8月22日にまつわる話と猿橋勝子氏
2017年08月22日前回お目にかかりました終戦の日からはや一週間が経ちました。皆様いかがお過ごしでしょうか。
東京では最近真夏とは思えないどんよりした天気が続いており、ごく微量の降雨を含め、昨日までにで21日連続の雨を記録したとのことです。(歴代タイ記録とのこと。)
偶然ではございますが、本日8月22日は気象に関しても重要な記念日といえます。
終戦から一週間後の昭和20年8月22日は、東京での天気予報が復活した日であるとのことです。
(ご存知の通り戦時中は機密情報として天気予報が民間人に公開されることが中止されていました。8月22日の天気予報の復活は東京でのラジオ放送にてのことで、全国放送での天気予報復活は12月に入ってからとのことです。)
天気予報を行うと聞いてまっさきに思い浮かべるのは、気象庁と思いますが、終戦当時中央気象台(気象庁の前身)では一人の本学卒業生が研究を行っていました。
そうです。かの有名な猿橋勝子氏です。
猿橋勝子氏は本学理学部の前身である帝国女子理学専門学校の第一期生であり(昭和18年卒)、ご卒業後は観測に従事しながら中央気象台研究部での研究(観測結果の解析等)に励まれておりました。
終戦とともに軍関係の機関に就職した多くの方が職を失う中、終戦後も順調に研究生活を続けることが出来た猿橋氏はその後放射能汚染の研究で世界的な名声を得ることになります。当時の肩書は気象研究所の研究官でいらっしゃいました。
粘り強い観測を通じて、世界的な研究結果を導きだしたのです。
ご退官後は女性科学者の支援と地位向上を目指す団体を設立し、優れた女性科学者を表彰する猿橋賞を設立なさいました。
猿橋賞は栄誉ある賞として現在に続いています。
また科学者・研究者としての活動のかたわらで、本学理学部鶴風会の理事としてもご活躍なさいました。
資料室としてもいつか猿橋氏の業績をご紹介できる日が来ればと考えております。
奇しくも来月が没後10年にあたります。
現在理学部は習志野キャンパスにありますが、猿橋氏在学当時は資料室のある大森に理専の校舎もありました。
ぜひこの地でその業績をご紹介する機会にあずかりたいものです。
しかしながら、本学のご卒業生ではありますが、外部機関にご所属であったため、本学や本資料室には直接ご本人に関わる資料はあまり残っていないのが現状です。
猿橋氏のような粘り強さで、資料室としても今後資料を収集していければと思っております。
(収集ではございませんが、今週末に外部機関に関連資料を調査しに参ります。)
もし猿橋氏に関する資料情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひ資料室までご一報くださいませ。
投稿者:スタッフ
カテゴリー:資料室近状