理学部生命圏環境科学科

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SMILESは成層圏オゾンの夢を見るか〔2/3〕

人工衛星から地球大気を観測する

【SMILESは成層圏オゾンの夢を見るか (1/3)】 よりつづく

皆さんは地球大気の様子を衛星から観測すると聞くとどんなイメージを浮かべるでしょうか。

 気象観測衛星として有名な「ひまわり」という衛星は、赤道上空36000 kmの地点から地球を観測しています。現在は7号機が働いていて間もなく後継の8号機が打ち上げられることになっています。この衛星はいろいろな種類の光の強度を測定する装置が搭載されているのですが、要するに宇宙から地球の写真をデジカメのようなもので「ぱちゃぱちゃ」と撮っているようなものです。地上に送られてくるデータ(数値の並び)は、写真の画像データを表していて、書式さえ守って翻訳すればだれでも「ひまわりが撮影した地球の絵」を見ることができるのです。この絵を見て我々は、この辺に雲がかかっているな、とか、ここに台風があって渦を巻いているな、ということを直ちに知るわけです。
気象衛星 ひまわり の取得画像 (気象庁ホームページより)
気象衛星 ひまわり の取得画像 (気象庁ホームページより)

 我々が開発したSMILESも地球大気を観測するための衛星です。そして、これが大事なところなのですが、SMILESは特に成層圏の観測を行うための装置なのです。成層圏は高度20-50 kmあたりの地球大気のことを指していて、この領域にはオゾンがたくさんあるのでオゾン層とも呼ばれています。さて、みなさん考えてみて下さい。仮に「オゾンを撮影するカメラ」のようなものがあったとして、それで気象衛星ひまわりのように宇宙から地球を見下ろして大気を観測したとしましょう。するとオゾンの分布写真が撮れるはずですよね。オゾンがたくさんあるところは濃く映り、そうでないところは薄く映るという具合です。でもこれは地上から積み重なっている大気をまとめて見ているので、オゾンが「全体として」たくさんあるのかどうかはわかりますが、「どの高さに」たくさんあるのかまでは分からないはずです。ではSMILESはどうやって大気全体ではなく成層圏に限った大気の様子を知ることができるのでしょうか。話は単純ではなく結構面倒くさいのです。

オゾン放送局とオゾンアナウンサー

どうやって成層圏のオゾンの様子を知るのか。

からくりはこういうことです。

 オゾンは特定の種類の信号を自ら放出することが知られています。SMILESはこの信号を検出する衛星なのですが、その信号の振る舞いがオゾンの存在する高度-すなわち気圧ですね-に依存して微妙に違ってくるのです。こういうたとえをしたらわかりやすいでしょうか。大気中に存在するオゾンはさながら放送局のごとく、自ら信号を放出しています。

 SMILESは非常に感度の良いラジオです。みなさんが例えば文化放送を聴きたいと思ったらラジオのチューナーを1134 kHz(関東地区の周波数です)に合わせるように、オゾンの信号を聴きたいと思ったら、「オゾンチャンネル」に合わせるわけです。このオゾン放送局には様々なアナウンサーがいます。地上付近に存在するオゾン、成層圏のオゾン、もっと高度の高いところに存在するオゾンといった具合に、それこそ何十人もの「オゾンアナウンサー」がいて一斉にしゃべっているのです。SMILESはこれをいわば声紋分析にかけて、だれが何を言っているのかを分析しているのです。声の大きなアナウンサーはだれか、ぼそぼそしゃべっているのはだれなのか。

ここまでの説明で「なるほどそういうことか」と思った方、大事なことを忘れています。

 確かに声紋分析をすればどんな声が混じって聞こえているのかはわかるでしょう。でもそれが誰の声かを知るためには、あらかじめ「このアナウンサーはこんな声をしていて声紋分析するとこんな波形になる」といった情報を知っていなければなりません。逆にそういった情報がないと、「オゾンを観測しました」といってもそれ以上のことは何もわからないのです。当然といえば当然のことですが、意外に知られていないのですよね、こういう話って。

データリトリーバルとは何か

 このような作業のことをリトリーバルと呼んでいます。英語で(失くしたものを)取り戻す、というくらいの意味です。前項でミッションチーム全員が「SMILESのデータを見て感激した」というようなことを書きましたが、それはリトリーバルする前のデータのことだったのです。

 つまりオゾン放送局からの「音声」を今までにないほどの明瞭さでとらえることができたということで、成層圏のオゾンが実際にどうだったのかはこのリトリーバル作業をしないとわからないのです。

 オゾンをずいぶん擬人化してお話してきましたが、オゾンは生身の人間ではなく単純な物質です。それらがどういう条件のもとでどのような信号を放出するかは、実際に実験してみればわかるはずです。理論研究もずいぶん進んでいます。SMILESの観測を始める前にリトリーバルに必要なこれらの情報はあらかたそろっていました。少なくとも我々はそう思っていました。こんなに明瞭にオゾンの「音声」を捉えることができたのです。きっと成層圏オゾンの様子がものすごく精密にわかるに違いありません。あとは実行あるのみです。

 リトリーバルを担当するチームがSMILESの観測データと格闘し始めました。そして、SMILESが捉えた成層圏オゾンの様子を描き出しました。予備的な段階で、すでに先行して観測している欧米の観測衛星とそん色のない結果です。「よしよしこの調子」とほくそ笑んでいたのもつかの間、我々装置開発チームは彼らから質問を受けました。再びたとえ話でその時のやりとりを再現してみるとこんな感じです。

リトリバルチーム(以下リ)「どうも気持ち悪い」


開発チーム(以下カ)
「どういうこと?」


リ 「オゾンがものすごく明瞭に聴こえてるけど、これそのまま信じてもいいの?」


カ 「大丈夫なはずだよ。これまでで最高の装置に仕上げたつもりだから。」


リ 「そうすると何がいけないのかなー」


カ 「なんかまずいの?」


リ 「オゾン放送局の信号を分析したんだけど、完全に説明できてない。それぞれのアナウンサーの声紋データとSMILESの結果がぴったりとは合わないんだよね。おおよそはあってるんだけど。」


カ 「つまり何か? SMILESの観測性能が十分に発揮されていないってことかい?」


リ 「平たく言えばそういうことだな」


カ 「こちらで何かできることってある?」


リ 「悪いけど、SMILESの音声データを本当にどこまで信じていいのか、もう一回調べてくれないかな。こちらはこちらで考えられることは全部試してみる」


カ 「わかった。でもそんなに期待しないで。できることはあらかた打ち上げ前にやったはずだから。」

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