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プレスリリース 発行No.748 平成28年12月21日

干潟の「普通種」実は2種だった!~ ゴカイの仲間に隠れた近縁種を発見 ~

日本の干潟に広く生息し、「普通種」とされる多毛類(ゴカイの1種)ドロオニスピオの中に、形態が類似した異なる種が含まれていたことを東邦大学理学部生命圏環境科学科 海洋生態学研究室の阿部博和 博士研究員と東北大学大学院の農学研究科の大越和加 准教授、同大学院生の近藤智彦氏の研究チームが明らかにしました。
この結果、これまで様々な学術論文や環境アセスメントの報告書の中でドロオニスピオとして扱われてきたものは2種に分ける必要があり、従来の研究成果の再考や一部変更が求められることになります。近年、干潟の価値や生物多様性の重要性が再認識される中、世界的にも広く生息が知られ「普通種」と言われていた生物に別の種が紛れていたという本研究の成果は、東京湾をはじめとした国内の干潟や世界各国の干潟における研究と、生態系・生物多様性の理解促進に広く貢献することが期待されます。
この研究成果は、日本動物学会の英文学術誌 Zoological Science の2016年12月号に掲載され表紙を飾りました(図1)

発表者名

阿部博和(東邦大学理学部 生命圏環境科学科 博士研究員)
近藤智彦(東北大学大学院農学研究科 博士後期課程)
大越和加(東北大学大学院農学研究科 准教授)

発表のポイント

  • 干潟の普通種と言われていた多毛類の1種ドロオニスピオの中に別種のアミメオニスピオが含まれていたことを発見
  • ドロオニスピオ、アミメオニスピオを含めた日本産オニスピオ属多毛類3種の詳細な形態と遺伝子の塩基配列を報告
  • 干潟の生態系や生物多様性の理解へ貢献

要約

類)の1種であり、古くから日本各地の干潟や河口域に広く分布し、底生生物の中でしばしば優占的に出現することが知られていました。このことから日本の干潟の「普通種」とされ、様々な文献(学術論文や調査報告書など)にその名が頻出しています。
本研究では、ドロオニスピオと同じ属であるオニスピオ属の2種の形態と遺伝子情報を国内から初めて報告し、それぞれ「アミメオニスピオ」、「トラオニスピオ」という和名を提唱しました。また、アミメオニスピオはこれまで形態が非常に類似するドロオニスピオと混同されていたために、発見が遅れたことを明らかにしました。
干潟に多産する「普通種」ドロオニスピオは、魚類や鳥類の重要な食物源になり、物質循環への寄与も大きい種と言われていましたが、本研究から、場所や時期によってはそのほとんどがアミメオニスピオである可能性も出てきました。これまで東京湾の環境調査をはじめ様々な報告の中でドロオニスピオとして扱われていた種については、再考が必要であると考えられます。今後は2種を区別し、それぞれが生態系において果たす役割を明らかにしていく必要があるでしょう。

解説

干潟には多様な生物が生息し、生物生産性や水質浄化能力が高い豊かな生態系が形成されています。干潟生態系では、ベントス(底生生物)と呼ばれる表在性・埋在性の小型の無脊椎動物が多く生息しており、特に、環形動物の多毛類(ゴカイ類)は軟体動物の貝類、節足動物の甲殻類(エビ・カニ類等)と並び、主要な構成群となっています。
古くから日本人にとって身近な存在であった干潟が埋め立て等により各地で失われている中で、近年、干潟の価値や生物多様性の重要性が再認識されており、日本各地の干潟で生態系保全のための生物・環境調査が行われています。
環形動物門 スピオ科 オニスピオ属に属する多毛類は、主に東アジアの潮間帯~潮下帯に普遍的に生息するグループとして知られています。本属は、干潟や河口域のベントスの中でしばしば優占的に出現することから、魚類や鳥類の重要な食物源になるほか、沿岸環境の物質循環への寄与も大きいことが知られています(文献1)。
日本産のオニスピオ属は、従来オニスピオ、コオニスピオ、ドロオニスピオの3種が知
られていましたが、近年、阿部博士研究員らによるプランクトンの調査から、アミメオニスピオとトラオニスピオの
2種の浮遊幼生が日本初記録として報告されました(文献2)。
本研究では、アミメオニスピオとトラオニスピオの2種の成体の詳細な形態とrDNA(注2)遺伝子の塩基配列を国内から初めて報告し、さらに、アミメオニスピオは形態が類似する近縁種であるドロオニスピオと日本各地の干潟で同所的に出現することから、これまで混同されていたことを明らかにしました(図2,3)。すなわち、アミメオニスピオはドロオニスピオと同じ種と思われていたために、これまで国内での生息が報告されていなかったということです。両種は形態が酷似するものの、幼生の発生様式などの生態には明確な差異があることも同研究チームにより明らかになりました(近藤他、未発表)。今後は、両種を区別して扱うことはもとより、これまで数十年にわたり様々な論文や報告書でドロオニスピオとして扱われていた種についても再考が必要であると考えられます。
近年、日本のメダカは1種ではなく2種であることが報告され話題になりました(文献3)。干潟に生息する種では、それまで「ケフサイソガニ」と呼ばれていた干潟で普通に見られるカニの中に、別のもう一種「タカノケフサイソガニ」が含まれていたことや(文献4)、多毛類の普通種「ゴカイ」にヤマトカワゴカイ、ヒメヤマトカワゴカイ、アリアケカワゴカイの3種が含まれていたことが過去に明らかになり(文献5)、多くの研究者を驚かせました。
日本の干潟の「普通種」ドロオニスピオの中に異なる別の種が含まれていたという本研究による発見は、これまで見過ごされていた生物の多様性に光を当てるものであると同時に、干潟生態系を構成するベントスの分類学的研究がまだ不十分な状況で、今後も同様の事例が発見される可能性があることを示唆しています。一般にはあまりなじみのない生物でも、干潟の構成要素として生態系の中で重要な役割を果たしています。分類学的研究によって、干潟の生物相を十分に把握することは、干潟の生態系や生物多様性を理解するための重要な基礎的知見となります。今後は、アミメオニスピオとドロオニスピオのどちらの種(もしくは両方の種)が「本当の日本の干潟の普通種」であるのか、また、両種の生態系の中での役割の違いなどについて、日本各地の干潟で2種の分布域の検討を行っていく必要があるでしょう。
<b>文献1</b>
阿部博和 (2016)
日本産Pseudopolydora属(スピオ科)の分類とPolydoridsにおける穿孔能力の獲得プロセスについて.
月刊海洋/号外,57: 25–33.
<b>文献2</b>
Hirokazu Abe, Waka Sato-Okoshi, Goh Nishitani, Yoshinari Endo (2014)
Vertical distribution and migration of planktonic polychaete larvae in Onagawa Bay, northeastern Japan.
Memoirs of Museum Victoria, 71: 1–9.
<b>文献3</b>
Toshinobu Asai, Hiroshi Senou Kazumi Hosoya (2011)
Oryzias sakaizumii, a new ricefish from northern Japan (Teleostei: Adrianichthyidae).
Ichthyological Exploration of Freshwaters, 22: 289–299.
<b>文献4</b>
Akira Asakura, Seiichi Watanabe (2005)
Hemigrapsus takanoi, new species, a sibling species of the common Japanese intertidal crab H. penicillatus (Decapoda: Brachyura: Grapsoidea).
Journal of Crustacean Biology, 25: 279–292.
<b>文献5</b>
Masanori Sato, Akiyuki Nakashima (2003)
A review of Asian Hediste species complex (Nereididae, Polychaeta) with descriptions of two new species and a redescription of Hediste japonica (Izuka,1908).
Zoological Journal of the Linnean Society, London, 137: 403–445.

発表雑誌

雑誌名:日本動物学会英文誌「Zoological Science」(Volume 33, Issue 6 / 2016年12月)
論文タイトル:First Report of the Morphology and rDNA Sequences of Two Pseudopolydora Species (Annelida: Spionidae) from Japan
著者:Hirokazu Abe*, Tomohiko Kondoh, and Waka Sato-Okoshi
DOI番号:10.2108/zs160082
アブストラクトURL:http://www.bioone.org/doi/abs/10.2108/zs160082
(邦訳)「日本産オニスピオ属(環形動物門:スピオ科)2種の形態とrDNA塩基配列の初報告」
著者名:阿部博和・近藤智彦・大越和加

用語解説

(注1)オニスピオ属
生物の分類では、門・綱・目・科・属・種などの分類階級によって分類群の階層的位置を表す。現在、多毛類の綱・目レベルでの分類体系には再編が求められており、コンセンサスが得られていない状況にある。オニスピオ属(Pseudopolydora属)は、環形動物門スピオ科に含まれる多毛類であり、世界では20種程度、日本では本研究成果を含めオニスピオ、コオニスピオ、ドロオニスピオ、アミメオニスピオ、トラオニスピオの5種が知られている。その中でドロオニスピオ(Pseudopolydora cf. kempi)は古くから干潟の「普通種」として知られており、学術論文や環境アセスメントの報告書にも頻出する。

(注2)rDNA
rDNA(リボソームDNA)は、タンパク質やペプチド鎖の合成を行っている小器官「リボソーム」を構成するリボソームRNAを規定するための遺伝情報を担う遺伝子である。分類学の分野では、複数の種でrDNAの塩基配列を解読し比較することで、それらの種が同種であるか別種であるか、また近縁であるか遠縁であるかの判断を行うことが多い。本研究では、rDNAを構成する複数の遺伝子領域のうち、18S rDNAと28S rDNAの2つの領域の塩基配列の解読を行った。

添付資料

図1. Zoological Science 2016年12月号の表紙写真。左がドロオニスピオ、右がアミメオニスピオの頭部背面写真。
図2. ドロオニスピオ(A)、アミメオニスピオ(B)、トラオニスピオ(C)の頭部背面の生体写真。背面の黒色色素の模様が3種で異なる。ドロオニスピオには目立つ黒色素はない。アミメオニスピオは赤矢印部に目立つ黒色素があり、背面全体に網目状の黒色素が広がる。トラオニスピオには目立つトラ柄の黒色素がある。スケールバーは0.5 mm。
図3. オニスピオ属の18S rDNAに基づく分子系統樹。形態が類似するドロオニスピオとアミメオニスピオ(赤字)は近縁種として隣に並ぶが、遺伝子の塩基配列は異なる。外群は、複数の生物の系統関係(近縁であるか、遠縁であるか)を調べるときに、比較したい生物群の外側の群として参照するグループであり、系統樹に分岐の根をつける役割を持つ。

以上

問い合わせ先

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東邦大学理学部
阿部博和・博士研究員
TEL:047-472-5235
E-mail:hirokazu.abe[@]sci.toho-u.ac.jp

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