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プレスリリース 発行No.1094 令和2年10月20日

精密測定により素粒子ニュートリノの謎の解明を目指す
NINJA実験の物理解析が開始!

 名古屋大学高等研究院・大学院理学研究科の 福田 努 YLC特任助教、同大学院理学研究科の 鈴木 陽介 大学院生、京都大学大学院理学研究科の 中家 剛 教授、平本 綾美 大学院生、横浜国立大学大学院工学研究院の 南野 彰宏 准教授、日本大学生産工学部の 三角 尚治 准教授、東邦大学理学部の 小川 了 教授、東京大学宇宙線研究所の 早戸 良成 准教授、東京大学大学院理学系研究科の 横山 将志 教授、神戸大学大学院人間発達環境学研究科の 青木 茂樹 教授をはじめとする研究グループは、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARC(注1)のニュートリノ実験施設にて、素粒子ニュートリノ(注2)の謎の解明を目指してニュートリノと物質の反応を高精度測定するNINJA実験の物理解析を開始し、ニュートリノ反応の検出に成功しました。

 本研究では、世界最高の空間分解能を誇る素粒子測定器である原子核乾板(注3)を用いて不明な点が多いSub-GeV(注4)エネルギー領域のニュートリノ-原子核反応の高精度測定を実施することで、現在の宇宙で反物質が消えてしまった謎の解明や素粒子の標準理論に現れない新しいニュートリノの存在の検証を目指します。
今回、NINJA実験を構成する大型実験装置群が有機的に機能し、ニュートリノ-原子核反応の検出法が確立しました。さらに、他の実験では測定が困難である水標的のニュートリノ反応から生成する低エネルギー陽子の測定能力を実証しました。今後さらなるデータ収集及びデータ解析を進めることで高精度でのニュートリノ測定が期待されます。
 
 本研究成果は、9月14日~17日開催の日本物理学会秋季大会にて発表しました。また、2020年10月15日付米国科学雑誌『Physical Review D』に陽子測定能力を実証した成果が掲載されました。

 本研究は、科学研究費助成事業 新学術領域研究『ニュートリノで拓く素粒子と宇宙』(18H05535)等の支援やJ-PARC及びT2K実験(注5)の協力の下で行われたものです。

研究のポイント

  • 素粒子ニュートリノは宇宙から反物質が消えた謎や素粒子の標準理論を超える 新物理を解明する鍵を握っているが、その解明の基礎となるニュートリノと物質(原子核)との反応はまだ不明な点が多いため、精密な測定が必要とされている。
  • 原子核乾板は他の素粒子測定器と比べて空間分解能が圧倒的に高く、マイクロメートル(1000分の1ミリメートル)の精度で素粒子反応を測定できる。この特長を活用し、今回、他の測定器では測定できないニュートリノと水の反応から放出される0.5 GeV/c以下の低エネルギーの陽子の測定に世界で初めて成功し、NINJA実験の陽子測定能力を実証した。
  • NINJA実験では原子核乾板とシンチレーターを用いた測定器を使用しており、それらの複合解析によってニュートリノ反応の精密データを取得する。今回、大型の 実験装置における複合解析によって最初のニュートリノ反応測定が成功した。

研究背景と内容

 ニュートリノは素粒子の一種で、実験的には3種類(電子型・ミュー型・タウ型)が検出されています。また微小な質量を持ち、飛行中に異なる種類のニュートリノに変身するニュートリノ振動(注6)と呼ばれる現象があることが知られています。現在は、ニュートリノ振動を精密に測定することで、宇宙から反物質が消えてしまった謎や素粒子の標準理論に現れない新しいニュートリノの探索が行われています。しかし、それらの研究の基礎となるニュートリノと物質(原子核)との相互作用は未だ不明な点が多く、ニュートリノ振動の高精度測定の大きな壁となっています。そこで、世界のニュートリノ研究をリードしてきたOPERA実験(注7)・T2K実験のメンバーがタッグを組み、ニュートリノ-原子核反応の超精密測定を実施すべく新たにNINJA実験を立ち上げました(名古屋大学・京都大学・神戸大学・東京大学・東京大学宇宙線研究所・東邦大学・日本大学・横浜国立大学が参画しています。実験代表者:福田 努)。

 NINJA実験は、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARC のニュートリノ実験施設で行われています。2014年末から小型の実験装置を用いて原子核乾板とシンチレーター検出器の複合解析によるニュートリノ反応の精密測定の実証実験を行い、2019年に世界で初めてニュートリノと水との反応から生成する低エネルギー陽子の測定に成功しました(図1)。

 このような水標的のニュートリノ反応の理解はニュートリノ振動実験においてスーパーカミオカンデ・ハイパーカミオカンデといった大型の水チェレンコフ検出器が使用されることから特に重要な反応です。その後、ニュートリノ-原子核反応の精密解析に向け、2019年末から実験規模を約30倍に拡大した本番実験を実施しました。
図1 小型装置で測定した水標的での反ニュートリノ反応から生成した陽子の角度と運動量の分布。赤点が実験データでヒストグラムはシミュレーションによる予測値で、青色から黄色になるにつれて頻度が高くなります。他の実験で観測可能な運動量より低い0.5GeV/c以下の陽子が観測できています。この新しい情報により、提案されているニュートリノ‐原子核反応モデルの検証・改良が可能となりニュートリノの謎に迫ることができます。
 本番実験では、J-PARCニュートリノ実験施設のニュートリノモニター棟地下2階に大型の実験装置を設置し、2019年11月7日から2020年2月12日までのおよそ100日間に渡って、合計で4.8x1020 POT(proton on target)のニュートリノ ビーム(平均エネルギー:0.8GeV)を照射しました。
図2~図4は実験装置の全体像・NINJA検出器の断面図と全体写真です。
NINJA実験ではNINJA検出器とBaby MIND(BM)を用います。NINJA検出器の周りにはT2K実験の前置検出器が設置されており、BMもその一部です。NINJA検出器は総標的質量250kg(水標的:75kg, 鉄標的:130kg, ポリスチレン標的:15kg, 原子核乳剤標的:30kg)の原子核乾板検出器ECCと原子核乾板に記録された荷電粒子の飛跡に4時間毎の時間情報を与えるエマルション・シフター(ES)、さらに10ナノ秒レベルまでの時間情報を与えるシンチレーション・トラッカー(ST)から構成されます。BMは磁化された鉄とシンチレーターで構成される測定器でミュー粒子の同定・荷電の決定・運動量の測定を行います。本番実験ではECCでニュートリノ‐原子核反応の1次反応点を精密に測定し、ESとSTでニュートリノ反応に時間情報を付与します。そして、その時間情報を用いて後方にあるBMのミュー粒子との一対一対応をとります。このようにECC・ES・ST・BMの4つの測定器を有機的に機能させ、複合解析を行うことでニュートリノ‐原子核反応の精密測定を実現します。

 今回、本格的な物理解析を開始し、ECC‐ES‐ST‐BMの複合解析から2事象のニュートリノ反応が検出されました。詳細な解析の結果、1つ目はミューニュートリノが中性子と反応し、運動量が約0.3GeV/cの陽子と運動量が約1GeV/cのミュー粒子(電荷はマイナス)が生成した反応と同定されました(図5)。また、2つ目は反ミューニュートリノが陽子と反応し、中性子と運動量が約4.3GeV/cのミュー粒子(電荷はプラス)が生成した反応と同定されました(図6)。いずれも典型的な準弾性散乱反応と見られており、今後解析が進むことで、さらにニュートリノ反応の統計が増え、最終的には約10,000事象のニュートリノ‐原子核反応を用いた高精度な測定が実現すると期待されます。
図2 実験装置の全体像。
本番実験ではNINJA検出器とBaby MINDを使用します。
NINJA検出器はニュートリノビームの照射方向からECC, ES, ST の3装置から構成されます。
図3 NINJA検出器の断面図。
ECCは原子核乾板2枚で鉄板1枚を挟んだユニットと水のサンドイッチ構造になっています。
ESは原子核乾板4枚とアクリル板を使用した固定壁が真ん中にあり、4日毎・4時間毎に2mm駆動する駆動壁で構成されます。3枚の壁の位置関係を元にミュー(μ)粒子に4時間の時間情報をつけます。次にSTはシンチレーター4層を1/3・1/6だけズラした構成で、ミュー粒子が貫通して光ったシンチレーターの組み合わせで約2mmの位置情報・10ナノ秒ほどの時間情報をつけます。
図4 実験装置の写真
図5 NINJA実験の解析で検出したニュートリノ反応。
反応点から陽子(p)とミュー(μ)粒子が放出されています。μ粒子は複合解析によって下流のBaby MINDにて同定され、磁場による曲がり具合からマイナスの電荷を持っています。従って、右上の様式で表されるような、ニュートリノ(νμ)が中性子(n)と反応し、μ—粒子と陽子(p)が生成した反応だと考えられます。
図6 NINJA実験の解析で検出したニュートリノ反応。
反応点からミュー(μ)粒子が放出されています。μ粒子は複合解析によって下流のBaby MINDにて同定され、磁場による曲がり具合からプラスの電荷を持っています。従って、右上の様式で表されるような、反ニュートリノ(ν ̅μ)が陽子(p)と反応し、μ+粒子と中性子(n)が生成した反応だと考えられます。中性子は電荷がゼロなので、原子核乾板に信号を残さず、μ粒子の信号のみが写ります。

成果の意義

 今回、他の実験では測定が難しい水標的のニュートリノ反応から放出される低エネルギーの陽子を、小型実験装置を用いて世界で初めて測定し、NINJA実験の陽子測定能力を実証しました。また、大型実験装置を用いたニュートリノビーム照射実験を実施し、その実験装置群を用いてニュートリノ反応の精密測定に成功、ECC-ES-ST-BMの一連の複合解析方法を確立しました。今後ここで確立した解析方法を用いて全領域の解析を進めることで、不明な点が多いニュートリノ‐原子核反応モデルが精緻化されます。その結果、高精度なニュートリノ振動測定が実現し、宇宙から反物質が消えた謎の解明・素粒子の標準理論にない新しいニュートリノの探索に繋がります。

用語解説

(注1)大強度陽子加速器施設J-PARC
高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学・原子核物理学・物性物理学・化学・材料科学・生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで広範囲の分野で世界最先端の研究が行われています。NINJA実験では J-PARC加速器で作られた大強度ニュートリノビームを利用しています。

(注2)ニュートリノ
電荷がなく、質量は上限値のみ測られており、未だ謎が多い素粒子です。電子型・ミュー型・タウ型の3種類のニュートリノが発見されていますが、弱い相互作用しかしないため検出・測定するには大強度のニュートリノビームや大質量の測定器が必要となります。多くのニュートリノ測定器は大質量を実現するために測定器の空間分解能を犠牲にしているため、反応点から短い距離で停止してしまう低エネルギー陽子の測定が困難となります。

(注3)原子核乾板
高感度の写真フィルムで宇宙線・放射線や荷電粒子の飛跡が写るように開発された測定器です。ゼラチン中に直径200nm程度(nmは1/1000000 mm)の臭化銀結晶を高密度で入れてあり、荷電粒子の飛跡を1/10000 mmの位置精度で測定することができます。素粒子研究ではこれまでにπ中間子やチャーム粒子・タウニュートリノの発見やニュートリノ振動の解明に貢献しました。近年は宇宙線ミューオンを用いたピラミッドなどの大型構造物の透視測定などの応用研究でも活躍しています。

(注4)Sub-GeV(サブ-ギガ電子ボルト)
電子ボルトは素粒子実験で用いられるエネルギーの単位で、1電子ボルトは電子が1ボルトの電位差で加速された時に得るエネルギーです。GeV(ギガ電子ボルト)は10億電子ボルトを表しており、Sub-GeVエネルギー領域は1~10億電子ボルトの領域を表します。

(注5)T2K実験
J-PARCの大強度ニュートリノビームを295km離れたスーパーカミオカンデに照射し、ニュートリノ振動を精密測定する長基線加速器ニュートリノ振動実験です。2013年にミューニュートリノから電子ニュートリノへのニュートリノ振動を発見、2020年にはニュートリノの粒子・反粒子の対称性の破れに対してこれまでで最も強い制限を与えることに成功しました。T2K実験はJ-PARCのニュートリノビーム生成やビームクォリティの確保・ビームシミュレーションの開発にも尽力しています。NINJA実験はT2K実験と協力体制を取り、ビームシミュレーションの提供や、ミュー粒子の同定のためにT2K実験の前置検出器(Baby MIND等)のデータの提供を受けています。

(注6)ニュートリノ振動
3種類あるニュートリノに質量差がある場合に、ある種類のニュートリノから他の種類のニュートリノに変化する現象で、1962年に名古屋大学の牧・中川・坂田によって予言されました。実験的には1998年にスーパーカミオカンデの大気ニュートリノ解析によって発見され、2015年に梶田教授らにノーベル物理学賞が授与されました。

(注7)OPERA実験
名古屋大学が主導した長基線加速器ニュートリノ振動実験です。欧州原子核機構CERNからニュートリノビームを照射し、730km離れたイタリアのグランサッソ研究所に設置した原子核乾板を主検出器とする実験装置で測定します。2015年7月に世界で初めてミューニュートリノからニュートリノ振動現象によって予想されるタウニュートリノの出現を実証しました。NINJA実験ではOPERA実験で開発された原子核乾板の様々な技術を活用しています。

論文情報

    雑誌名
    「Physical Review D」

    論文タイトル
    First measurement of ν ̅μ and νμ charged-current inclusive interactions on water using a nuclear emulsion detector

    著者
    A. Hiramoto, Y. Suzuki, A. Ali, S. Aoki, L. Berns, T. Fukuda, Y. Hanaoka, Y. Hayato, A. K. Ichikawa, H. Kawahara, T. Kikawa, T. Koga, R. Komatani, M. Komatsu, Y. Kosakai, T. Matsuo, S. Mikado, A. Minamino, K. Mizuno, Y. Morimoto, K. Morishima, M. Naiki, M. Nakamura, Y. Nakamura, T. Nakaya, N. Naganawa, N. Nakano, T. Nakano, A. Nishio, T. Odagawa, S. Ogawa, H.Oshima, H. Rokujo, I. Sanjana, O. Sato, H. Shibuya, K. Sugimura, L. Suzui, H. Takagi, T. Takao, Y. Tanihara, K. Yasutome, and M. Yokoyama

    DOI番号
    10.1103/PhysRevD.102.072006
以上

お問い合わせ先

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YLC特任助教 福田 努(ふくだ つとむ)

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