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プレスリリース 発行No.668 平成28年4月13日

 膜透過型蛋白質を用いて神経幹細胞の遊走能を直接増強させることに成功
- 脳が持つ自己再生能力を活かした神経再生医療への応用に期待 -

東邦大学医学部生理学講座細胞生理学分野(浜之上 誠准教授)らの共同研究チームは、中枢神経系の自己再生を担う細胞である神経幹細胞の遊走能を外部から直接増強する機構を明らかにしました。

 成人の中枢神経を構成する神経細胞は分裂能力を喪失した細胞であること、さらにヒトが本来備えている内在性の再生機構である神経幹細胞が量的・質的に不充分な状態にあることから、末梢組織と比較して中枢神経系の再生能力が非常に低く、中枢神経系の機能障害が永続してしまうことが知られています。近年、この機能障害修復のために、生体外部で調整したiPS細胞から分化させた神経幹細胞及び神経系細胞の移植や、ウィルスベクターを介した遺伝子導入による再生医療が模索されていますが、移植細胞のガン化・免疫原性・移植時期の制限、遺伝子導入に付随するウィルス毒性などの問題が山積しています。
当研究グループでは、①胎生期のマウス神経幹細胞に多く発現するp38MAPキナーゼがその遊走能にリンクする内在性の促進因子であること、②膜透過型p38MAPキナーゼ蛋白質の細胞内導入により、アダルト脳内の神経幹細胞を活性化して遊走能を直接的に増強可能であること、③膜透過型p38MAPキナーゼ蛋白質が神経幹細胞の生存や分化に影響を与えない高い安全性を示すこと、を明らかにしました。
本研究成果は、生体外部から蛋白質を投与することによって内在性再生能力を誘導するという、細胞移植に頼らない、全く新しい観点からの再生医療法開発の可能性を示しているとともに、膜透過型技術を利用して細胞内蛋白質・細胞機能を直接制御するという従来の治療薬の概念とは全く異なるアプローチによる治療薬の開発が実現可能であることを示した点にあります。

今後、膜透過型蛋白質の導入効率や特異性向上を検討することで、認知症や外傷後に神経細胞の機能障害を示す広範な中枢神経系疾患治療薬開発への応用が期待されます。

本研究成果は2016年4月12日(英国時間:午前10時)に「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。
プレスリリース全文は、以下をご覧ください。

膜透過型蛋白質を用いて神経幹細胞の遊走能を直接増強させることに成功- 脳が持つ自己再生能力を活かした神経再生医療への応用に期待 -

東邦大学医学部生理学講座細胞生理学分野(浜之上 誠准教授)らの共同研究チームは、中枢神経系の自己再生を担う細胞である神経幹細胞の遊走能を外部から直接増強する機構を明らかにしました。

 成人の中枢神経を構成する神経細胞は分裂能力を喪失した細胞であること、さらにヒトが本来備えている内在性の再生機構である神経幹細胞(注1)が量的・質的に不充分な状態にあることから、末梢組織と比較して中枢神経系の再生能力が非常に低く、中枢神経系の機能障害が永続してしまうことが知られています。近年、この機能障害修復のために、生体外部で調整したiPS細胞(注2)から分化させた神経幹細胞及び神経系細胞の移植や、ウィルスベクターを介した遺伝子導入による再生医療が模索されていますが、移植細胞のガン化・免疫原性・移植時期の制限、遺伝子導入に付随するウィルス毒性などの問題が山積しています。
当研究グループでは、①胎生期のマウス神経幹細胞に多く発現するp38MAPキナーゼ(注3)がその遊走能(注4)にリンクする内在性の促進因子であること、②膜透過型p38MAPキナーゼ蛋白質(注5)の細胞内導入により、アダルト脳内の神経幹細胞を活性化して遊走能を直接的に増強可能であること、③膜透過型p38MAPキナーゼ蛋白質が神経幹細胞の生存や分化に影響を与えない高い安全性を示すこと、を明らかにしました。
本研究成果は、生体外部から蛋白質を投与することによって内在性再生能力を誘導するという、細胞移植に頼らない、全く新しい観点からの再生医療法開発の可能性を示しているとともに、膜透過型技術を利用して細胞内蛋白質・細胞機能を直接制御するという従来の治療薬の概念とは全く異なるアプローチによる治療薬の開発が実現可能であることを示した点にあります。
今後、膜透過型蛋白質の導入効率や特異性向上を検討することで、認知症や外傷後に神経細胞の機能障害を示す広範な中枢神経系疾患治療薬開発への応用が期待されます。

「研究の背景」

20世紀初頭より、成人の中枢神経を構成する神経細胞は分裂能力を喪失した細胞であることから、一度喪失した神経機能は回復しないと考えられてきましたが、現在ではヒトを含む中枢神経系にも、内在性の再生機構といえる神経幹細胞が存在していることが示されています。しかし、この神経幹細胞はその少数が成人の脳室周囲に限局し、かつ障害を受けた部位への遊走能も大変低いので、中枢神経系の低い再生能力の元凶の一つとみなされています。
このように再生能力の低い中枢神経系が障害を受けた後の修復のために近年では、生体外部で調整したES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞から分化させた神経幹細胞及び神経系細胞の移植や、ウィルスベクターを介した遺伝子導入による再生医療が広く模索・検討されています。しかしES細胞使用における倫理的問題、iPS細胞の作成・分化機構によるガン化、移植細胞の免疫拒絶や移植適応時期の制限、ウィルスベクターの毒性等の問題も山積しています。
当研究グループでは、胎生期の神経幹細胞の細胞内に特異的に発現しているp38MAPキナーゼ蛋白質を内在性の活性化因子として想定し、細胞膜を透過できる能力を持ったペプチド配列を付加する膜透過型蛋白質技術を駆使して、中枢神経系の機能再生に直結する内在性再生機構である神経幹細胞の活性化を試みました。

「研究の概要と成果」

当研究グループではまず、マウスアダルト脳から調整した培養神経幹細胞の遊走能が、p38MAPキナーゼの特異的阻害剤により阻害されることを明らかにし、p38MAPキナーゼが神経幹細胞に内在する遊走能担当因子であることを見出しました。この結果から、細胞内のp38MAPキナーゼ蛋白質濃度を増加させることが神経幹細胞の遊走能を増強させるのではと想定し、p38MAPキナーゼ蛋白質に膜透過型ペプチドを付加した組み換え蛋白質を作成し、細胞外に添加しました。結果、膜透過型p38MAPキナーゼ蛋白質は速やかに細胞内に移行して、培養神経幹細胞の遊走能を著明に増強させることに成功しました。この膜透過型蛋白質による遊走能増強機能がp38MAPキナーゼ特異的阻害剤により阻害されること、また膜透過性ペプチドを持たないp38MAPキナーゼ蛋白質やキナーゼ蛋白質のリン酸化活性を喪失した膜透過型蛋白質の添加では見られなかったことから、外部から添加した膜透過型p38MAPキナーゼ蛋白質が細胞内へ侵入して遊走という細胞機能を発揮したことが確認されました。さらに膜透過型p38MAPキナーゼ蛋白質は、神経幹細胞の生存や分化に影響を及ぼさない高い安全性を持つことも明らかにしました。
本研究成果は、元々細胞内で機能しているp38MAPキナーゼ蛋白質に加えて、膜透過性技術により細胞外からp38MAPキナーゼ蛋白質を直接的に増大させることによって、内在性再生因子である神経幹細胞の機能増強を直接誘導可能であるという、従来の生体外部からの細胞移植とは全く異なった概念の再生医療の可能性を示しています(図1)。さらに細胞移植や遺伝子治療といった治療法と比較して膜透過型細胞内蛋白質の安全性が高いといった点に加えて、膜透過型技術を利用した治療法は、投与の濃度・回数を調節することで細胞内の発現量や機能調節の程度、ひいては副作用の出現を自在に制御することが可能であり、臨床応用へ高い親和性を持つことも利点として考えられます。

「今後の展開」

本研究成果は、生体外部からの細胞移植に頼らずとも、通常の投薬のように細胞外部から蛋白質を投与することでヒトに内在する再生能力を向上させ機能再生を導くことが期待されることを示しています。また今回使用した膜透過型蛋白質技術は、認知症や外傷などで細胞機能が障害されるような中枢神経疾患に限らず、広範な全身疾患に対しても、新しい概念の治療薬として開発・応用が期待されます。

「論文について」

タイトル “Cell-permeable p38 MAP kinase promotes migration of adult neural stem/progenitor cells”
(邦訳) (細胞膜透過型p38MAPキナーゼによる神経幹細胞の遊走能増強効果)
著者名 浜之上 誠*、森岡 和仁、大澤 郁朗、大澤 圭子、小林 正明、円谷 佳代、
赤坂 喜清、三上 哲夫、緒方 徹、高松 研
*corresponding author
掲載誌 Scientific Reports

「用語解説」

(注1) 神経幹細胞(Neural stem cell)
神経幹細胞は、分裂して同じ細胞を作り出す自己複製能と、神経細胞、星状膠細胞、希突起膠細胞という神経系細胞に分化可能な多分化能とを兼ね備えた細胞のことをさします。胎生期のみならず、成人脳においても脳室周囲組織や海馬組織に存在しています。
(注2) iPS細胞(人工多能性幹細胞;Induced pluripotent stem cell)
2006 年、京都大学 山中伸弥教授らのグループにより、皮膚組織などの体細胞に Oct4, Sox2, Klf4, c-Myc の4つの転写因子を導入して作成された細胞のことをさします。この細胞は、体のあらゆる組織や細胞に分化 可能な多能性を有しており、移植細胞のソースとして、さらには病態を理解・研究するための細胞として、再生医療の分野に多大な貢献をもたらしています。

(注3) p38 MAPキナーゼ (p38 Mitogen-Activated Protein kinase)
細胞内の蛋白質にリン酸を付加する酵素の1つです。紫外線や浸透圧変化などのストレスに反応して、多くの蛋白質をリン酸化する酵素で、別名stress-activated protein kinase 2 (SAPK2)とも呼ばれています。神経幹細胞で特に多く発現しています。
(注4) 遊走能
細胞が移動する能力をさします。脳室周囲組織に存在する神経幹細胞や分化した神経前駆細胞は、脳内を移動して胎生期の神経組織の構築や成人期の神経機能維持などを担うことが知られています。また数は少ないですが、脳損傷時には血管や神経軸索に沿って損傷部位まで移動することも知られています。
(注5) 膜透過型細胞内蛋白質
高分子化合物である蛋白質は、通常では細胞膜を透過することはできず、細胞外から細胞膜上の受容体や分子へ情報を伝える性質を持っています。膜透過型蛋白質は、元々細胞膜を透過する能力を持つことが知られるHIV(Human Immunodeficiency Virus)の膜透過活性を担う11アミノ残基(protein transduction domain;PTDドメイン)を、標的蛋白質のN末又はC末に融合させてできた蛋白質をさします。このPTDドメインは低毒性で、分子量200kDa以上の高分子化合物を細胞内へ迅速に移動させる能力を有していることが報告されています。

以 上

※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
※本リリースは文部科学記者会、科学記者会、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブ、各社科学部等に配布しております。

「本発表資料のお問い合わせ先」
東邦大学医学部 生理学講座 細胞生理学分野
准教授 浜之上 誠(はまのうえ まこと)
TEL:03-3762-4151 FAX:03-3762-8225
Email:hamanoue-ns[@]umin.net

「本リリースの発信元」
東邦大学 法人本部 経営企画部
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