プレスリリース 発行No.1079 令和2年5月30日
~ 惑星での生命誕生の場に相応しい条件が、クレーターに備わっていた ~
発表概要
約6600万年前の白亜紀末、直径約10kmの小天体がメキシコ・ユカタン半島の北部沖に衝突し、環境が大激変して、恐竜を含む生物が大絶滅しました。衝突時に形成された直径約180kmのクレーターの内部の岩石試料を得て研究を行うため、国際深海科学掘削計画(IODP)の第364次研究航海による掘削が2016年に行われ、海底下1,335mに達し全長800mの柱状試料が採取されました。天体衝突で生じた巨大な圧力と温度によって破壊され変質した基盤岩類に焦点をあてて、そこに含まれる特徴的な鉱物や古地磁気の分析を組み合わせた詳細な研究を行いました。その結果、クレーター内では、衝突で生じた(当初300~400℃程あったと推定される)熱水による周囲の岩石への影響が、非常に広い範囲(深度5~6kmで約14万km³)で、衝突後100万年以上にわたって継続していた証拠を得ることに成功しました。
惑星形成の初期には、無数の大規模な天体衝突があったと考えられています。本研究は、その巨大な圧力と熱が基盤岩を破砕・溶融して、多孔質で流体が通り易い岩体を形成することにより、惑星が生命を宿すために必要な熱源と場を長期にわたって提供した、という可能性を明らかにしました。この成果は、生命の起源において有力な「海底熱水起源説」に関して、プレート運動やマントル活動による熱水活動のみならず、天体衝突も熱水活動を誘発するプロセスだったとする「天体衝突(による熱水)起源説(the impact-origin of life hypothesis)」を支持する、極めて重要な発見です。
発表内容
そこで、東邦大学の山口耕生准教授、東京大学の後藤和久教授(掘削時は東北大に所属)、海洋研究開発機構の富岡尚敬主任研究員、千葉工業大学の佐藤峰南上席研究員(掘削時は海洋研究開発機構に所属)の4人の日本人研究者を含む国際共同研究チームが組織され、国際深海科学掘削計画(IODP;※2)の第364次研究航海(※3)によって、2016年春にメキシコ・ユカタン半島の北部沖で海洋掘削を行い、全長800mにおよぶ貴重な柱状試料を採取しました。このコア試料は、上部に白亜紀以降の堆積岩、下部にクレーターを充填した津波堆積物、その下に衝突による巨大な圧力と熱で変質を受けた基盤岩類を含みます。
本研究では、掘削コアの深度617m~1,335mに位置する、基盤岩類を対象としました。この深度範囲には、約130m厚の衝撃溶融岩(impact melt rock)とそれらを含む破砕岩、約588m厚の花崗岩類があります。花崗岩類は元々、マグマがゆっくりと冷却してできた緻密な岩石ですが、天体衝突による破砕・溶解の結果、約10%という極めて高い空隙率を持っていました。また、特徴的な変質鉱物群も、花崗岩類の全ての層から発見されました。これらは、熱水活動(※4)を示す直接的な証拠です。変質鉱物群は、クレーター形成直後は300℃以上あった熱水の活動で形成したことがわかりました。また、鉱物学的・地球化学的な特徴から、熱水の影響を受けた期間も推定が可能です。
さらに、基盤岩類の割れ目内に成長した木苺状の形態を持つ黄鉄鉱と酸化鉄粒子の共存は、硫酸還元や硫黄還元や鉄還元といった微生物の代謝活動があったことを示唆します。クレーター内部のある深度範囲では、好熱菌や超好熱菌の存在が可能な50~120℃の温度条件を、数万~数十万年間にわたって維持していた可能性も示唆されています。これらの生命は、天体衝突後に地下に流入した海水に由来すると考えるのが自然であり、必ずしもクレーター内で新たに発生したわけではありませんが、新たな微生物生態系の出現という観点では、非常に興味深いです。
本研究では、天体衝突による巨大な圧力や熱で基盤岩類が破砕されたクレーター内で、衝突で生じた(当初300~400℃程)の熱水による周囲の岩石への影響が、非常に広い範囲(深度5~6kmで約14万km³)にわたり、衝突後100万年以上もの間、継続していた物的証拠を得ることに初めて成功しました。この結果作り出された、多孔質で流体が通過可能な空間は、微生物の生態系を維持するにはパーフェクトです。
地球史初期、約38億年前より前の冥王代では、直径10km超の巨大天体の衝突が約6,000回あり、うち直径500km超が5回、直径700km超が2回あり、約200個のクレーターは直径が1,000~5,000kmであった、と推定されています。熱水変質で形成された粘土鉱物は、RNAの合成時に触媒の役割を果たした可能性も指摘されています。海洋地殻への天体衝突では、玄武岩が熱水変質で蛇紋岩化した結果、始源的な微生物生態系の主なエネルギー源である水素が発生していたかもしれません。
本研究は、惑星形成の初期にあったと想定される無数の大規模な天体衝突が作り出したクレーターが、惑星が生命を宿すために必要な熱源と場を長期にわたって提供した可能性を明らかにしました。すなわち、生命の起源に関する「天体衝突(による熱水)起源説(the impact-origin of life hypothesis)」に対し、極めて重要な示唆を与えます。
発表雑誌
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雑誌名
「Science Advances」(2020年5月30日)
論文タイトル
Probing the hydrothermal system of the Chicxulub Impact Crater
著者
David A. Kring, Sonia M. Tikoo, Martin Schmieder, Ulrich Riller, Mario Rebolledo-Vieyra, Sarah L. Simpson, Gordon R. Osinski, Jerome Gattacceca, Axel Wittmann, Christina M. Verhagen, Charles Cockell, Marco J. L. Coolen, Fred J. Longstaffe, Sean P. S. Gulick, Joanna V. Morgan, Timothy J. Bralower, Elise Chenot, Gail L. Christeson, Philippe Claeys, Ludovic Ferrière, Catalina Gebhardt, Kazuhisa Goto, Sophie L. Green, Heather Jones, Johanna Lofi, Christopher M. Lowery, Rubén Ocampo-Torres, Ligia Perez-Cruz, Annemarie E. Pickersgill, Michael H. Poelchau, Auriol S. P. Rae, Cornelia Rasmussen, Honami Sato, Jan Smit, Naotaka Tomioka, Jaime Urrutia-Fucugauchi, Michael T. Whalen, Long Xiao, and Kosei E. Yamaguchi.(下線部は日本人研究者)
論文URL
https://advances.sciencemag.org/content/advances/6/22/eaaz3053.full.pdf
用語解説
約6600万年前の白亜紀—古第三紀の境界(Cretaceous-Paleogene Boundary)(あるいは中生代と新生代の境界)を表す、地質年代の用語。
※2 国際深海科学掘削計画(IODP: International Ocean Discovery Program)
2013年10月から始動した多国間の国際協力プロジェクト。現在は、日本、アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、フランス、オランダ、イタリア、オーストリア、スイス、スペイン、ポルトガル、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイルランド、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インド、ブラジルの、計23ヶ国が参加。日本が運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船ジョイデス・レゾリューション号を主力掘削船として、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明を目的とした研究を行います。
※3 第364次研究航海(Expedition 364)
2016年4~5月にかけ、国際深海科学掘削計画(IODP;※2)の一環として「チチュルブ(またはチクシュルーブ)・クレーター掘削計画」が実施されました。掘削コアはドイツ・ブレーメン大学の海洋研究所に輸送され、同年9~10月にかけて、本格的な記載・分析・個別試料の分取が行われました。恐竜の絶滅は生命史の中でも大きな事件ですが、今回の航海ではその原因となった天体衝突の現場を掘削しました。天体衝突の跡は、チチュルブ(チクシュルーブ)・クレーターと呼ばれており、その大半が海底下に存在しています。クレーターを掘削して、どのようにクレーターが形成されたのか、地表がどのように破壊されたのか、どのくらいの期間で環境が回復したのかなど、この破局的な環境激変の実態を解明している最中です。研究航海では、衝突起源の堆積物だけではなく基盤岩に達する試料を採取しました。この研究計画には、日本の4名を含め、アメリカ、ヨーロッパ各国、オーストラリア、中国、メキシコ から計31名の研究者が参加しています。
※4 熱水活動
海水がマグマ等の熱源(本稿では天体衝突)により熱せられて、地中で高温高圧の流体となり、周囲の岩石と化学反応や溶解反応を起こし、重金属や硫化水素を含む液体が海底に噴出されること。高圧下では、温度が350℃に達する場合があります。一般的には、大洋の中央海嶺のような発散型プレート境界や、沖縄トラフのような収束型プレート境界で起きます。金属鉱床を形成する場合もあります。
お問い合わせ先
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東京大学大学院理学系研究科 教授 後藤 和久(ごとう かずひさ)
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千葉工業大学次世代海洋資源研究センター 上席研究員 佐藤 峰南(さとう ほなみ)
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