プレスリリース

メニュー

プレスリリース 発行No.988 令和元年7月9日

光合成生物間の競合が大気の富酸素化を遅らせた可能性

 東邦大学理学部生命圏環境科学科の尾﨑和海講師とジョージア工科大学およびブリティッシュコロンビア大学の日米加合同研究チームは、酸素発生型光合成生物の出現後も長期にわたって大気中の酸素(O2)濃度が低く保たれていたことを説明する新たなメカニズムを提案しました。

発表のポイント

  • 先カンブリア時代(注1)の海洋中では、鉄を利用する非酸素発生型光合成生物(注2)(鉄酸化光合成細菌)が活動することで酸素発生型光合成生物が利用できる栄養塩が著しく不足していた可能性があることを明らかにしました。
  • 鉄酸化光合成細菌との競合により酸素発生型光合成生物の活動が抑制されていたという知見は、大気中酸素が長期にわたって低濃度に維持されていたことについて合理的な説明を与えるものです。
  • 今後、貧酸素状態から富酸素な状態へと変化するための条件や、それに伴う環境変化をより詳細に究明することで、地球環境と生命の共進化の理解につながることが期待されます。

発表概要

 これまでに得られている地質記録や地球化学的な分析結果は、酸素発生型光合成生物の出現はおよそ27-30億年前に遡るものの、大気中の酸素(O2)濃度が現在のレベルに達したのはおよそ4億5千万年前(古生代オルドビス紀からシルル紀にかけて)であったことを示しています。なぜ地球大気の富酸素化に20億年以上もの時間を要したのか、その理由はよくわかっておらず、地球惑星科学分野において重要な研究課題となっています。

 研究チームは、酸素に乏しい先カンブリア時代の海洋表層環境中では、鉄(Fe2+)を利用する非酸素発生型の光合成生物(鉄酸化光合成細菌)が活動することによって、酸素発生型光合成生物が利用可能な栄養塩(リン酸塩PO43-)が著しく枯渇する可能性があることを指摘しました。また、先カンブリア時代に想定される深層水の組成を考えた場合、大気中O2濃度が長期にわたって低濃度に維持されうることを数値シミュレーションによって示しました。これらの研究結果は、なぜ地球大気の富酸素化に長い時間を要したのかについて新しい解釈を与えるものであり、生命と地球環境の共進化の理解に近づく重要な成果です。

 本研究成果は、Nature Communications誌の電子版に7月9日に掲載されました。

発表者名

尾﨑 和海(東邦大学理学部生命圏環境科学科 講師)

発表内容

 現在の地球生命圏は、酸素発生型光合成によって年間に1000億トンもの炭素を固定し、多量の酸素(O2)を放出しています。その結果、大気中から深海に至るまで地球の表層環境は基本的に酸素に富んでおり、後生生物の生息が可能となっています。しかし、このような富酸素な大気海洋環境が実現したのはおよそ4億5千万年前のことであり、酸素発生型光合成生物の出現から20億年以上も後のことです(図1)。なぜそれだけの長い時間を要したのかについては、様々な可能性が議論されているものの、未解明の謎となっています。
 今回、研究チームは、鉄(Fe2+)を利用する非酸素発生型光合成生物(鉄酸化光合成細菌)に着目し、それらの活動によって酸素発生型光合成生物が利用できる栄養塩量が著しく抑制されてしまう可能性を検討しました。鉄酸化光合成細菌は、現在の地球上でも嫌気的な湖などに生息しています。彼らは低光量条件に良く適応していることが知られており、嫌気的な真光層(注3)の深部で活動することが可能です。研究チームは、鉄酸化光合成細菌による酸素発生型光合成生物への影響を調べるため、生育実験-遺伝子解析-数値モデルを利用した一連の研究を行いました。
 その結果、真光層深部に生息する鉄酸化光合成細菌が深層から流入する栄養塩を消費することで、真光層上部に生息する酸素発生型光合成生物が栄養塩不足に陥ることが示されました(図2a,b)。特に、深層水からの鉄(Fe2+)供給率がリン(PO43-)よりも相対的に大きい場合には、鉄酸化光合成細菌によってほぼすべてのリンが消費されてしまい、酸素発生型光合成生物の活動が著しく抑制されることが明らかとなりました(図2c)。光合成生物間の競合によって酸素発生型光合成生物の活動が抑制されていたということは、生命圏での酸素生成が抑制されていたことを意味しています。
 地質学的な時間スケールでの大気中の酸素濃度は、酸素生成過程と消費過程のバランス(動的平衡)によって決まっています。研究チームは、地球表層環境での酸素収支をシミュレート可能な物質循環モデルに、上記結果で得られた知見を導入することで、光合成生物間の競合と大気中酸素濃度の関係性を調べました。その結果、原生代や太古代に想定される深層水組成を考えた場合、地質記録と整合的な低い大気中酸素濃度が説明できることが示されました(図3)。
 本研究で得られた、“光合成生物間の競合によっての生命圏での酸素生成が抑制されていた”という知見は、地球表層環境の富酸素化に長期間を要したことに対し新しい説明を与えることができます。酸素発生型光合成は偏在する水を電子供与体として利用できるため、従来は、酸素発生型光合成生物が出現すればすぐに生態系の中で支配的な生産者となると考えられてきました。そのため、地質時代の大気中酸素濃度が低く保たれていた原因として酸素の消費プロセスに焦点を当てた議論がなされてきました。本研究成果は、光合成生物間の競合によって酸素生成が抑制されていた可能性を初めて指摘した点で重要です。本研究の仮説は、当時の海水組成(鉄、リン濃度)についての地質学的記録に基づく制約が進むことで検証することが可能と思われます。また、本研究で着目しているリン—鉄—炭素—酸素の物質循環は相互に関連しあっており、それらのシステム全体としての動態をシミュレート可能な数値モデルの開発が今後の重要な課題となります。そうした研究によって、地球大気が貧酸素な状態からいかにして富酸素な状態へと遷移するのか、それにともなう環境変化はいかなるものであるのか、といった残された課題について定量的予測と地質記録からの検証が可能となります。したがって、本研究成果は、地球表層環境の進化と生命進化の関係を理解するための重要な足掛かりとなると期待されます。

発表雑誌

    雑誌名
    Nature Communications
    論文タイトル
    Anoxygenic photosynthesis and the delayed oxygenation of Earth’s atmosphere
    著者
    Ozaki, K., Thompson, K., Simister, R. L., Crowe, S. A., Reinhard, C. T.*
    DOI番号
    10.1038/s41467-019-10872-z.
    アブストラクトURL
    https://www.nature.com/articles/s41467-019-10872-z

用語解説

(注1)先カンブリア時代
地質時代区分である顕生代(5億4千万年前から現在)より古い時代を指す。冥王代(40億年前以前)、太古代(40億年前から25億年前)、原生代(25億年前から5億4千万年前)からなる。

(注2)非酸素発生型光合成
分子状酸素を生成しないタイプの光合成を指す。電子供与体として水素や鉄および硫化物を利用するものが知られる。一方、水を電子供与体として利用し分子状酸素を生成する光合成のことを酸素発生型光合成と呼ぶ。

(注3)真光層
海洋などにおいて光合成をおこなうのに十分な太陽光が届く水深までの層を指す。

(注4)大酸化イベント
およそ24-23億年前に生じた大気中酸素濃度の上昇現象を指す。それ以前の大気中には痕跡量であった酸素濃度(現在値の10万分の1以下)が、現在の0.1-1%を超える程度の酸素濃度まで増加したとされる。

添付資料

以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学理学部生命圏環境科学科

講師 尾﨑 和海
〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-5299
E-mail: kazumi.ozaki[@]sci.toho-u.ac.jp
 ※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。
URL: https://ozaki.env.sci.toho-u.ac.jp/

【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部

〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL : 03-5763-6583 
FAX : 03-3768-0660
Email: press[@]toho-u.ac.jp ※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。
URL: www.toho-u.ac.jp