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プレスリリース 発行No.851 平成29年12月28日

多発性硬化症の発症メカニズムの一端を解明
~ 発症原因となるリンパ球の分化に必要な遺伝子を発見 ~

東邦大学の山﨑創准教授と九州大学の住本英樹教授らの研究グループは、遺伝子改変マウスを用いた病態モデルの解析により、多発性硬化症などの自己免疫疾患の原因として近年注目を集めているリンパ球であるTh17細胞の分化に、JunBという転写因子が必要であることを見出しました。
今回の発見により、自己免疫疾患の発症メカニズムの一端が解明されたほか、その治療に向けた新たなアプローチの可能性が広がりました。
この成果は12月12日に雑誌Scientific Reportsにて発表されました。

発表者名

山﨑 創(東邦大学医学部生化学講座 准教授)

発表のポイント

  • 免疫の司令塔と呼ばれるヘルパーT細胞の一種であるTh17細胞は、多発性硬化症をはじめとする自己免疫疾患の発症に関与することから近年注目を集めていますが、体の中でTh17細胞がどのようにできるかについては不明な点が多くありました。今回、遺伝子改変によりJunBという転写因子(DNAに結合し、遺伝子の発現を制御するタンパク質)を欠損したマウスでは、Th17細胞がつくられなくなっていることを明らかにし、さらに、JunB欠損マウスは、ヒトの多発性硬化症の動物モデルである自己免疫性の脳脊髄炎を全く発症しなくなることを示しました。
  • 今回着目した転写因子であるJunBは、これまでに、皮膚のバリア維持機構や骨髄系細胞の機能調節に重要であることが知られていましたが、ヘルパーT細胞でどのような役割を果たすかについてはわかっていませんでした。今回の発見により、ヘルパーT細胞が機能を獲得するのに必要な新たな仕組みが明らかになりました。
  • 多発性硬化症をはじめ、リウマチ関節炎や乾癬などの自己免疫疾患は、治療戦略はもとより、病態の発症メカニズムについても詳細がわかっていませんでした。今回の発見に基づき、JunBのはたらきを阻害するというアプローチにより自己免疫疾患を抑えるという新しい治療法の可能性が開けました。
  • 発表概要

    ヘルパーT細胞の一種であるTh17細胞は、感染防御に重要な役割を果たしている一方で、様々な自己免疫疾患の原因ともなるため、体の中でTh17細胞のはたらきが正しく調節されることは非常に重要です。しかし、この細胞の分化や機能がどのように調節されているかについては十分に理解されていませんでした。今回、東邦大学医学部の山﨑 創准教授らは、遺伝子改変マウス(ノックアウトマウス)を使った解析を中心に、遺伝子の発現調節をおこなうJunBという転写因子がTh17細胞の分化に重要であることを明らかにしました。JunBを欠損するマウスは、ヒトの多発性硬化症の動物モデルである自己免疫性の脳脊髄炎を全く発症しなくなりました。今回の成果をもとにして、JunBの質的・量的な調節を通じてTh17細胞の機能を変化させることにより、自己免疫疾患に対する新たな治療法を開発できる可能性が示されました。

    発表内容

    免疫系が十分にはたらかないと免疫不全になり、病原体に対する抵抗力が低下しますが、一方で、不適切に発動すると、種々の自己免疫疾患を招き、我々を苦しめます。リンパ球の中でもヘルパーT細胞は、他の免疫細胞のはたらきを調節することから免疫系の司令塔と呼ばれますが、このヘルパーT細胞の一種であるTh17細胞(注1)は、病原に対する防御に必要であると同時に、様々な自己免疫疾患の発症を促進します。我々の体の中では、ヘルパーT細胞のもとになるナイーブCD4+ T細胞が抗原を認識して生存・増殖する際に、IL-6とTGF-βというサイトカインからの刺激を受けるとTh17細胞に分化すると考えられています。 ナイーブCD4+ T細胞からTh17細胞への分化が試験管の中でも再現できるようになったことと、Th17細胞を主要な責任細胞とする病態モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎 (experimental autoimmune encephalomyelitis, EAE)(注2)が有用であることから、Th17細胞の分化に関わる因子が次々に同定されました。しかし、自己免疫疾患に対する新しい治療法開発の基礎となる病態発症のメカニズムの解明に関しては十分に理解されていない点が多く残されています。
    JunBという転写因子は、DNAに結合して遺伝子発現を調節することにより、胎盤形成や皮膚のバリア機構維持、骨の形成などの生理機能に関与することが報告されていましたが、免疫応答における役割はほとんど知られていませんでした。今回、東邦大学医学部の山﨑 創准教授らのグループは、免疫系の中でも特にヘルパーT細胞におけるJunBの役割に着目し、この因子がTh17細胞の分化に必須であることを明らかにしました。
    まず、さまざまなヘルパーT細胞におけるJunBの発現を調べたところ、Th17細胞で発現が高いことがわかったので、JunBの欠損マウスを作出してTh17細胞におけるJunBの役割を検討しました。JunBは胎盤形成に必須なため、今回の研究では、胎盤などではJunBの発現を維持しつつ、将来生体になる胚の部分だけでJunBを欠損させるマウスを用いた析をおこないました。このようにして作成した全身性のJunB欠損マウスから取り出したナイーブCD4+ T細胞を用いて試験管内でTh17細胞への分化を誘導したところ、同腹のコントロールマウスに由来するナイーブCD4+ T細胞とは対照的に、IL-17を産生する細胞(Th17細胞)への分化がほとんど認められなくなりました(図1)。転写因子であるJunBは一群の遺伝子の発現を調節すると予想されたので、Th17細胞への分化条件下で培養したJunB欠損CD4+ T細胞について遺伝子発現解析を行なったところ、Th17細胞のマーカーとされる遺伝子の発現誘導が軒並み低下していました(2)。一方、他のヘルパーT細胞であるTh1細胞、Th2細胞、Treg細胞への分化はJunBの欠損によりほとんど影響を受けず、正常に起きていたことから、ヘルパーT細胞におけるJunBの役割はTh17細胞への分化過程に限定的であることがわかりました。次にJunB欠損マウスにEAEモデルを誘導して自己免疫疾患の発症におけるJunBの役割を検討してみると、これも同腹のコントロールマウスで病態が誘導されたのとは対照的に、JunB欠損マウスは一例も発症に至らず(図3A)、症状の原因となる脱髄や免疫細胞の浸潤も全く認められませんでした(図3B, C)。以上のことから、転写因子JunBはTh17細胞の分化に必須であると結論しました。JunBには、c-Jun、JunDというアミノ酸配列が良く似たファミリータンパク質があるので、当初はJunBだけを欠損させても他の2つによって機能が補われるために表現型が現れない可能性も予想されました。しかし、今回JunBの欠損だけで明らかなTh17細胞分化の障害が認められことから、JunBに固有な役割についても検討しました。その結果、Th17細胞ではc-JunやJunDに対してJunBの発現がずっと高いことがわかりました。さらに、JunBの部分欠失変異体を用いた実験から、JunBは、c-JunやJunDとはアミノ酸配列が似ていないユニークな部分を使って、Th17細胞の機能に重要な遺伝子の発現を誘導していることが明らかになりました。
    今回の研究成果により、3つの関連する因子の中でJunBのはたらきだけを阻害すればTh17細胞の病原性を低下させることができることがわかりました。細胞内のタンパク質であるJunBの機能をどのようにして抑えるかが大きな課題ですが、今回の成果が自己免疫疾患に対する新たな治療法開発の基礎になることが期待されます。

    発表雑誌

    雑誌名:「Scientific Reports」
    巻数、(発行年)、掲載ページ数:7, (2017), 17402
    論文タイトル:The AP-1 transcription factor JunB is required for Th17 differentiation.
    著者:Soh Yamazaki, Yoshihiko Tanaka, Hiromitsu Araki, Akira Kohda, Fumiyuki Sanematsu, Tomoko Arasaki, Xuefeng Duan, Fumihito Miura, Takaharu Katagiri, Ryodai Shindo, Hiroyasu Nakano, Takashi Ito, Yoshinori Fukui, Shogo Endo, and Hideki Sumimoto*(*責任筆者)
    DOI番号:10.1038/s41598-017-17597-3
    アブストラクトURL:PMID: 29234109

    用語解説

    (注1)Th17細胞:インターロイキン-17 (IL-17)を産生するヘルパーT細胞として2005年に初めて報告された。種々の自己免疫疾患の発症に関与することが明らかにされ、この細胞が産生するサイトカインなどを標的とした治療薬の開発が精力的に進められており、IL-17を標的とした乾癬の治療薬はすでに実用化に至っている。

    (注2)実験的自己免疫性脳脊髄炎 (experimental autoimmune encephalomyelitis, EAE):神経組織を構成するタンパク質由来の抗原を動物に接種することにより、抗原特異的なT細胞を介して神経組織の損傷を誘導する中枢神経系の炎症性疾患モデルである。ヒトの多発性硬化症や急性散在性脳脊髄炎のモデルとして用いられる。野生型のマウスに誘導した場合、まず尻尾の脱力が起こり、さらに症状が進行すると後肢や前肢の麻痺、脱力が見られるようになる。

    添付資料

    図1:JunBの欠損によりナイーブCD4+ T細胞からTh17細胞への分化が障害される。
    同腹のコントロールマウス(左)およびJunB欠損マウス(右)から調製したナイーブCD4+ T細胞をTh17分化条件下で3日間培養した後、フローサイトメトリーによりIL-17の産生能を評価した。IL-17A産生細胞の割合が、コントロールの細胞で18.0%であるのに対し、JunB欠損細胞では0.6%と大幅に低下している。

    図2:JunBの欠損によりTh17細胞の遺伝子発現プログラムが障害される。
    同腹のコントロールマウスおよびJunB欠損マウスから調製したナイーブCD4+ T細胞および、それをTh1あるいはTh17への分化条件下で3日間培養した後、RNA-seq解析により遺伝子発現プロファイルを解析した。左から5番目のレーンで発現が上昇している(赤くなっている)遺伝子群が、6番目のレーンでは上昇していない(青いまま)。

    図3:JunB欠損マウスは実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)を発症しない。
    同腹のコントロールマウスおよびJunB欠損マウスに神経組織構成タンパク質由来のペプチドを免疫し、EAEを誘導した。(A)EAEの臨床スコア。JunB欠損マウスでは一例も発症が認められず、臨床スコアが上昇しない。(B)ルクソールファーストブルーによる脊髄組織切片の染色。矢頭は組織の損傷領域を示す。(C)蛍光抗体法による免疫細胞の染色。右側のJunB欠損マウスでは脊髄への免疫細胞の浸潤(緑と赤)がほとんど見られない。

    本発表資料のお問い合わせ先

    東邦大学医学部生化学講座
    山﨑 創・准教授

    TEL:03-3762-4151  FAX:03-5493-5412
    E-mail:syamaz[@]med.toho-u.ac.jp
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    本リリースの配信元

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