理学部生物学科

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生体防御の秘密兵器・抗菌ペプチド

 みなさま、新年おめでとうございます。本年が皆様にとりまして、幸多くまた実り多き年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

 さて、2008年度第1回目の「生物学の新知識」は、「生体防御の秘密兵器・抗菌ペプチド」と題してお送りします。

微生物感染の日常的な危機

  風邪をひいたり、傷口が化膿したり…。私たちは日常的に体に変調を来たしますが(図1)、その原因の多くは細菌やウィルスなどの微生物の感染です。町中でくしゃみをしている人がいればその唾液の飛沫から、また食した生ガキなどから、飼い猫に引っ掻かれたらその傷口からと、いとも簡単に、微生物は体内に侵入して来ます。人間だけでなく、魚類や両生類のように、水中に生息している生き物は、体の外表面、即ち皮膚からも全身的に微生物の攻撃を受け易い環境にいます。しかし、彼らは長い歴史の中を生き続けています。ならばきっと、微生物に対する防御機構を身につけているに違いありません。まさにその通り。今回はその一翼を担う抗菌ペプチドのお話です。
微生物感染の日常的な危機
図 1

対微生物の秘密兵器

 かつて、カエルの皮膚の切開手術をしていた科学者がいました。彼は、傷口に特別な処置をしないままカエルを飼育水中に戻しても、元気に生き続けることを経験的に知っていました(筆者も同じ頃、同じことに気付いていました)。ある時、その科学者はこのことを不思議に思い、ひょっとしたらカエルの皮膚には細菌の感染を抑制する物質が存在するのではないかという考えを持ちました(筆者も同じことを思いました)。そして彼は、ゼノパスの皮膚からMagaininという抗菌性を有する物質を、ペプチドとして単離することに成功しました。抗菌活性を有するペプチドが初めて単離された瞬間でした。この報告は生物学者のみならず、医学・薬学関係の科学者をも刺激することになり、カエルのみならず、細菌からヒトまで、多様な生き物が抗菌ペプチド探索の材料となりました。当時、大学院生であった筆者は、約20年遅れてこのテーマにチャレンジすることになりました。

先手必勝の一次防御システム

 抗菌ペプチドの発見が何ゆえエキサイティングであるかというと、抗菌活性がペプチドの構造に由来するものであり、広い範囲の微生物に作用する点にあります。これが、ピンポイントで効く抗生物質と大きく異なる点です。私たち哺乳動物は異物の侵入に対し働く免疫系がよく発達していますが、カエルではあまり発達していません。まして我々と同じような免疫系をもたない生物もたくさんいます。このような生物では我が身を守る手段として、抗菌ペプチドが重要な役割を果たしています。すなわち、抗菌ペプチドは体内に異物が侵入して来る前に撃ち落とす役割、つまりは空中戦を担当しているという位置づけになります。一方、異物の侵入に対し、リンパ球や抗体を動員する免疫システムは、いわば侵入後の敵を倒すため、地上戦を展開しているようなものでしょう。最近では、抗菌ペプチドによる防御を一次防御もしくは先天的(或いは自然)免疫と、また抗体やリンパ球による免疫系を二次防御もしくは後天的(或いは獲得)免疫と呼んで、使い分けることもあります。抗菌ペプチドは細菌から哺乳類まで、実に幅広い生物種に存在します。もちろん、私たちヒトにも、また細菌にだって、抗菌ペプチドが存在しています。

抗菌ペプチドのメカニズム

 ペプチドに抗菌性がある!? 私も初めて聞いたときはとても不思議でした。Magaininの発見をきっかけに、その後、多くの抗菌ペプチドが単離されたほか、その抗菌メカニズムに関する報告も相次いで行なわれるようになりました。抗菌ペプチドにはこれといって共通するアミノ酸配列はありませんが、それでも大まかな特徴として、以下のことが知られています。

1) 十~数十アミノ酸残基からなり、分子中に多くの塩基性アミノ酸を含んでいることから、生理的条件下で正電荷を帯びる。
2) 両親媒性(水にも脂質にも馴染みやすい)の立体構造をとり、膜中などの疎水的環境下ではαヘリックス構造やβシート構造などの多様な二次構造を示す。
3) その結果、酸性リン脂質が多く存在し負に帯電している微生物の細胞膜と抗菌ペプチドとは、静電相互作用により強く結合する。
4) 一方、中性リン脂質に富んだ宿主細胞膜や膜安定化作用のあるコレステロールが存在する赤血球膜への結合性は弱い。
抗菌ペプチドのメカニズム
図 2

 平たくいうと、抗菌ペプチドはカエルの体外に分泌されるとバネのようならせん状構造になり、またプラスの電荷を帯びます。ターゲットである微生物の細胞膜はマイナスに荷電しているので、両者は引き合います。加えて、これらのペプチドやタンパク質中に見られるらせん構造は、細胞膜中の脂質と馴染み、膜を突き抜け易い、という化学的な性質があるので、その結果、抗菌ペプチドが大量に集積した部分では、微生物の細胞膜に穴があく、というわけです(図2)。

アカガエル属の抗菌ペプチド

 抗菌ペプチドの単離源として、アカガエル属の皮膚がたいへん注目されています。私たちのグループも含め、多くの研究グループにより、たくさんの抗菌ペプチドに関する報告が出ています(図3)。その理由は、第一にアカガエル属のカエルは世界各地に多種類が分布すること、第二にアカガエル属は同一種の個体、さらには同一の個体から、それぞれ特性の異なる複数種類の抗菌ペプチドやその遺伝子が次々と見つかるからです。最近の記録は、中国のヒラユビニオイガエルという種類のカエルから、何と1個体から273種類もの抗菌ペプチド関連物質が得られています。さすが中国四千年、カエルも桁違いです。アカガエル属が世界中に広く分布し、生息を続けている大きな理由が、ここにありそうです。
アカガエル属の抗菌ペプチド
図3 今のところ、日本代表はヤマアカガエル! (写真:生物学科 長谷川雅美)

環境汚染による抵抗性の減退

 両生類の抗菌ペプチドは、甲状腺ホルモンと密接な関係を持っています。というのも、両生類の抗菌ペプチドはオタマジャクシの間は作られず、カエルになるまで待たねばなりませんが、両生類の変態は甲状腺ホルモンによりコントロールされているからです。オタマジャクシの皮膚構造は変態とともに変化し、カエルに近づくに従って、抗菌ペプチドを作るための分泌腺が作られるようになります。詳しい話はいずれまたの機会に譲りますが、私たちは甲状腺ホルモンの阻害作用をもつ化学物質が、カエルの抗菌ペプチドの遺伝子発現を阻害することを見つけました(図4)。また、最近、農薬の存在下では抗菌ペプチドの効力が落ちる、という報告も出ています。いま、両生類は世界的に減少の危機が伝えられていますが、環境汚染がカエルの微生物に対する抵抗性を弱めていることも、その一因であると言えそうです。昨今取りざたされているカエルに対する病原性微生物の上陸と感染の危機は確かに大きな脅威ですが、ゴミの量を減らすことなど、そのために私たちができることは身近にありそうですね。
環境汚染による抵抗性の減退
図4 グラフはタゴガエルの抗菌ペプチドの一種であるTemporin-1TGbの遺伝子発現が、甲状腺ホルモン(T3)により増加し、内分泌撹乱物質であるビスフェノールA (BPA)で減少することを示す。

(生体調節学研究室 岩室 祥一)

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