いまもむかしも・・・
2017年12月06日本日は昭和8年のちょうど今頃(12月)発行された『鶴風』(同窓会誌)から昨今にも通じる投稿を見つけましたので、少々長くなりますがご紹介いたします。寄稿者は本学の前身である帝国女子医学専門学校第一回生の方です。
昭和8年(1933)12月発行『鶴風』第4号より
「此の頃の私」
開業してもう相当になりました、口も昔にかわつて達者になりました、損もせぬ様になりました、患者の取扱いに自信のついて来たのも昨今です
(中略)
女なるが故に矢張り男の患者には不安をあたへない様に緊張せねばならぬのがつらいです、早くお婆さんになりたいとさえ思はれる事も開業の生んだ賜です、都会の患者さん時たま女医さんの説明に得心せず男医に相談を持ちかけることもありますが大抵病院などで一度診断がつけばあとは女医でも絶対に信頼するものです、よく男より親切で丁寧で優しいと大評判になる事もあるのです、この点こちらの女医は骨です、何でもかでも男との競争です、早く婆さんになりたいと思ふのも無理もない事です。ことに話の分らない人達ときたらつくづく医者が嫌になる事すらあるのです。
(中略)
「先生いられますか」
「いられますがどうなったんですか」
「一寸この子供を診て下さい、吐き下しです」
「こちらにおはいり下さい」
(中略)
型の如くに診察をしますとひどい小児の消化不良です、衰弱のひどい上に脈拍はお話しにならぬ程微弱で予後はすでに明瞭です、腸の様子も洗腸の適症です。
「このお児さんは消化不良という病気です、早く何とかしないと、とても重いのです。
第一下痢がひどいのはうんと腸の中に悪いものがあるのです、早く腸を 洗って悪いものを出さねばいけません、心臓も非常に弱っていますからこの方の注射も是非必要です、そうしないと心臓がどんどんと弱って行くのです、しばらく最良の処置をして経過を観なくてはいけませんが、どうしますか」
相手に相談をもちかけないとひどい目に合うのです。
「腸を洗へば子供は弱るでしよう」
「悪いものを外へ出すのだから弱りません、かえつて子供が早くよくなるのです」
「さあ、注射をすればそのためにあてられると言ふ事はありませんか」
「そんな馬鹿な事がありますか、注射をせぬと体がどんどんと弱るばかりです」
「さあ、注射をするとよく死ぬ子供があるのでやめておいてもらいます、兎に角この子供は助かりますか」
「何とも保証の限りではありません、出来る丈の手をつくして其の上での事は何とも仕方がないぢやないですか」
「其れが困るんです、医者はすぐそんな事を言つて逃げ道をこしらえるんですかん、確かなことを言つて下さい。
「あなた方は中々わけの分らぬ人達ですね、医者は病人に一番よいと思ふ手当をするのです、亦それをする様にすゝめるのです、その上のことでなければ命の事は何んともわかるものですか」
「薬だけで治りませんか」
こうなつてはこちらが腹がたつてくるだけで他に何の感情も沸いて来ません。
「薬だけで治る位なら今こんなに説明はしないのです、兎に角薬はあげますがそんなに医者の言ふ事をきかない人はこちらも力を入れてやりにくいですからあなた方が是非助かると思ふお医者さんがあればそこへ連れて行かれたらよいでしよう」
重症をつれて幾人もがどやどやと支払いもせず出て行つた行先は近所のお医者さんです、このお医者さん最近この近くに開業した人、こちらへの競争の手前何でも変わつた診断をつけて変わつた治療をするのです、あとで聞いてみるところの患者に回虫迷入症と言ふむつかしい名前もつけてカンフルの時間注射を朝まで眠りもやらずやつたんです、おかげで其の朝子供は死んでしまつたんです、さあその人たち注射のために子供が死んでしまつたものと考へて色々と不足を併べたててとうとう一文も支払はずにこんどは又こちらへ死亡診断書をとりにきたのです。
「やつぱり先生の御世話になつた方が助かつたかも知れません、あんまり注射されたのでとうとう死んでしまひました」
とさ、何んと言つてよいか適当の言葉もありません、何もが浮世です、昨晩こちらで注射していたら一文も支払つてもらえない所でした、近くの先生一晩中眠らずで結局もうかつたのは不足の言葉だけです、こちらは損なしで涼しい顔です、世はあげて不景気です、こんな人々を相手に毎日損せぬ様にせつせと要領を考へているのが、一九三三年の女医さんの姿です。何んと呑気なことではありませんか。”
(旧字を新字に改めた以外は原文ママ)
長くなりましたが、いかがでしたでしょうか。
女医だけでなく、女性が働く上での特有の問題や、今でいうモンスターペイシェントやモンスターペアレントのような問題、医療ミス、医療費踏み倒し、そして何より失われた命は永久に還らないという現実、本当に考えさせられます。
この投稿者の女医さんの言葉である“相手に相談をもちかけないとひどい目に合うのです。”が個人的には何とも胸に刺さります。
今回の投稿のように医療現場は一刻の争いとなることも多々あるはずです。いちいち相談・確認してたら、助かる命も助けられなくなることだってあり得ますよね。まったく悲しい限りです。
“何んと言つてよいか適当の言葉もありません、何もが浮世です”
“こちらは損なしで涼しい顔です、世はあげて不景気です”
この最後の言葉がなんとも涼しいようで、今を生きる我々にも深くのしかかります。
浮世とはまさに「憂き世」ですね。
昨今にも十分通じるかつての女医さんの記録だと思います。
今日現在、一生懸命治療して下さるお医者さん方に改めて感謝ですね。
投稿者:スタッフ
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