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プレスリリース 発行No.987 令和元年7月8日

免疫のブレーキ役である制御性T細胞の分化メカニズムの一端を解明
~ 自己免疫疾患や炎症性腸疾患の症状を抑えるリンパ球ができるしくみ ~

 東邦大学医学部生化学講座の片桐翔治大学院生、山﨑創准教授、中野裕康教授らの研究グループは、JunBという転写因子が、インターロイキン-2(IL-2)というサイトカインのシグナルを活性化することにより、免疫のブレーキ役としてはたらく制御性T細胞(Treg細胞)の生成を促進することを明らかにしました。
 今回の発見により、炎症性疾患の病勢を決めるメカニズムの一端が解明されたほか、その治療に向けた新たなアプローチの可能性が広がりました。

 この成果は2019年7月8日に、雑誌Mucosal Immunologyにて発表されました。

 本研究は、東邦大学医学部内科学講座膠原病学分野(大橋) 亀田秀人教授、同 微生物・感染症学講座 舘田一博教授、九州大学大学院医学研究院 住本英樹教授らとの共同研究によるものです。

発表者名

山﨑 創 (東邦大学医学部生化学講座 准教授)
中野 裕康(東邦大学医学部生化学講座 教授)

発表のポイント

  • 制御性T細胞(Treg細胞)は、様々な免疫反応を抑えるという重要な役割を担うことから、発見以来高い関心を集めていますが、体の中でTreg細胞がどのようにできるかについては十分に理解されていません。今回、研究グループは、JunBという転写因子を欠損したマウスでは、IL-2のシグナルが伝わらないために、Treg細胞が十分に生成されなくなっていることを突き止めました。
  • JunBを欠損したマウスではTreg細胞が減少しているため、ヒト潰瘍性大腸炎の疾患モデルの症状が悪化することを見出しました。
  • 潰瘍性大腸炎などの炎症性疾患や多くの自己免疫疾患は、治療戦略はもとより、症状の発症・増悪メカニズムについても詳細がわかっていません。今回の発見に基づき、JunBのはたらきやIL-2シグナルの強さを調節するというアプローチにより、症状を緩和するという新しい治療法の可能性が拓けました。

発表概要

 Treg細胞は不適切な免疫反応の抑制に不可欠ですが、この細胞が生体内でどのように生成されるかについては十分にわかっていませんでした。今回、遺伝子改変マウスを用いた解析を中心に、JunBという転写因子がIL-2のシグナルの活性化を通じてTreg細胞の分化を誘導することを明らかにしました。
 今回の成果を基にして、JunBのはたらきやIL-2シグナルの調節を通じてTreg細胞を増やすことにより、炎症性疾患を克服するという新たな治療法の可能性が示されました。

発表内容

 免疫系は、様々な病原体に対する防御に不可欠ですが、その一方で、不適切に活性化すると自分自身を攻撃して自己免疫疾患を招くため、正しく制御されなければいけません。制御性T細胞(Treg細胞)(注1)は、免疫系の過剰な活性化を防ぐ重要な役割を担っており、この細胞の機能が低下しているマウスでは、様々な自己免疫疾患を発症しやすくなったり、炎症性疾患の症状が悪化することがわかっています。しかし、体の中に十分な数のTreg細胞を準備する仕組みについては未解明な点が多く残されています。今回、私たちの研究グループは、JunB(注2)という転写因子に着目し、この因子がIL-2というサイトカインのはたらきを通じてTreg細胞の数を保つのに重要であることを明らかにしました。
 ヒトの潰瘍性大腸炎の動物疾患モデルの一つに、デキストラン硫酸ナトリウム(Dextran sulfate sodium:DSS)という化合物を投与して誘導する大腸炎モデルがあります(注3)。
 まず、本研究グループがJunBの欠損マウスにこの大腸炎モデルを誘導したところ、野生型マウスと比較して症状が悪化することがわかりました(図1)。JunB欠損マウスの組織を解析してみるとTreg細胞の数が減少していたので、このことが大腸炎の重篤化の原因だと考えられました。次に研究グループは、Treg細胞の分化にIL-2(注4)のシグナルが必要である点に着目して解析を進め、JunBを欠損するT細胞では、IL-2の受容体の発現が低いことに加え、自分自身が放出するIL-2の量も少ないためにTreg細胞への分化が十分に誘導されないことを突き止めました(図2)。
 いくつかのヒト自己免疫疾患に対して、IL-2を投与する治療法の可能性が試みられていますが、IL-2シグナルが低下しているマウスを用いた今回の研究結果が、炎症性疾患に対する新たな治療プロトコールの確立につながることが期待されます。

発表雑誌

    雑誌名
    「Mucosal Immunology」
    論文タイトル
    JunB plays a crucial role in development of regulatory T cells by promoting IL-2 signaling.
    著者
    Takaharu Katagiri, Soh Yamazaki*, Yuto Fukui, Kotaro Aoki, Hideo Yagita, Takashi Nishina, Tetuo Mikami, Sayaka Katagiri, Ayako Shiraishi, Soichiro Kimura, Kazuhiro Tateda, Hideki Sumimoto, Shogo Endo, Hideto Kameda, Hiroyasu Nakano*
    DOI番号
    10.1038/s41385-019-0182-0
    アブストラクトURL
    https://www.nature.com/articles/s41385-019-0182-0

用語解説

(注1)制御性T細胞(Treg細胞)
ヘルパーT細胞(CD4+ T細胞)の一種であり、様々な免疫応答を抑制することにより自己免疫疾患の発症や過剰な免疫応答を防ぐ。

(注2)JunB
DNAに結合して遺伝子の発現を調節する「転写因子」と呼ばれるタンパク質の一つである。発生や骨、皮膚の恒常性維持に関与することが以前から知られていたが、ヘルパーT細胞でのJunBの役割については長らく不明であった。

(注3)DSS誘導性大腸炎モデル
デキストラン硫酸ナトリウム(Dextran sulfate sodium: DSS)を含む飲料水を飲んだマウスでは、大腸上皮細胞の障害のために炎症が惹起され、体重減少や大腸の短小化、腸管上皮下層での浮腫などが認められるようになる。症状がヒトの潰瘍性大腸炎に似ていることや、症状を再現性良く誘導できることから、大腸炎の動物モデルとして広く用いられている。

(注4)インターロイキン-2(IL-2)
リンパ球などの産生細胞から細胞外へ放出され、標的細胞に作用してその機能を変化させる「サイトカイン」と呼ばれるタンパク質の一つである。以前は免疫反応を活性化する因子だと考えられていたが、近年は免疫応答の抑制に重要なTreg細胞の分化誘導に必須なサイトカインとして注目されている。

添付資料

図1.JunB欠損マウスではDSS誘導性大腸炎の症状が重症化する。

野生型マウスとJunB欠損マウスにDSSを含む水を5日間飲ませた後、DSSを含まない通常の飲料水に戻した。(A) 毎日体重を測定し、実験開始時を100%とした時の相対値を示した。JunB欠損マウスは野生型マウスより体重の減少が著しい。 (B) DSS投与後5日目にマウスから大腸を取り出し、切片をヘマトキシリン-エオシンで染色して観察した。DSSを投与すると、野生型マウスの大腸でも炎症像が認められるようになるが、JunB欠損マウスではより多くの炎症細胞が見られる。また、絨毛領域の損傷が大きく、粘膜下層の浮腫も顕著である。(C) DSS投与後5日目にマウスから大腸を取り出し、長さを測定した。JunB欠損マウスの大腸は、病態の重篤化の指標である大腸の短小化の程度が著しい。
図2.Treg細胞の分化におけるJunBの役割

Treg細胞への分化にはIL-2のシグナルが必要だが、JunBを欠損する細胞では、IL-2受容体の発現が低いことに加え、自身が産生するIL-2の量が低いため、Treg細胞への分化効率が低い。そのため、JunB欠損マウスの組織ではTreg細胞の数が少なく、過剰な免疫応答を抑えることができないので、DSS誘導性大腸炎の重篤化のような病態の増悪が起こる。
以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学医学部生化学講座

准教授 山﨑 創
教授  中野 裕康
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TEL: 03-5763-5317  FAX: 03-5493-5412
E-mail: syamaz[@]med.toho-u.ac.jp(山﨑)
E-mail: hiroyasu.nakano[@]med.toho-u.ac.jp(中野)
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