海の見える研究所
2026年06月03日
東邦大学の学祖の一人、額田晉先生は研究者でもありました。
専門学校の校長として、また医師として活動する傍ら、1939年には千葉県稲毛に額田医学生物学研究所を設立し、肺結核の治療法の研究などを展開しています。
研究所には専門学校医学科、薬学科の卒業生たちが勤務し、先生の指導のもとに研究を行っていたそうで、その中からは後に学位を取得した者も複数生まれているそうです。
ちなみに稲毛は海水浴や潮干狩が楽しめる日帰り可能な海の観光地として人気の地だったのだそうで、専門学校時代の雑誌に掲載された研究所探訪記にも、研究所へ向かう道すがらの風景の中に潮干狩帰りの親子連れの姿や「よしず張りの海の家」が描かれています。
研究所の敷地内にも「見晴らし台」があり、置かれたベンチからは「遠浅の稲毛の海を一目に見わたせる」絶景が味わえたそうです。
こうしたのどかな風景は戦後もしばらくは残っていたもようです。
研究所のパンフレットに掲載されている付近一帯の鳥観図、今でいうところの交通案内的な絵図を見ますと、1950年代のものには鉄道駅からの道のりの一角に「稲毛海水浴場」と記載された建物群が描かれているのですが、1960年代のものになると建物の絵が消され、表記も「公務員団地」と切り替わっています。
こうした資料からは研究所のあゆみとともに、海辺の町が都市化に合わせて少しずつ移ろってゆく姿もまたうかがえるように思います。
冒頭の画像は1941年に発行された『額田医学生物学研究所及付属病院一覧』より。
丘の上の研究所へと向かう坂道を写したものです。
坂を下ってくる白い服の四人連れは、付属病院の看護師たちでしょうか。
広い道路を挟んで反対側に海岸が写っています。
かつては目の前に海が広がっていたことが分かる一枚です。
《史料・参考文献》
『高峯』9巻6号、1941年6月、p30。
『高峯』9巻7号、1941年7月、p17。
『財団法人 額田医学生物学研究所』1958年。
『財団法人 額田医学生物学研究所及付属病院』1968年。
炭山嘉伸『額田豊・晉の生涯 東邦大学のルーツをたどる』中央公論事業出版、2015年6月、p102~105。
千葉県立中央博物館 デジタル・ミュージアム「房総の海の遊び」(https://www.chiba-muse.or.jp/NATURAL/special/uminoasobi/index.htm(最終確認:2026年6月2日))
投稿者:スタッフ
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