapy
著者
1 Valgardur Sigurdsson*, 2 Youichi Haga, 3Hajime Takei, 1 Els Mansell, 4 Chizuko Okamatsu-Haga, 1 Mitsuyoshi Suzuki, 1 Visnja Radulovic, 1,5 Mark van der Garde, 1,6 Shuhei Koide,1 Svetlana Soboleva, 7 Mats Gafvels, 3 Hiroshi Nittono, 2 Akira Ohara, and 1 Kenichi Miharada
1 Division of Molecular Medicine and Gene Therapy, Lund Stem Cell Center, Lund University, Lund, Sweden
2 Department of Pediatrics, Toho University Omori Medical Center, Tokyo, Japan
3 Junshin Clinic Bile Acid Institute, Tokyo, Japan
4 Department of Pathology, Tokai University School of Medicine, Kanagawa, Japan
5 Department of Medicine III,Hematology and Oncology, Technical University of Munich, Munich, Germany
6 Division of Stem Cell and Molecular Medicine, Center for Stem Cell Biology and Regenerative Medicine, Institute of Medical Science at University of Tokyo, Tokyo, Japan
7 Department of Medical Sciences, Uppsala University, Uppsala, Sweden
DOI番号
doi.org/10.1182/bloodadvances.2019000133
アブストラクトURL
https://ashpublications.org/bloodadvances/article/4/9/1833/454720/Induction-of-blood-circulating-bile-acids-supports
用語解説
(注1)胆汁酸
胆汁に含まれる、コラン骨格をもったステロイド誘導体である。合成は肝臓で行われ、コレステロールを材料として種々のチトクロームP450酵素群の機能により産生される。これらを一次胆汁酸と呼ぶ。一部の一次胆汁酸はその後腸内細菌の作用により二次胆汁酸へと変換される。主な機能はミセル形成による食物脂質の吸収促進であるが、近年ではシグナル分子やシャペロン分子としての機能も報告されている。
(注2)造血幹細胞
主に骨髄に存在し、赤血球、白血球(好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球、単球、マクロファージ)、血小板など全ての血球細胞を産生する。細胞分裂により自己と同じ能力を有する細胞を複製する能力(=自己複製能)と全ての血球細胞に分化できる性質(=多分化能)を有することで、自己のプールを保持し、一生にわたる血球産生を可能にしている。
(注3)小胞体ストレス
リボ核酸(RNA)から翻訳されたペプチドはその後折りたたまれて高次構造を持ったタンパク質となる。このプロセスは小胞体で起こるが、何らかの要因により折りたたみに不具合が生じると異常な構造を持った変性タンパク質が細胞内に蓄積する。変性タンパク質は細胞に様々な障害を引き起こすため、シグナル分子を解してストレス応答が起こる。これを小胞体ストレスと呼ぶ。小胞体の蓄積が重度になると細胞死を誘導して異常タンパク質が蓄積した細胞を排除する。
(注4)Kenichi Miharada, Valgardur Sigurdsson, Stefan Karlsson: Dppa5 Improves Hematopoietic Stem Cell Activity by Reducing Endoplasmic Reticulum Stress: CELL REPORTS 7(5) 1381 - 1392 6 2014
(注5)Valgardur Sigurdsson, Hiroshi Nittono, Kenichi Miharada: Bile Acids Protect Expanding Hematopoietic Stem Cells from Unfolded Protein Stress in Fetal Liver: CELL STEM CELL 18(4) 522 - 532 4 2016
胆汁に含まれる、コラン骨格をもったステロイド誘導体である。合成は肝臓で行われ、コレステロールを材料として種々のチトクロームP450酵素群の機能により産生される。これらを一次胆汁酸と呼ぶ。一部の一次胆汁酸はその後腸内細菌の作用により二次胆汁酸へと変換される。主な機能はミセル形成による食物脂質の吸収促進であるが、近年ではシグナル分子やシャペロン分子としての機能も報告されている。
(注2)造血幹細胞
主に骨髄に存在し、赤血球、白血球(好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球、単球、マクロファージ)、血小板など全ての血球細胞を産生する。細胞分裂により自己と同じ能力を有する細胞を複製する能力(=自己複製能)と全ての血球細胞に分化できる性質(=多分化能)を有することで、自己のプールを保持し、一生にわたる血球産生を可能にしている。
(注3)小胞体ストレス
リボ核酸(RNA)から翻訳されたペプチドはその後折りたたまれて高次構造を持ったタンパク質となる。このプロセスは小胞体で起こるが、何らかの要因により折りたたみに不具合が生じると異常な構造を持った変性タンパク質が細胞内に蓄積する。変性タンパク質は細胞に様々な障害を引き起こすため、シグナル分子を解してストレス応答が起こる。これを小胞体ストレスと呼ぶ。小胞体の蓄積が重度になると細胞死を誘導して異常タンパク質が蓄積した細胞を排除する。
(注4)Kenichi Miharada, Valgardur Sigurdsson, Stefan Karlsson: Dppa5 Improves Hematopoietic Stem Cell Activity by Reducing Endoplasmic Reticulum Stress: CELL REPORTS 7(5) 1381 - 1392 6 2014
(注5)Valgardur Sigurdsson, Hiroshi Nittono, Kenichi Miharada: Bile Acids Protect Expanding Hematopoietic Stem Cells from Unfolded Protein Stress in Fetal Liver: CELL STEM CELL 18(4) 522 - 532 4 2016
添付資料

図.化学療法による骨髄抑制からの回復期における胆汁酸の影響
ヒトとマウスに対して抗がん剤を投与すると、副作用である血球減少(骨髄抑制)が生じます。抗がん剤の影響が薄れて血球が増多(骨髄回復)するときに一過性に血液中の総胆汁酸の増加がみられました。さらに、血液中の総胆汁酸値は高値である程骨髄回復が早いことが示されました。胆汁酸のひとつであるTUDCAを骨髄回復期に投与すると造血幹細胞の小胞体ストレスが軽減されてより早い骨髄回復が促されると考えられました。
以上
お問い合わせ先
【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学医学部小児科学講座(大森)
講師 羽賀 洋一
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-3762-4151(代表)
E-mail: yhaga-ped1[@]med.toho-u.ac.jp
【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
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E-mail: press[@]toho-u.ac.jp
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