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プレスリリース 発行No.1086 令和2年7月27日

恐竜時代の地球環境や生態系に1000万年周期のモンスーン活動が与えた影響

発表者名

池田 昌之(現:東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 准教授/
              研究当時:静岡大学理学部地球科学科 助教)
尾﨑 和海(東邦大学理学部生命圏環境科学科 講師)
Julien Legrand(現:東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 特任研究員/
                      研究当時:静岡大学理学部地球科学科 学術研究員)

発表のポイント

  • 三畳紀後期(注1)(約2億3700万年前~2億年前)の地質記録に基づき、太陽系天体の重力相互作用で引き起こされる地球の軌道変化「ミランコビッチ・サイクル(注2)」が当時のモンスーン(注3)活動や物質循環及び生態系に影響したことを明らかにした。
  • 1000万年スケールで地球環境(降水量、砂漠分布、大陸風化速度、大気中CO2濃度、海面水温)が変化することで、生物の群集変化や恐竜の初期放散、及び大型化に影響した可能性がある。
  • ミランコビッチ・サイクルによる僅かな日射分布の変化が地球システム内で増幅され、大気—海洋—生命圏に影響したことを提示するものであり、地球史を通じた地球環境と生命の共進化を理解する糸口になる。

発表概要

 三畳紀という時代は、恐竜が誕生し、その生息域を超大陸パンゲア(注4)全域に拡大していった時代です(図1)。この時代はとても温暖であったことが知られており、1000万年スケールで大気中CO2濃度や海面水温が大きく変動したことが分かっています。しかしながら、その原因や生態系への影響はよく分かっていません。
 東京大学大学院理学系研究科の池田准教授らは、北米ニューアーク超層群の湖の地層や日本に存在する当時の深海で堆積した地層(深海チャート;注5)から、ミランコビッチ・サイクルの1000万年周期に対応した湖水位、砂漠分布、放散虫堆積速度、及び大陸風化速度の変化を検出しました(図2)。これらの地質記録は、ミランコビッチ・サイクルに伴ってモンスーン活動(降水分布など)が変化したことを示しています。数値モデルを用いて当時の物質循環変化を評価した結果、降水分布の変化に伴って大陸風化効率が2割程度変化したと考えることで当時の大気中CO2濃度変化が説明できることが明らかになりました。
 また、1000万年周期で生じる地球環境変化が生態系へと与えた影響を調べるため、化石記録を詳細に調べた結果、温暖で乾燥傾向にある時期には陸上の植物や脊椎動物、および海洋の放散虫の群集組成が変化したこと、また寒冷で湿潤傾向にある時期には砂漠域が縮小することで恐竜が生息域を拡大するとともに、獣脚類が大型化したことが明らかになりました。
 以上の結果から、地質学的な時間スケールで生じる地球軌道要素の変化という天文学的な要因が、モンスーン活動や物質循環を介して地球環境や生態系に影響した、という新しい知見が得られました。ミランコビッチ・サイクルは三畳紀に限らず生じる一般的現象であるため、本研究成果は地球史を通じた環境と生態系のダイナミクスを理解する上での糸口になるものと期待されます。

発表内容

 地質学的な時間スケールで地球環境の変化を引き起こす要因として、太陽系内での地球の軌道要素の変化「ミランコビッチ・サイクル」が知られています。ミランコビッチ・サイクルは地球への日射量とその分布に影響し、過去数百万年間にわたって生じてきた2万~10万年周期の気候変化(いわゆる氷期-間氷期サイクル)の主要因と考えられています。天体物理学的には、地球の軌道要素は、さらに長周期の1000万年スケールでも僅かに変化することが予想され、実際に過去2.5億年間の地質記録にも約1000万年の周期が存在することが報告されています。しかしながら、そのような長時間スケールでの日射変化が地球環境や生態系に与える影響については、地質記録が不完全であることから未解明となっています。例外的に連続的な地質記録が記録されている三畳紀においては、1000万年スケールで大気CO2濃度が大きく変動(2000—4000 ppmv)し、それに伴って海面水温も最大7度程度変化したことが分かっています。しかしながら、年代推定の不確定性のため生命進化と環境変化との関係については不明でした。
 北米のニューアーク超層群の湖成層と日本の深海チャート(図2)には、それぞれが3000万年間、7000万年間に及ぶ三畳紀-ジュラ紀のモンスーン活動を反映した中生代の古環境変化が記録されています。ニューアーク超層群は、超大陸パンゲアの分裂に伴って形成した大地溝帯に堆積した地層からなり、モンスーン活動に伴う湖水位の変化が、地層の堆積相や鉄の酸化還元度、魚や陸上動物といった化石群集変化として連続的に記録されています。深海チャートは、主に放散虫というプランクトンのシリカ(SiO2)の化石からなり、その堆積速度は夏季モンスーンに伴う大陸風化速度を反映します。これらの変動周期が歳差運動周期の2万年周期や、離心率変動の10万年や40万年の周期に対応することが、古地磁気層序や化石・炭素同位体比層序により対比される放射年代によって示されました。そのため、この周期を年代目盛に用いた高時間分解能の天文学的な年代対比が可能になりました。
 東京大学大学院理学系研究科の池田准教授らは、ニューアーク超層群の湖や砂漠の地層、日本の深海層に記録された古モンスーン記録の周期解析を行い、中生代三畳紀−ジュラ紀にかけて1000万年スケールでモンスーン強度が変化したことを検出しました。さらに、物質循環モデルGEOCARBSULFvolcを用いたシミュレーションを行った結果、降水分布変化に伴い大陸風化効率が最大2割程度変化したと考えると大気中CO2濃度変化が説明できることを明らかにしました。1000万年スケールのミランコビッチ・サイクルによる日射量変化は小さいものですが、それがモンスーン活動(水循環)に影響することで非線形的に増幅された可能性があり、今後詳細な検討が必要です。
 この1000万年スケールの気候変化は、恐竜の初期進化を含めた生態系の変化にも影響した可能性があります。1000万年スケールの温暖・乾燥期には陸域の植生や脊椎動物、海洋の放散虫の群集変化が確認されます。一方、寒冷・湿潤期には、恐竜など陸域脊椎動物が分布を拡大し、獣脚類の足跡サイズが大型化した時期に対応します。
 最古の恐竜化石は、約2億3200万年前の南米で発見されていますが、恐竜がその生息域を全球的に広げるのには約3000万年もの時間を要しています。恐竜の生息域拡大を妨げた気候的障壁として、超大陸パンゲア中緯度域の高温・乾燥な砂漠域が指摘されています(図2)。本研究は、モンスーン活動が強化される時期に砂漠域が縮小することで、恐竜の生息域が拡大した可能性を提示するものです。さらに、同時期の獣脚類の大型化は、湿潤化に伴う餌や水資源の増加に促されます。大型化によって移動効率も高まるため、資源の獲得効率も上がり、更なる大型化が促されます。また、大型化は熱を体から放散しにくくするため、三畳紀超温室地球における寒冷化も影響したと考えられます。5600万年前の暁新世/始新世境界温暖期にはウマの化石が小型化することが知られていますが、三畳紀では寒冷化に伴って、大型化が促された可能性があります。今後、新たな化石の発見や年代不明な化石の年代測定により、詳細な検証が可能です。
 以上の成果は、地球軌道要素の長周期変化が、モンスーン活動の変化を介して、地球環境や生態系に影響したという新しいメカニズムを提示するものです。ミランコビッチ・サイクルは地球史を通じて生じていたと考えられるため、地球環境史と生命史のダイナミクスを新たな視点から解読すると期待されます。

東京大学大学院理学系研究科・理学部プレスリリース

発表雑誌

    雑誌名
    「Scientific Reports」

    論文タイトル
    Impact of 10-Myr scale monsoon dynamics on Mesozoic climate and ecosystems

    著者
    Masayuki Ikeda*、 Kazumi Ozaki、 Julien Legrand

    DOI番号
    10.1038/s41598-020-68542-w

    アブストラクトURL
    https://www.nature.com/articles/s41598-020-68542-w

用語解説

(注1)三畳紀後期
今から 2 億年3700万年前~2 億 150 万年前の期間を指す。この時代はシダや裸子植物が繁栄し、ワニの祖先の偽顎類(クルロタルシ類)が陸上生態系で主要な位置を占めた。2 億 160 万年前の三畳紀末大量絶滅の後、偽顎類が絶滅して空いたニッチに恐竜類が適応放散した。翼竜類やカメ類、(広義の)哺乳類(哺乳形類)の最古の化石も発見されている。

(注2)ミランコビッチ・サイクル
太陽系の天体との重力相互作用による地球軌道要素の周期的変動のこと。地球公転軌道の離心率変化(約10万年、40.5万年、数100万~1000万年周期)、地軸の傾きの変化(約4万年周期)、および地軸の歳差運動(約2万年周期)からなる。セルビアの地球物理学者ミリューシン・ミランコビッチが氷期−間氷期サイクルのペースメーカーとして提唱したことに由来する。氷床の有無に関わらず、中低緯度地域のモンスーン等を介して、全球的な気候変動を駆動すると考えられる(図2参照)。ただし、100万年以上の長周期変動は、太陽系天体のカオス的挙動のため、その周期や振幅が不規則に変化する。

(注3)モンスーン
卓越する風向の季節変化、季節風(図2)。夏季モンスーンは陸の降水をもたらすため、降水量の季節変化が顕著な地域も指す。日本の梅雨前線の要因。日射に対する大陸と海洋の加熱特性の違いから生じるため、日射変化や海陸配置の影響を受ける。降水変化は、植生変化やエアロゾル放出量変化等により、さらに水循環を活発化する正のフィードバック効果がある。

(注4)超大陸パンゲア
古生代後半から中生代前半の1億年以上の期間にわたって存在した超大陸。気象学者アルフレッド・ウェゲナーが著書「大陸と海洋の起源」の中で、測地学、地質学、古生物学等の断片的な証拠から、現在の諸大陸は移動しており、全ての大陸が合体した一つの超大陸パンゲアが存在した、という大陸移動説を提唱した。パンゲアの中緯度内陸域には砂漠が広がったが、モンスーン前線も内陸まで大きく移動し、メガ・モンスーン気候が発達した。

(注5)深海チャート
深海チャートは、主に放散虫という海洋プランクトン起源の生物源シリカ(SiO2)からなるチャートと、主に風成塵からなる泥層のリズミカルな互層からなる。生物源シリカの堆積速度は、海洋への溶存態シリカの主供給源である大陸風化速度を反映したことを、同グループの地質調査、地球化学分析、物質循環モデルにより示した。
https://www.shizuoka.ac.jp/pressrelease/pdf/2017/PressRelease_18.pdf
https://academist-cf.com/journal/?p=5267

添付資料

図1:約2億年前の古地理図と恐竜の分布拡大。超大陸パンゲアではメガ・モンスーン地域が年〜1000万年スケールで南北に変化する。モンスーン限界が北上すると、風化効率がよい巨大火成区の風化が促進され、大気中CO2濃度が減少して寒冷化すると共に、気候的障壁である砂漠域が縮小して、恐竜の分布が拡大して大型化した可能性がある。
図2:ミランコビッチ・サイクルが地球環境と生態系に与える影響のモデル図。中低緯度地域の夏の日射変化に伴うモンスーンによって降水分布が変化した結果、砂漠分布や大陸風化が変動し、大気CO2濃度や放散虫起源のシリカの堆積速度が変動したことが、世界各地の砂漠や湖、深海チャートのリズミカルな縞模様に記録されています。
以上

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
准教授 池田 昌之(いけだ まさゆき)

TEL:03-5841-4575
E-mail: ikeda.masayuki[@]eps.s.u-tokyo.ac.jp

東邦大学理学部生命圏環境科学科
講師 尾﨑 和海(おざき かずみ)

TEL:047-472-5299 
E-mail:kazumi.ozaki[@]sci.toho-u.ac.jp

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