資料室の来歴

資料室は、本学の創立85周年にあたる2010年の6月に開設されました。
今年の6月でちょうど満16年を迎えています。

ところで、資料室とよく似た名称の空間がかつて学内に存在したことをご存知でしょうか。
その名は「東邦大学資料館」。
2004年に閉鎖されましたが、この「東邦大学資料館」の資料が、後に現在の資料室を開室する際にその基盤となりました。
そうした意味では、直接的な後継組織ではないものの、現在の資料室はこの「東邦大学資料館」の先に位置づけられるものと言えそうです。

それではこの、資料室の前史とも言える「東邦大学資料館」とは、一体どのような場所だったのでしょうか。

開設を告げる記事が1984年の広報誌に掲載されています。
それによると1983年11月に医学部本館1階に開設され、学祖兄弟関係の記念品や開校時の設立認可書等を展示しているとのこと。さらに「来客の方々のサロンとして使えるホール」が付設されていたそうで、一種の応接スペースでもあったようです。
同時期に発行されていたよりソフトな広報誌である『学園だより』では開設時の写真を見ることできるのですが、それらの写真を伺う限り、展示ケースや校旗・肖像写真などが並んだ空間とソファやテーブルの置かれたラウンジ様の空間が、大部屋を植え込みで二つに区切るようにして併設されていたように見受けられます。

ちなみに実は、この「東邦大学資料館」にもさらにまた、前史と言える経緯が存在している可能性があります。
遡ることおよそ10年、1973年に発足した創立50周年記念事業委員会において、実施予定として挙げられた記念事業の中に、「大学資料室の設置」という項目を見ることができます。

この「大学資料室」がどのような構想であったかは分からないのですが、当時同委員会では分科小委員会として創立50年史編集委員会を設置しており、創立50年史の作成に向け、法人の関係者に対し資料の提供などを広く募っていました。
ひょっとしたら50年史作成のために収集した資料や情報を、その後も失われることがないよう、整理、保管するような場所を構想していたのかもしれません。

こうして詳細は不明ながらも1970年代に登場した「大学資料室」構想ですが、それ以降どんな経緯を辿ったのか、現時点では確認できていません。
1983年に開設された「東邦大学資料館」がその結実であるとしたら、実現まで約10年経過していることから考えて、その間様々な紆余曲折があったのではないかと思われるのですが、伺うことができません。

このように現在の資料室より以前にも、大学史にまつわる類似の試みが存在したように思われるのですが、今ではその動向もまたすでに歴史のかなた、自身が大学史の一幕となっているとも言えそうです。
現在スタッフが日々携わっている資料室の活動もまた、いずれ未来において大学史の一部を織りなすものとなるのだと思うと不思議なような、また同時に身が引き締まるような心持がいたします。

冒頭の画像は2010年6月の、現資料室開室時の風景です。
入口の扉横に掲げられた白地に金文字のプレートは、今も変わらず同じ場所で来室者を迎えています。



《史料・参考文献》
『東邦大学広報』第51号、1974年10月、p2
「資料館オープン」『学園だより』1983年12月、p7
『学校法人東邦大学広報』第93・94号合併号、1984年5月、p15

額田記念東邦大学資料室「資料室について」(https://www.toho-u.ac.jp/archives/outline/index.html(2026年8月25日閲覧))

投稿者:スタッフ

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