理学部生物学科

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粘菌よもやま話

農業をする粘菌?

 いきなりですが、この話は結構有名で既にいろいろな人が自分のブログとかに書いて紹介しています。新聞にも載りました。しかし、正しく理解されているものが非常に少なく残念に思ったのと、自分も粘菌を研究していてこのような現象を発見していながら特に深入りすることはなくやり過ごしていた浅はかさを痛感して筆を執ることにしました。

 ことの発端はもう1年以上も前になりますが、アメリカのRice大学の研究グループが世界でもっとも権威のあるイギリスの科学雑誌Natureに発表した論文に依ります。論文のタイトルは ”Primitive agriculture in a social amoeba”というもので、直訳すると「社会性アメーバに見られる原始的な農業」ということになると思います。この論文のタイトルに日本の複数のしかも大手の有名新聞社が飛びついて記事を書き、そしてあろう事かその内容が正しいものでないためにややこしいことが起きてしまいました。その新聞記事を目にした科学に興味を持つ人達が、自分らのブログの中にこれは面白いと載せてくれたのですが、ほぼ的を射たと思われるものからおそらく真実とは異なると思われるものまで様々です。そこで本稿では、正しいとは限りませんが、自分なりの解釈で問題点を整理していくことにしました。

動画1 細胞性粘菌Dictyostelium discoideumのアメーバ 細胞性粘菌Ax2株(野生株の一種)の培地をリン酸緩衝液で洗浄して栄養分を取り除き、餌としての細菌を加えてしばらく経過し餌を食べる様子を観察しました。画像はタイムラプス装置で5秒に一回10分間撮影しそれをつなげて動画としました。アメーバのまわりに見える小さな粒が餌としての細菌です。

ここで言う「粘菌」とは?

 まず、「粘菌」=変形菌(真性粘菌)、南方熊楠と思われている方、それは違います。ここで扱っているのは、粘菌と言っても細胞性粘菌のことです。変形菌と細胞性粘菌は似て非なるものです。どちらも「粘菌」という名前が付いていますが、生物として一緒の括りにしないほうが良いでしょう。また、和名ではキイロタマホコリカビというため、カビの仲間かと思っている人もいるようですが、カビではありません。むしろ、全く違います。遺伝子組成が類似していないのです。細胞性粘菌については以前にも何回か解説しました。変形菌との違いも含めて詳しいことは、生物学の新知識のバックナンバー2006年12月号をご覧下さい。細胞性粘菌は土壌中に生活し、周囲にいる微生物(細菌や酵母)を餌として増殖します(図1; 動画1)。餌が枯渇すると(←今回の論点の1つはここです)およそ10万個の細胞が集まって1つの集合体を作り、最後は子実体と呼ばれる構造を作ります。この子実体は、基盤と言う基部構造によって支えられて、そこから延びた柄とsorusという頭頂部の膨らんだ構造体の中の胞子の主に2つの細胞種に分化します。ここで、柄の細胞(全体の20~25%)は液胞化してやがて死にます。残りのほとんどは胞子になり次世代につながります。細胞性粘菌のことを社会性アメーバsocial amoebaと呼ぶことがあるのは、もともと同じようなアメーバであったものが集合して(ただし仲間かそうでないかを見分けるメカニズムがあります)1つの個体になって生活するためで、このときに細胞間には情報のやり取りが見られます。最終的には一部の細胞が犠牲になることで次世代の胞子を作ります(図1)。このときにも面白いメカニズムが存在するのですが、それはまた別の機会で述べることにしましょう。子実体に出来た胞子はやがて飛散して地上に降り立ったときに、まわりの環境(水分とか餌の状態:ここが第2の論点)が適していれば発芽をしてアメーバになり次の世代を開始します。
細胞性粘菌の生活環と子実体

図1 細胞性粘菌の生活環と子実体 細胞性粘菌の生活環(左):生活環は以前にも紹介しましたが、もう少し詳しく述べます。細胞性粘菌の胞子は適した環境条件(水分や温度)に置かれると発芽し、単細胞のアメーバとなります。アメーバはまわりに餌がある状態では餌を補食し2分裂で増殖します。餌が少なくなると多数のアメーバが集合し、およそ10万個の細胞からなる有機的な多細胞体を形成し、多細胞体の頂上部には突起が出来て、それが伸びやがては地面に倒れてナメクジ状の移動体になります(動画2)。移動体の先端はオーガナイザーの役割を担っており、移動体は光と熱に向かって移動するという性質を持ちます。移動体が適した場所を見つけると、そこで移動を止めて縮んでメキシカンハット状の構造をとり、上部から下部へ向かって柄が形成されてそれが伸び、同時に胞子嚢(sorus)が持ち上がって胞子の成熟が起こります。柄細胞は液胞化した死んだ細胞になり(プログラム細胞死が起こります)、胞子の分散のために犠牲になります。図の生活環は無性世代(単数世代n)のみを示してあります。特殊な条件では接合しマクロシストという有性世代(2n)を作ることがあります。図は島田(2005、東邦大学大学院理学研究科修士論文)を改変。子実体の拡大図(右):子実体の胞子嚢の中には胞子がたくさん入っています。移動体の時期の前部の細胞は主として柄になり、後部の細胞が胞子となります。従って、Dictyostelium属の場合、次世代に継承されるのは胞子のみです。

細胞性粘菌の移動体と子実体形成期

図2 細胞性粘菌の移動体と子実体形成期 GFP(緑の蛍光タンパク質)を発現する野生型の細胞とRFP(赤い蛍光タンパク質)を発現するある変異株の細胞を一定の比率で混ぜて発生させて、移動体(左)と子実体形成期初期(右)の時期に蛍光顕微鏡で記録したものです。

動画2 細胞性粘菌の移動体が移動する様子 GFP(緑の蛍光タンパク質)を作るように改変した細胞性粘菌の細胞を特殊な寒天の上で発生させて、1分おきに1コマ、30分タイムラプス装置で撮影したものです。上のビデオは明るい光をあてて(明視野で)撮影しています。下のビデオはGFPを励起するような波長の光を撮影する直前にあてて、緑色の蛍光を撮影しています。このGFPタンパク質は核に局在するタンパク質と融合させてあるために、GFPの蛍光は核で観察されます。よく見ると、移動体の先端部分は螺旋状に回転しているのが分かります。

「農業をする粘菌を発見!」とは言っていない

 この「農業をする粘菌を発見!」という見出しは新聞の見出しですが、実際の論文はどうなのか、ちょっと検証してみましょう。まず、上述のタイトル。確かに農業と言っています。でも、この論文が掲載された雑誌がNatureであることを気に留めておくべきです。Natureは科学雑誌であるとともに商業誌でもあるのです。論文のタイトルにはことのほか気を使っており、パッと見て飛びつくようなタイトルを編集者の方で付けたがります。論文を投稿した研究者の方で事実に即したタイトルを付けていたとしても、編集者の方からこうして下さいと変更を迫られたりすることもあるようです。おそらく、その類いかも知れません。タイトルだけで信じていけないのがこの雑誌の特徴と言えば特徴です。アリやシロアリが菌類を栽培することには記述があって、それらはとても洗練されたものでかつ能動的なものであり「農業」であると言っています。その他の少数の生物については例が少ないために、husbandry(栽培)と呼んだ方が良く、細胞性粘菌についてはfarming symbiosis(栽培型共生)であって、能動的なcultivation(培養、栽培、耕作という意味があります)は見られないとまできちんと言っています。細胞性粘菌に見られる例が農業であるか否かに関わりなく、アリやシロアリに見られる農業と細胞性粘菌に見られる栽培は、特定の血縁集団(kin group)に何世代にも渡って安定に伝わることから、収斂進化(convergent evolution)であると言っています。論文の要旨でも本文でもこの記述が最後に来ていることから、この研究を通して筆者らが一番主張したいことはそのことだと思います。収斂進化とは、系統の全く違っている生物が類似の環境で生活していると似たような形質を持つ方向へ進化する現象のことを言います。例として良く知られているのが魚類であるサメとホ乳類であるイルカの例です(図3)。両者はとても形態的には良く似ていますが、系統は全く違います。
収斂進化のモデル

図3 収斂進化のモデル 形態的な違いに着目した進化のモデルを示してあります。収斂進化(convergent evolution)は系統的に異なる生物が形態的に似る進化の例で、分子レベルでは2つの種間で異なったアミノ酸配列を持っていたタンパク質の部分が同じアミノ酸に置換されることで生じると解釈されます。また、これとは逆に同じアミノ酸であったものが別のアミノ酸へ置換して分岐することで、異なった形態を持った種へ分岐していくことを分岐進化(divergent evolution)、アミノ酸の置換は起こるがそれぞれ別のアミノ酸になるために分岐も収斂もしないものを平行進化(parallel evolution)と言います。この論文では、生物種の形態ではなく栽培という現象が収斂進化ではないかと言っています。

実際に何が観察されたのか?

 この研究で用いられた細胞性粘菌はDictyostelium discoideumという種ただ1種のみです。幾多の種類を用いた訳ではなく、新種を発見した訳ではありませんのでこの点を勘違いしないで下さい。実験室で普段用いられているのはそのうちの一つの株(クローン)です。ここでは、野外に普通に生息している株を多数採ってきて調べたということです。バージニアとミネソタの2地点から35の株を採取したところ、胞子形成と散布のときに細菌を伴っている(栽培している?)株が13株あったということです。この株をfarmer、細菌を伴わない株をnon-farmerと名付けています(図4)。この性質が偶然かどうか詳しく調べるために、farmerとnon-farmerそれぞれ4株について6つの子実体のsorusから胞子をとってSM/5という滅菌した寒天培地にスポットしたところ、farmerではやはりいつも細菌が増殖し、non-farmerでは何も増殖しなかったということです。また、farmerもnon-farmerも同じ場所から見つかっており、ミトコンドリアのDNA、リボソームDNAなどの遺伝子の配列から株間の分子系統樹を作製したところ、farmerとnon-farmerの間で特別な法則はみられず、混ざりあっていました。このことは、ちょっと難しいのですが、farmerとかnon-farmerとか言う形質(あるいは特徴)が性によって分散されていることを意味しています。 細菌を持ち運ぶという性質はfarmer株にのみ見られる現象です。4つのfarmerとnon-farmerの株それぞれについて、抗生物質(アンピシリンとストレプトマイシン)を含むSM/5培地上で予め殺しておいた大腸菌と一緒に飼うことで持ち運ぶ細菌を無くすこと(curing)が出来ます。これを確認した後、細胞性粘菌の餌として今度は生きた細菌と一緒に飼って子実体を形成させると、farmer株由来のものだけが再び細菌を持ち運ぶようになり、non-farmer由来ではそのようなことが起こらなかったからです。このことは、farmerと細菌の間には持続的な相互作用が存在していることを意味しています。
細菌を持ち運ぶクローンと持ち運ばないクローン

図4 細菌を持ち運ぶクローンと持ち運ばないクローン 細胞性粘菌Dictyostelium discoideumという種には常に餌としての細菌を持ち運んでいるクローン(株)があり、これをfarmerと呼んでいます。Farmerは餌を全て食べ尽くすようなことはせず、多細胞体の中にも餌を抱えており、子実体を形成したときに胞子嚢(sorus)のなかに一緒にその細菌を保持します。そのため、胞子が餌のない場所に飛散した場合でも、保持した細菌を餌として増殖し子実体を形成することが出来ます。一方、細菌を保持しないクローンも存在していて、それはnon-farmerと呼ばれています。Non-farmerは、まわりに餌がないと増殖できませんが、まわりの餌をほぼ食べつくし多細胞期の移動体(slug)ではfarmerよりも遠くまで移動することが出来ます(移動する必要があるのかもしれません)。このように、自然界では同じ場所でも常にfarmerとnon-farmerの2つのタイプが存在しているようです。

細菌を運ぶことに利点はあるのか?

 Farmerが細菌を持ち運んでいることに何らかの利点はあるのでしょうか?そこで、細菌の少ない状態を似せるために栄養のない寒天培地に細菌をまかないでfarmerから採った胞子をスポットしたところ、一緒に運ばれた細菌が最初に急増し、farmerがそれを食べることで増え、最終的に子実体を形成し胞子も出来ました。ところが、non-farmerではほとんど胞子を作りませんでした。このことは、farmerは自分でsorus中に餌となる細菌を保持することでそれらを栄養として利用出来、栄養のないところに飛来してしまった胞子でも増殖できるという利点があることを示しています(図4)。 それでは、non-farmerには利点はないのかというと、細菌が豊富な寒天培地上では形成する胞子の数がfarmerよりも多くなります。このことは、状況次第でfarmerが有利になったり不利になったりすることを示しています。ただし、この実験ではfarmerの胞子数はnon-farmerの2/3程度になっているだけなので、圧倒的に不利と言う訳ではないと思うのですが。 自然界の土壌では細菌が全くいないということは考えられないので、2つの異なる地点から土壌を採取し、滅菌をしないでfarmerとnon-farmerの胞子を接種したとこと、farmerの方が胞子の数がかなり多かったと言う結果が得られています。この結果は、上記の状況次第でfarmerが有利になったり不利になったりする仮説と矛盾しており、たまたまこの2地点の土壌には適した細菌が少なかったので、farmerにとって有利に働いたという筆者らの説明だとちょっと苦しいものがあります。むしろ、自然界だとfarmerの方が有利なのでは?とさえ思ってしまいます。 その他、farmerとnon-farmerの特徴として2つの違いがあります。まず、食べ残しの量です。これは、non-farmerでは餌の細菌をほとんど食べ尽くすのに対して、farmerでは餌のおよそ半分を食べ残します。これは、胞子の散布の際に細菌も共散布するために餌をセーブしているようなものと言っています。もう一つの違いはslug(移動体というナメクジ状の多細胞期の構造体で光や暖かさに向かって正の走性[走光性、走熱性]を示します)の移動距離がfarmerよりnon-farmerの方が倍くらいあるということです。Farmerはそんなに移動しないために比較的早めに子実体形成を始めます。これは、farmerが細菌を伴っているために重たいと言う理由よりも遠くまで移動する必要がないのでそのように進化したためだと考えているようです。

それでも解明されない謎

 一見するとfarmerの方が有利のようにも思えますが、実際に自然界にはnon-farmerが多く存在するということは、どちらにも利点と損失があると思われます。両者が存在するという2面性についてはそれで説明出来るとしても、何故わざわざ細菌を食べ残して運ぶようになったかというメカニズムについては謎のままです。いろんな可能性について言及していますが、どれも納得のいくものとは言い難いです。仮にもし、細胞性粘菌と細菌の間で共進化が起こっているとするのであれば、水平伝播を示すような遺伝子の実例を示すべきではないか思います。餌となり得る大腸菌も、捕食者の細胞性粘菌もどちらもゲノムの全情報が分かっている訳ですから、Nature誌に掲載されるのはそれからであるべきでは思います。 最後に話はまた元に戻りますが、これは農業なのでしょうか?Farmerの胞子が発芽したときに一緒に連れてきた細菌をどれくらい増殖させるかによって話は違ってきてしまいます。農夫は作物が生育して実がなるまで収穫して食べたりしませんし、それが農業です。アリやシロアリの例はこれに相当します。しかし、今回の場合はピクニックにランチを持って行って、適当な場所で休憩して食べるのとあまり違わないという可能性もあります。持って行かないで近くにコンビニも何もないと確かに困りますが、車を利用すればそんなに困らないでしょうね(non-farmerのslugは遠くまで移動することが出来ますがそのことがこれと関連しているかは不明です)。

川田 健文
分子発生生物学研究室

参考文献

  1. Brock, D.A., et al.(2011) Nature 469:393-396.

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