プレスリリース 発行No.727 平成28年10月28日
東邦大学医学部研究グループが肝炎の悪化を骨髄由来白血球が予防することを発見
~ 研究成果は米国肝臓専門誌Hepatologyに掲載 ~
~ 研究成果は米国肝臓専門誌Hepatologyに掲載 ~
東邦大学医学部生化学講座の中野教授らの研究グループは、骨髄由来白血球を除去することで、肝炎が劇症化すること、及びその劇症化には核内タンパク質であるヒストンが関与していることを見出しました。
これは、肝細胞で細胞死の亢進している遺伝子改変マウスや骨髄由来の白血球を除去できる遺伝子組み換えマウス、及びそれらマウスの骨髄移植などを用いた技術により可能となったもので、今後、劇症肝炎や敗血症の新たな治療法の開発につながる可能性があります。この成果は10月22日に雑誌Hepatologyのオンライン版に掲載されました。
これは、肝細胞で細胞死の亢進している遺伝子改変マウスや骨髄由来の白血球を除去できる遺伝子組み換えマウス、及びそれらマウスの骨髄移植などを用いた技術により可能となったもので、今後、劇症肝炎や敗血症の新たな治療法の開発につながる可能性があります。この成果は10月22日に雑誌Hepatologyのオンライン版に掲載されました。
発表者名
中野 裕康(東邦大学医学部 生化学講座 教授)
発表のポイント
- 肝炎に伴い骨髄から肝臓にやってくる白血球が肝炎の増悪を防ぎ、肝臓からのヒストンと呼ばれる悪玉タンパク質の血中への放出を阻止していることを明らかにした。
- これまで、肝貪食細胞であるクッパー細胞が肝死細胞の除去に働いていると考えられていたが、むしろ白血球の役割が重要であり、さらに肝炎の悪化にはヒストンが関与している可能性が示された。
- 白血球の減少が、肝炎の増悪や血中へのヒストンの放出に関与していることが示され、これらを標的とした新規治療法の開発への可能性が示された。
発表概要
アポトーシス(細胞死)(注1)に陥った細胞は、速やかに貪食され排除されることが私達の体を正常な状態に保つのには必要ですが、組織に常在するマクロファージ(注2)と骨髄からやってくる白血球のそれぞれの役割については十分に解明されていませんでした。東邦大学医学部の中野教授らは独自に開発した肝炎モデルを用いて、これら2種類の細胞の肝炎後の肝死細胞の除去や、炎症の収束における役割を解析しました。その結果、骨髄からやってくる白血球を除去すると肝炎が非常に重篤になること、また、細胞に毒性を発揮することが知られているヒストン(注3)と呼ばれる核内タンパク質が血中に大量に放出されることを明らかにしました。
この研究成果は、肝炎の治療や白血球が低下するような人の疾患の新しい治療法を考える上で重要な知見を提供すると考えられます。
研究成果は米国肝臓専門誌であるHepatologyのオンライン版に掲載されました。
この研究成果は、肝炎の治療や白血球が低下するような人の疾患の新しい治療法を考える上で重要な知見を提供すると考えられます。
研究成果は米国肝臓専門誌であるHepatologyのオンライン版に掲載されました。
発表内容
アポトーシス(細胞死)(注1)に陥った細胞は、速やかに貪食され排除されることが私達の体を正常な状態に保つのには必要です。死細胞の貪食とその排除には、組織に常在するマクロファージ(注2)や骨髄からやってくる単球(白血球の一種)が関係すると考えられていますが、それらの役割については十分に解明されていませんでした。私達の研究室は、これまでにcellular FLICE-inhibitory protein (cFLIP)(注4)と呼ばれる細胞死抑制に中心的な役割を果たす遺伝子を肝細胞で欠損したマウスを作成し、cFLIPの欠損したマウスは正常に発育するものの、腫瘍壊死因子(TNFα)などによる細胞死が亢進し(注5)、一過性に肝障害が誘導され、24時間後には肝死細胞はほぼ完全に除去されることを報告しました(Piao et al, Sci Signaling 2012)。
今回私達はcFLIP欠損マウスを用いて、肝死細胞の排除におけるクッパー細胞(注6)と骨髄から浸潤してくる白血球(単球や好中球)の役割を検討しました。そのためにまずクロドロネートリポソーム(注7)(組織に存在するマクロファージを除去するための毒素)をcFLIP欠損マウスに投与することで、一過性に肝臓のクッパー細胞を除去したマウスを作成しました。予想外なことにクロドロネートリポソームによりクッパー細胞を除去しても、TNFα投与による肝障害の悪化は認められず、24時間後には肝死細胞はほぼ消失していました。このことは、肝臓に存在するクッパー細胞は肝死細胞の除去には必須ではないことを示しています。そこで、ジフテリアトキシン(DT)という毒素を投与することにより白血球細胞を除去できるDTの受容体を発現したマウス(DTRトランスジェニックマウス)(注8)の骨髄を移植した(注9)cFLIP欠損マウスを作成しました。このマウスではDTを注射することで、肝臓に存在するクッパー細胞は除去されずに、骨髄由来の白血球だけが除去されることが期待できます。予想外なことにDTRマウスの骨髄を移植後にジフテリアトキシンを投与し、骨髄由来の白血球を除去したcFLIP欠損マウスでは、TNFαにより誘導される肝炎が悪化し、多くのマウスが6時間以内に死亡することが明らかとなりました。肝臓では著明なアポトーシスの亢進と出血が認められました(図1)。この肝炎の悪化に肝死細胞から放出されたなんらかの因子が肝臓のクッパー細胞を刺激し、TNFαなどの炎症性サイトカインを放出した結果である可能性を検討するために、骨髄移植マウスにジフテリアトキシンと同時にクロドロネートリポソームを投与し(つまり骨髄由来白血球とクッパー細胞の両者をなくしたマウス)、さらにその後にTNFαを投与しました。しかしクロドロネートリポソーム投与によりクッパー細胞を除去しても、肝炎は改善しないばかりかむしろ悪化しました。次に白血球除去による肝炎の悪化が、cFLIP欠損マウスに特異的な現象なのか、あるいは野生型マウスでも見られる現象なのかを検討するために、野生型マウスにDTRマウス骨髄を移植し、ジフテリアトキシンにより骨髄由来の白血球除去後に、抗Fas抗体(アポトーシスを誘導する抗体)(注10)を投与して、肝炎を誘導しました。このマウスでも同様に肝炎の悪化が認められました。このことは白血球の除去による肝炎の悪化はcFLIP欠損マウスだけではなく、通常のマウスでも見られる普遍的な現象であることを示しています。
さらにこのメカニズムを明らかにするために、細胞死に伴い血中に放出されると考えられる幾つかのタンパク質をウエスタンブロット法で検討しました。核内のタンパク質であるヒストンH3(注3)が、骨髄由来の白血球除去マウスでは血中に大量に存在していることが明らかとなりました(図2)。ヒストン H3はこれまでの研究から血管内皮細胞障害を誘導することが知られています。そこでヒストンを野生型マウスの静脈に投与したところ、著明な肺出血が誘導され、免疫組織学的な解析から肺血管内皮細胞はアポトーシスではなくネクローシス(注11)に陥っていました。以上より骨髄由来の白血球は肝死細胞からのヒストンH3の放出を抑制あるいは血清中での分解を促進することで、肝細胞死の悪化や出血を抑制していることが初めて明らかとなりました(図3)。
今回の知見は骨髄由来の白血球の肝細胞死の軽減、および細胞障害能力の高いヒストンH3の分解に関与することを初めて示したものです。人の病気を考えますと、白血球の減少は重症感染症でも認められ、劇症肝炎も様々な原因で引き起こされます。このような疾患において血液中のヒストンH3が増加している可能性があることから、ヒストンH3を標的とした新たな治療法の開発が考えられます。
今回私達はcFLIP欠損マウスを用いて、肝死細胞の排除におけるクッパー細胞(注6)と骨髄から浸潤してくる白血球(単球や好中球)の役割を検討しました。そのためにまずクロドロネートリポソーム(注7)(組織に存在するマクロファージを除去するための毒素)をcFLIP欠損マウスに投与することで、一過性に肝臓のクッパー細胞を除去したマウスを作成しました。予想外なことにクロドロネートリポソームによりクッパー細胞を除去しても、TNFα投与による肝障害の悪化は認められず、24時間後には肝死細胞はほぼ消失していました。このことは、肝臓に存在するクッパー細胞は肝死細胞の除去には必須ではないことを示しています。そこで、ジフテリアトキシン(DT)という毒素を投与することにより白血球細胞を除去できるDTの受容体を発現したマウス(DTRトランスジェニックマウス)(注8)の骨髄を移植した(注9)cFLIP欠損マウスを作成しました。このマウスではDTを注射することで、肝臓に存在するクッパー細胞は除去されずに、骨髄由来の白血球だけが除去されることが期待できます。予想外なことにDTRマウスの骨髄を移植後にジフテリアトキシンを投与し、骨髄由来の白血球を除去したcFLIP欠損マウスでは、TNFαにより誘導される肝炎が悪化し、多くのマウスが6時間以内に死亡することが明らかとなりました。肝臓では著明なアポトーシスの亢進と出血が認められました(図1)。この肝炎の悪化に肝死細胞から放出されたなんらかの因子が肝臓のクッパー細胞を刺激し、TNFαなどの炎症性サイトカインを放出した結果である可能性を検討するために、骨髄移植マウスにジフテリアトキシンと同時にクロドロネートリポソームを投与し(つまり骨髄由来白血球とクッパー細胞の両者をなくしたマウス)、さらにその後にTNFαを投与しました。しかしクロドロネートリポソーム投与によりクッパー細胞を除去しても、肝炎は改善しないばかりかむしろ悪化しました。次に白血球除去による肝炎の悪化が、cFLIP欠損マウスに特異的な現象なのか、あるいは野生型マウスでも見られる現象なのかを検討するために、野生型マウスにDTRマウス骨髄を移植し、ジフテリアトキシンにより骨髄由来の白血球除去後に、抗Fas抗体(アポトーシスを誘導する抗体)(注10)を投与して、肝炎を誘導しました。このマウスでも同様に肝炎の悪化が認められました。このことは白血球の除去による肝炎の悪化はcFLIP欠損マウスだけではなく、通常のマウスでも見られる普遍的な現象であることを示しています。
さらにこのメカニズムを明らかにするために、細胞死に伴い血中に放出されると考えられる幾つかのタンパク質をウエスタンブロット法で検討しました。核内のタンパク質であるヒストンH3(注3)が、骨髄由来の白血球除去マウスでは血中に大量に存在していることが明らかとなりました(図2)。ヒストン H3はこれまでの研究から血管内皮細胞障害を誘導することが知られています。そこでヒストンを野生型マウスの静脈に投与したところ、著明な肺出血が誘導され、免疫組織学的な解析から肺血管内皮細胞はアポトーシスではなくネクローシス(注11)に陥っていました。以上より骨髄由来の白血球は肝死細胞からのヒストンH3の放出を抑制あるいは血清中での分解を促進することで、肝細胞死の悪化や出血を抑制していることが初めて明らかとなりました(図3)。
今回の知見は骨髄由来の白血球の肝細胞死の軽減、および細胞障害能力の高いヒストンH3の分解に関与することを初めて示したものです。人の病気を考えますと、白血球の減少は重症感染症でも認められ、劇症肝炎も様々な原因で引き起こされます。このような疾患において血液中のヒストンH3が増加している可能性があることから、ヒストンH3を標的とした新たな治療法の開発が考えられます。
発表雑誌
- 雑誌名:Hepatology(オンライン版:2016年10月22日)
- 論文タイトル:Depletion of myeloid cells exacerbates hepatitis and induces an aberrant increase in histone H3 in mouse serum
- 著者:Xuehua Piao, Soh Yamazaki, Sachiko Komazawa-Sakon, Sanae Miyake, Osamu Nakabayashi, Takeyuki Kurosawa, Tetsuo Mikami, Minoru Tanaka, Nico Van Rooijen, Masaki Ohmuraya, Akira Oikawa, Yuko Kojima, Soichiro Kakuta, Yasuo Uchiyama, Masato Tanaka, and Hiroyasu Nakano
- DOI番号:10.1002/hep.28878
- アブストラクトURL: http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/hep.28878/abstract
用語解説
注1. | アポトーシス: 細胞死の様式の1種類であり、発生過程において生じることから計画的細胞死とほぼ同義語として用いられてきた。アポトーシスに陥った細胞は速やかに周辺に存在するマクロファージと呼ばれる貪食細胞により貪食され、排除される。有名なのは我々の指の間に存在する指間膜と呼ばれる構造であり、発生の初期には存在するが、発生が進むに従い消失し、その消失はアポトーシスと考えられる。 |
注2. | マクロファージ: 死細胞、細菌、ウイルス、外来からの異物など、様々なものを貪食することのできる特殊な細胞。様々な組織に存在するマクロファージは常に骨髄から供給されるのではなく、胎生期の卵黄嚢から由来すると考えられている。しかし、特定の組織によってはマクロファージは骨髄由来の細胞により容易に置換される。 |
注3. | ヒストンH3: ヒストンとは核内に存在するタンパク質であり、通常では染色体DNAがその周りに巻きついている。アポトーシスなどの刺激が細胞に入ると、詳細なメカニズムは不明だが、核内タンパク質のヒストンが細胞の外に放出される。 |
注4. | cFLIP: 細胞死を阻害する遺伝子であり、この遺伝子が全身で欠損したマウスは子宮内で死亡する。これまでに肝臓、表皮、腸管、T細胞などで特異的にcFLIP遺伝子を欠損させた遺伝子改変マウスが作られており、いずれも細胞死が亢進して重篤な表現型を呈している。 |
注5. | TNFα: もともとがん細胞に壊死(ネクローシス)を誘導する因子として命名、同定された。その後の研究から細胞の膜上に存在する受容体に結合して、細胞増殖や炎症サイトカイン産生、細胞の種類によってはその細胞に細胞死などを引き起こすことが示されている。 |
注6. | クッパー細胞: 肝臓に常在している貪食細胞であり、その由来は胎児期の卵黄嚢であると考えられる。放射線照射にも抵抗性であり、骨髄移植をしてもドナー由来の細胞には置き換わらないと考えられる。 |
注7. | クロドロネートリポソーム: クロドロネートは本来細胞毒であり、それをリポソーム(脂質二重膜からなる小さな小胞)に包むことにより、リポソームを貪食した細胞だけに細胞障害を発揮するように工夫した薬剤。貪食能の高いマクロファージには細胞障害を発揮するが、好中球や貪食能の低い単球には細胞障害を発揮しない。 |
注8. | ジフテリアトキシン受容体(DTR)トランスジェニックマウス: 人はジフテリアトキシンに対する受容体を持っているために、ジフテリアトキシンで細胞はアポトーシスで死ぬ。一方で、マウスの細胞にはこの受容体が存在しないため、ジフテリアトキシンに対して感受性はない。そのため、ある特定の組織や細胞でのみDTRを発現させれば、その細胞をDTを注射することで排除できる。 |
注9. | 骨髄移植: マウスの場合も、人の骨髄移植と同様に他のマウスからの骨髄を移植することができる。そのために骨髄を移植しないと死亡する程度の放射線を照射し、その後に他のマウスの骨髄を移入して、他のマウスに骨髄を置き換える。 |
注10. | 抗Fas抗体: アポトーシスを細胞へ導入することの知られているFas受容体に結合して、刺激を細胞内に入れて、細胞死を誘導する。 |
注11. | ネクローシス: 細胞死の様式の1種であり、形態学的にアポトーシスとは異る。一般的にはこれまで偶発的細胞死と考えられてきたが、最近の研究から特定の遺伝子の機能に依存した計画的ネクローシスの存在が明らかとなってきている。 |
添付資料
以上
問い合わせ先
本発表資料のお問い合わせ先
東邦大学医学部生化学講座
中野 裕康・教授
TEL:03-3762-4151 FAX:03-5493-5412
E-mail:hiroyasu.nakano[@]med.toho-u.ac.jp
ホームページURL: http://tohobiochemi.jp
※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。
本ニュースリリースの発信元
東邦大学 法人本部 経営企画部
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