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プレスリリース 発行No.822 平成29年10月6日

大きく湾曲したベンゼン環を有する非平面π共役分子の開発に成功
~ 公立大学法人大阪府立大学との共同開発 ~

東邦大学理学部生物分子科学科 渡邊総一郎教授と、同薬学部薬品製造学教室 東屋功教授は、大阪府立大学大学院理学系研究科分子科学専攻 神川憲教授、津留崎陽大助教のグループとの共同研究で、ヘリセン(ベンゼン環だけで構成されたらせん型分子を指す)部分を1分子内に6箇所持つ化合物を世界で初めて合成することに成功し、その性質を明らかにしました。
この研究成果は、2017年10月4日に、米国の化学分野における学術雑誌である「Journal of the American Chemical Society」誌のオンライン版に公開されました。
研究の詳細は以下のとおりです。

大きく湾曲したベンゼン環を有する非平面π共役分子の開発

公立大学法人大阪府立大学(理事長:辻 洋)の大学院理学系研究科 神川憲 教授、津留崎陽大 助教、および東邦大学理学部 渡邊総一郎 教授、薬学部 東屋功 教授は、通常は二次元構造をとるベンゼン環を大きく湾曲させることに成功しました。

■本取り組みのポイント■
1. 分子内に6つの[5]ヘリセン構造を有する六重ヘリセンの合成に成功
2. 立体障害を集積化することによって、世界でもっともねじれたベンゼン環を生みだすことに成功
3. 非平面π共役分子、およびナノカーボンの発展に、大きな貢献

 近年、フラーレンやカーボンナノチューブに代表されるような、曲がったπ共役分子(※1)の開発に多くの関心が集まっていますが、本来、平面構造を好むπ共役分子をどのくらいねじまげることができるかは、曲がったπ共役分子を新たに設計する際の指針となる構造化学の本質に迫る課題です。このような大きく湾曲したベンゼン環を生み出すことができた要因は、1つの分子内にヘリセンと呼ばれるらせん状の多環芳香族化合物(※2)の構造を6ヶ所持つ分子を設計し、複数のらせん構造が生み出す歪みを集積できる環境を作り出した点にあります。分子内の最もねじれたベンゼン環におけるねじれ角の大きさは、これまで報告されたベンゼンのねじれ角としては最大の35.7°を示しました。このベンゼン環は、ベンゼン環の2重結合をすべて還元し、単結合にした際に得られるシクロヘキサンのねじれ舟形構造に類似した構造をとったことになります。このような六重のヘリセン構造を有する分子を合成するにあたり、パラジウム触媒を用いたヘリセニルアライン(※3)の環化三量化を行った結果、分子内に6つのヘリセン構造を有する六重ヘリセンの合成に成功しました。さらに、この大きくねじれた構造を有する分子は、トルエン中で加熱を行うことにより、さらに熱力学的に安定なプロペラ構造を有する六重ヘリセンへと構造変換できることも見つけました。今回の発見は、近年、盛んに研究が行われている曲がったナノカーボンの基礎的知見となり、様々なカーボン材料を設計する際の指針となることが期待されます。なお、本研究成果はオンライン版「Journal of the American Chemical Society」誌で2017年10月4日に公開されました。

【研究の背景】

 ベンゼン環を縮環して得られるπ共役分子は、通常、グラフェンのように平面構造をとります。しかし、カーボンナノチューブなどに見られる曲面構造が、平面分子であるグラフェンとは異なる特性を有することから、曲がったπ共役分子をいかに合成するかに注目が集まっています。π共役分子をねじ曲げる方法の1つとして、立体障害による構造的要因を活用する方法があります。例えば、複数のベンゼン環を「コ」の字状に連続して縮環していくと、ベンゼン環同士がぶつかるのを避けるために、分子はらせん状にねじれていきます。このような分子は、ヘリセンと呼ばれており、そのらせん構造に由来する独特の光学的、電子的特性に多くの注目が集まっています。さらに近年では、このヘリセン構造を分子内に複数もつ多重ヘリセンの開発が非常に活発に研究されています。これまでにも、二重ヘリセン、三重ヘリセン、四重ヘリセンなどが合成されており、その複数のヘリセン構造に基づく大きなねじれ構造が注目を集めてきました。さらなる多重ヘリセンを合成することができれば、さらに大きなねじれを生み出し、「ベンゼン環をどこまでねじることができるのか」という限界に関する知見が得られるのではないかと考えられてきました。

【研究内容と成果】

 今回、神川教授らは、ベンゼン環内にアラインと呼ばれる反応性の高い三重結合をもつヘリセン(ヘリセニルアライン)を発生させて、パラジウム触媒を用いた[2+2+2]環化反応を行うことで、三つのヘリセニルアラインの中央部に新たなベンゼン環の形成を伴って、新しい分子を合成することに成功しました。この分子には、外側に3つ、内側に3つの合計6つのヘリセン構造を有します。この分子には、6つのヘリセン構造に基づく10個の異性体の生成が考えられますが、そのうちの1つのみが立体選択的に得られることがわかりました。この分子は、大きく歪んだベンゼン環を有し、これまでに報告された中で最もねじれたベンゼン環のねじれ角をもつことがわかりました。また、この分子をトルエン中で加熱を行うことにより、より安定な異性体へと定量的に異性化することも明らかにしています(上図参照)。また、その異性体の構造についてもX線結晶解析により明らかにし、プロペラの羽のような対称性を有する構造であることがわかりました。

【成果の意義】

 曲がったπ共役系は、その特異な構造に由来する電子的特性にもとづいて、有機トランジスタや電子輸送剤などの電子材料への応用が期待されています。神川教授、津留崎助教らの発見は、このような曲がったπ共役系化合物の分子設計、および物性に関する基礎的知見を与えるとともに、近年注目が集まっているキラルナノグラフェンの開発に繋がる成果です。

【研究助成資金等】

 本研究の一部は科学研究費補助金、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、内藤記念科学振興財団、山田科学振興財団からの支援を受けて行われました。

【用語解説】

(※1)「π共役分子」
二重結合(あるいは三重結合)と単結合が交互に入れ替わって現れる分子骨格をもつ分子。電気を通したり、強く発光したりする場合があり、次世代の有機材料として期待されている分子群。

(※2)「多環芳香族化合物」
いくつものベンゼンが、繋がってできる化合物の総称。有機トランジスタ、有機太陽電池、有機 ELの設計において重要な有機材料の構成要素。

(※3)「ヘリセニルアライン」
ベンゼン環の一つあるいは複数に反応性の高い三重結合をもち、かつベンゼン環がらせん状に繋がった多環芳香族化合物。

【発表雑誌】

論文名:Synthesis, Structures, and Properties of Hexapole Helicenes: Assembling Six [5]Helicene Substructures into Highly Twisted Aromatic Systems
著者:細川朋佳1、高橋裕輔1、松島智也2、渡邊総一郎2、吉川晶子3、東屋功3、津留崎陽大 、神川憲
(1大阪府立大学 大学院理学研究科、2東邦大学 理学部生物分子科学科 / 東邦大学複合物性研究センター、3東邦大学 薬学部)
掲載誌: Journal of the American Chemical Society
http://pubs.acs.org/journal/jacsat
公表日時:(日本時間)2017年10月4日

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