はなむけの扇子—佐佐木信綱から額田晉へ
2020年12月11日11月に資料室へご寄贈いただいた資料の中から、佐佐木信綱から本学創立者の一人である額田晉へ贈られた扇子をご紹介します。
この扇子は額田晉が1918年にアメリカへ留学する際に佐佐木信綱から贈られたもので、代表歌の一つである「敷島の大和の国をつくり成す一人とわれをおしまざらめや」が書かれています。どのように額田晉と付き合いが始まったのか、その経緯は定かではありませんが、その後も長きにわたって付き合いは続いていました。
じつは本学が帝国女子医学専門学校として創立した当初、額田兄弟は学生たちに文学的な教養も必要と考え、国文学の教授として佐佐木博士に勤務してほしいと願い出たことがありました。しかし、佐佐木博士は東京帝国大学で万葉集の講義を行っており多忙であったため、年に2、3回自身で講義を行う他は、藤田徳太郎に(さらにその後は森本吉治に)講義を任せるという条件で本学の講師を引き受けたといいます。(佐佐木信綱は当時すでに万葉集研究でその名を馳せていたため、講義がある日は一番大きな講堂が超満員。学生だけでなく額田家の親族もつめかけたとか……。)
この扇子の他にも、額田晉が結婚したとき、そして額田兄弟の母・宇多が亡くなったとき、東邦大学が創立30周年を迎えたときに佐佐木信綱から歌が贈られています。
額田兄弟についてだけでなく、本学の歴史を語るうえで佐佐木信綱は欠かすことのできない存在です。
投稿者:スタッフ
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