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プレスリリース 発行No.1019 令和元年10月1日

オレキシンによる体重制御の仕組みを解明
~ 運動と摂食とエネルギー消費のバランス ~

 東邦大学医学部解剖学講座の船戸弘正教授(筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)客員教授 兼務)、恒岡洋右講師、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の柳沢正史教授、柿崎美代研究員らの研究グループは、オレキシン細胞やオレキシン受容体を欠損させたマウスのエネルギー代謝を検討することにより、オレキシン神経やオレキシン受容体の体重制御における役割を明らかにしました。

 人の身体には、体温が一定に保たれるよう体重を一定に保つシステムがありますが、このシステムは堅牢で個人差や民族差が大きく、また安価な高カロリー食が普及し、運動不足になりがちな現代社会においては、世界的な肥満の原因となっています。
 オレキシンは脳の視床下部で作られる神経ペプチドであり、睡眠、摂食、エネルギー産生の制御に関与します。本研究では、野生型マウスを回転ホイールのあるケージで飼育すると、高脂肪餌によって肥満しにくいにもかかわらず、オレキシン神経のないマウスは同様の環境であっても肥満することから、オレキシン神経が、運動と食餌摂取を介してマウスを太りにくくしていることが明らかになりました。さらに、オレキシン受容体を欠損したマウスを調べて、オレキシン1型受容体は報酬価の高い食餌摂取の促進を、オレキシン2型受容体はエネルギー消費の促進を担っていることを明らかにしました。本研究成果は、抗肥満薬の開発のほか、運動と食事を通した健康なライフスタイルの確立に貢献すると期待されます。

 本研究は、東邦大学、筑波大学、新潟大学、自治医科大学の共同研究として行われました。
本研究の成果は9月9日にiScience誌で公開されました。

発表者名

船戸弘正(東邦大学医学部解剖学講座微細形態学分野 教授、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構 客員教授)
柳沢正史(筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構 機構長・教授)

発表内容

 現在、世界的に肥満人口が急増しており、実に世界人口の3分の1が肥満または過体重の状態にあります。本来、私たちの身体のもつ恒常性維持機構によって、体温が一定に保たれるように、体重も一定に保たれるはずなのですが、このシステムの堅牢さは個人差や民族差が大きく、安価な高カロリー食が普及し運動不足になりがちな現代社会においては、体重増加を抑える働きは脆弱になっています。食事等によって摂取するエネルギーと、運動や熱産生などの形で消費されるエネルギーとの差し引きが、主に脂肪量の変化となり、ひいては体重の増減となります。このエネルギー代謝の制御にはさまざまなホルモンや神経伝達物質が関与していますが、本研究では神経ペプチドであるオレキシン(ヒポクレチンとも呼ばれる)(注1)に着目しました。オレキシンは、当時テキサス大学の柳沢正史研究室にて発見された神経ペプチドであり、脳の視床下部で作られ、睡眠、摂食、エネルギー産生の制御に関与します。これまでの研究からオレキシンやオレキシン神経を欠損したマウスは、高脂肪餌飼育により肥満することと、オレキシン2型受容体アゴニストにより体重増加が抑えられることが知られています。
 本研究では、まず野生型マウスを用いて、運動による体重増加抑制と、高脂肪食による体重増加促進の、どちらの効果が優勢かを調べました。その結果、マウスが走れる回転ホイールを設置したケージでは、高脂肪餌で飼育しても体重増加が大幅に抑えられていました。つまり、運動環境にあるマウスは高脂肪餌飼育でも太りません。一方、オレキシン神経を後天的に欠損させたマウス(オレキシン—アタキシンマウス)では、同じ環境でも肥満していきました。このことから、オレキシン神経は運動量と食餌摂取量のバランスをとり、体重の恒常性を高めることに役立っていることがわかります。
 オレキシンの受容体には1型受容体および2型受容体の二種類があります。これら受容体ノックアウトマウスのエネルギー代謝を検討した研究は報告されておらず、オレキシン受容体のエネルギー代謝における長期的な役割は明らかではありませんでした。そこで、オレキシン1型受容体欠損マウスおよびオレキシン2型受容体欠損マウスのエネルギー代謝を検討しました。その結果、オレキシン1型受容体欠損マウスは食餌誘導性肥満を生じにくく、普通餌と高脂肪餌の摂餌量に違いがありませんでした。一方、2型受容体欠損マウスは、高脂肪餌飼育時のエネルギー消費量が低下していました。1型受容体欠損マウスと2型受容体欠損マウスのどちらもオレキシン欠損マウスほどの肥満を示さなかったことから、各受容体シグナルは肥満を抑える効果を持つことが明らかになりました。最後に、オレキシンは褐色脂肪組織(注2)の発生に重要であり、オレキシン欠損マウスは褐色脂肪組織の機能および形態に異常があるとの報告が他の研究グループからなされていましたが、検討の結果、オレキシン欠損マウスの褐色脂肪組織に明らかな異常は認められませんでした。
 以上から、オレキシン神経は高脂肪餌と運動のバランスを変えることによって、個体を太りにくく維持する作用があること、各オレキシン受容体はエネルギー代謝に関して特異的な役割を持っていることが示されました。このことは、オレキシン受容体を標的とした抗肥満薬の開発のほか、運動と食事を通した健康なライフスタイルの確立に貢献すると期待されます。

発表雑誌

    雑誌名
    「iScience」

    論文タイトル
    Differential roles of each orexin receptor signaling in obesity

    著者
    Miyo Kakizaki, Yousuke Tsuneoka, Kenkichi Takase, Staci J. Kim, Jinhwan Choi, Aya Ikkyu, Manabu Abe, Kenji Sakimura, Masashi Yanagisawa*, Hiromasa Funato*

    DOI番号
    10.1016/j.isci.2019.09.003

    アブストラクトURL
    https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589004219303402?via%3Dihub

用語解説

(注1)オレキシン
視床下部外側野のニューロンが産生する神経ペプチドであり、睡眠覚醒、摂食、エネルギー代謝等を制御する。
後天的なオレキシン神経の脱落によって、睡眠障害であるナルコレプシーとなる。


(注2)褐色脂肪組織
ミトコンドリアに富んだ脂肪組織であり、脱共役タンパク質1(UCP1)の働きにより、ミトコンドリア膜内外のプロトン勾配をそのまま熱産生に用いることができる。

添付資料

以上

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ先】
東邦大学医学部解剖学講座微細形態学分野
教授 船戸 弘正

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TEL: 03-3762-4151 FAX: 03-5493-5437
E-mail: hiromasa.funato[@]med.toho-u.ac.jp
         ※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。
URL: http://toho-funatolab.jp/

筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)
機構長・教授 柳沢 正史

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