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新規所蔵資料展2011

日時:2011年5月17日(火)~6月9日(木)
場所:医学部本館1階 額田記念東邦大学資料室

学祖 額田豊・晉氏の生家

額田兄弟の生家

 岡山県邑久郡美和村(現・瀬戸内市)の医家。
曽祖父・太仲の代に赤磐市の額田家から分家 し、この地で診療を始めて以来、代々医者とし て地域の医療に貢献していました。
 太仲、祖父の一中とも大阪の私塾、泊園書院 にて儒学を学んだのち医学を修めています。

額田豊・晉兄弟の両親

額田篤太
美作市の福原家に生まれたが16歳のとき一中の養子となり、のち宇多と結婚する。 岡山県内や京都において漢学を修めたのち、明治11年に東京大学医学部別科(4年制課程)に入学、卒業後は一中とともに診療に従事した。
文章力に定評があり、『薬局必携』(明治17年)などを著している。胃がんのため44歳で逝去。
安政4年(1857)~明治34年(1901)
額田宇多
夫の篤太が亡くなったのち、岡山の家を守り5人の子供を育て上げた。
額田兄弟が女子専門学校を創立したのは、母に対する感謝の念が理由 の1つであるとされている。本館前にある宇多像は、1935年の創立十周 年に学生たちによって贈られたものが初代である。
安政4年(1857)~大正14年(1925)
【参考】永山卯三郎 『額田系譜』昭和18年
額田豊 編『額田家抄録』昭和35年

帝国女子医学専門学校 第1回生卒業アルバム

大正14年4月に開校した帝国女子医学専門学校は、5年後の昭和5年3月に初めての卒業生を輩出しました。

医師国家試験

 当時の医師免許は文部相の「資格指定校」を卒業した学生全員に付与されていました。本学も第1回生が卒業時にこの「資格指定校」となるための国家試験を受け、見事1回で合格、全員が医師として卒業を迎えました。

学校行事

当時の解剖慰霊祭

 医学科では、前期・後期の学期試験のほか、学年試験・卒業試験がありました。講堂や多摩霊園での慰霊祭など、現在まで続く行事がスタートしたのもこの時期です。
 また園遊会、仮装行列、運動会などの行事も豊富で、年に1回日比谷公会堂で慈善音楽会も開催されていました。

 修学旅行は松島や北海道へ。他にも関東近郊の病院・療養所見学や奥多摩遠足などの校外学習がありました。
【ご寄贈者様】東邦会(医学部同窓会)様
 帝国女子医学専門学校及び帝国(東邦)女子医学薬学専門学校医学科、
 東邦医科大学、現在の東邦大学医学部の各卒業生を会員とする同窓会組織。
 2010年には設立80周年を迎えました。

帝国女子薬学専門学校 第8回生卒業アルバム             昭和13年 寄宿舎アルバム

中村静江様 (大正6年~平成20年)

千葉県夷隅郡大原町で大原病院の長女として誕生。
女学校卒業ののち薬剤師を目指して昭和9年に帝国女子薬学専門学校に入学されました。
卒業後は医師の美喜雄氏と結婚され、千葉県夷隅郡岬町(現いすみ市)に長東病院を開設。薬剤師としてだけでなく、入院患者の栄養管理・調理など医療人として長年に渡り活躍されました。
平成20年11月13日没。

当時の薬学科

調剤実習

 昭和2年に開設した薬学科では、一学年約100名の学生が学んでいました。医師や商家の子女が多かったようです。
校内には薬草園や植物学温室なども備えられ、多くの実習・実験が行われていました。
 授業は薬品製造学、鉱物学などの専門科目の他、修身・ドイツ語などの教養科目、学祖額田晉先生による「人生観」の講義などがありました。

寄宿舎アルバムより

寄宿舎全景
約600名の学生が生活をしていたという

 全国から集まった学生の多くは敷地内の寄宿舎で寮生活を送っていました。舎監や寮姉ら教員もいたものの学生の自治が重んじられ、寮祭で演劇や踊りを披露するなど自由な雰囲気だったそうです。
 帰省の際には大きな大八車や荷馬車が寄宿舎前にならびました。

【ご寄贈者様】中村陽一様(東邦大学医療センター大橋病院外科講師)
       佐々木宰様(東邦大学薬学部在学)
 中村静江様・美喜雄様のお孫さんにあたる。静江様の没後、遺品を整理されて
 いたところ古いアルバムを見つけ、当資料室にご連絡をいただきました。

青春のかたみに —疎開した女子医学生の記録—

発  行:平成4年8月15日
発行所:東邦女子医学専門学校

東邦女子医学専門学校21回生(昭和25年卒業)

1945 8 疎開先の長野県松原湖にある旅館で入学式
すぐに終戦を迎えるも、大森の校舎罹災のため疎開授業を続ける
1946 1 大森での授業開始
4 食糧難のため「特別食糧休暇」が実施される
9 学校復興のためのダンスパーティー・募金活動などを行う
1947 11 東邦女子医学薬学専門学校に校名変更
1950 3 卒業 謝恩会は上野の精養軒で盛大に行われる
松原湖での入学式

回想録より ~疎開先での授業~

上野駅から信越線に乗り小諸迄行き、小海線に乗り換え松原湖迄行くのです。
当時は汽車に乗るにも降りるにも、窓からの出入りでした。乗れれば良いとしなく
てはなりません。

講義を受ける場所ですが、松原館と稲子の公民館と先生方の都合で決まりました。松原館は畳ですが、稲子は板の間に座ブトンを敷き、膝の上でノートを取り、
教科書は手に持って読みました。

~引揚者援護活動~

引揚者援護活動
深夜十一時近くに品川駅から下り列車に乗り込んで静岡まで行き、そこから暁方上り引揚列車に乗り込んで医療サービスを始めるわけである。
 帰還兵士の方々の創の手当てや、一寸した内科的診療等をサービスし乍ら、日本の歌を歌ってお慰めする…
【ご寄贈者様】五島瑳智子様
 執筆者のお一人で、医学部教授として東邦大学の教育・研究に従事される。
 また東邦大学看護専門学校長、東邦大学短期医療大学長などを歴任し、東邦
 看護教育の礎を築いた。東邦大学医療短期大学名誉学長、東邦大学名誉教授。


 同窓会が卒業生の社会福祉事業として昭和39年に開設した社会福祉法人鶴風
 会理事長として、障害児療育にも携わっている。

資料室だより ~活動ブログ~

2023年01月26日 更新

1946年1月、本館の寒さ

開室時間

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(土曜日・日曜祝日は閉室)
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