理学部生物学科

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「タナゴは曲者」【2008年11月号】

タナゴ・マニア

 東邦大学理学部の生物学科には、毎年「生き物」マニアが入学して来ます。そしてマニアの中には、その生物を卒業研究のテーマに使いたいと考える者も時々います。今年私の研究室にやって来たクモ・マニアや、昨年のザトウムシ・マニアもその例です(図1)。普通は私が長年追いかけてきたテーマの一端を担ってもらいますが、マニアの粘りに私も根負けする時もあります。今回は、15年ほど前に私が研究指導することになったタナゴ・マニアのJI君のはじめた研究について紹介します。
マニアの生物

図1 マニアの生物
上段左:シマササグモ(GS君撮影)、右:ヒトハリザトウムシ(MWさん撮影)
下段左:ニッポンバラタナゴ(JI君撮影)、右:タイリクバラタナゴ(JI君撮影)

 淡水魚であるタナゴはタナゴ亜科に属し、この仲間はコイ科の中でもきわめて種分化が進んだ一群で、世界には約40あまりの種が知られています。この仲間の多くは東アジアに分布し、日本には5亜種を含む15種あまりが生息しています(図1)。タナゴ類の分類は、外部形態だけでは難しく、研究者や研究手段(核型解析やアイソザイム解析等)によって様々でした。ここに目をつけたJI君は、DNAレベルの解析から、この仲間の系統分類関係を明らかにしたいと考えたのでした。
 もし、この課題に今現在取り組むなら、まずミトコンドリア・ゲノム内の遺伝子の塩基配列の比較から、分子系統樹を推定する道を選ぶのが一般でしょう。しかし、15年あまり前の研究室では違う道を選びました。その当時、私の研究室で扱っていた塩基配列決定の方法は、今と比べ処理容量が小さかったからです。結果、選択したのは核ゲノムにある5S rDNA(5S リボソームDNA)の塩基配列の比較解析でした。

5S rDNA

 真核生物におけるリボソームDNAは2つの異なった遺伝子グループによって構成され、ゲノム中に多量に縦列して存在する多重遺伝子族です。そのうちの1つはメジャーrDNAと呼ばれる遺伝子群で、3つのrRNAをコードしています。もう1つのグループは、5S rRNAのみをコードするマイナーrDNAで、高等真核生物では一般にメジャーrDNAとは離れたゲノム内の別の位置に存在しています。
 この5S rDNAはその塩基配列がよく保存された120 bpの5S rRNA遺伝子領域と、種によってその長さや配列が大きく異なるNTSと呼ばれるスペーサー領域によって構成されています。この2つの領域を1単位として、5S rDNAは縦列反復し、ゲノム内で数百~数千回繰り返しているのが一般です(図2)。
タナゴ類の5S rDNAの構造
図2 タナゴ類の5S rDNAの構造

分子系統解析

 JI君は大学院に進学し、卒業研究と修士課程の併せて3年間かけて、日本産タナゴ亜科魚類の5種、アカヒレタビラ、ニッポンバラタナゴ、ゼニタナゴ、カネヒラ、タナゴの5S rDNAの塩基配列を決定しました。その結果、タナゴの仲間は120 bpの遺伝子領域に加え、60 bpあまりのNTSからなる、極めて短い5S rDNAを持っていることが解りました(図2)。塩基配列が短いと、比べる範囲が限られるため、系統関係の類推に使うのはかなり不利です。種固有の塩基置換はあっても、系統関係を知るためには、解析する種を増やす必要がありました。彼の挑戦は、後輩が受け継ぐことになったのです。
 JI君の後輩達は、タイリクバラタナゴ、シロヒレタビラ、セボシタビラ、ヨーロッパタナゴ、さらに特別天然記念物のミヤコタナゴを新たに入手し、5S rDNAの塩基配列決定を精力的に進めました。そして最後に系統樹の推定を任されたのは、大学院の博士課程在学中のMNさんでした。MNさんは、他の後輩達とオオサンショウウオの仲間3種の5S rDNA配列の研究や、さらに前回記載したヌタウナギの仲間の奇妙なDNA、EEEo2配列(生物学の新知識バックナンバー2007年7月号)の特殊な分子進化の解析も進めていたからです。
 塩基配列は短いながら、タナゴの仲間の5S rDNA配列はなかなかの曲者でした。やや複雑な話ですが、極力まとめて話すと、1)5S rDNA配列を2種類(タイプ)もつ種がいて、このタイプ分けはNTS内の遺伝子下流領域(約25 bp:可変領域と呼ぶ;図2)で決まる、2)NTS可変領域は遠縁な種間では大きく異なった塩基配列を示すが、近縁な種間では塩基配列が極めて似ているため、タイプ分けは種を越えて保存され、全長(約180 bp)を使った系統樹を作成すると、この近縁種間の区別を判り難くしている(図3左)、3)遺伝子領域(120 bp)だけを使った系統樹を作成すると、情報量が足りないため、この場合も近縁種を区別できない、となります。
 しかし、MNさんの粘り強い解析で、タナゴの仲間の5S rDNA配列の不思議な分子進化が浮き彫りになりました。すなわち、1)約60 bpしかないNTS内で、遺伝子上流領域(約35 bp:保存領域と呼ぶ;図2)は遺伝子の調節領域であるため遺伝子領域と似て緩やかな分子進化をする、2)遺伝子領域とNTS保存領域だけを使った系統樹を作成すると、種間の系統関係はきれいに導かれる(図3右)、3)NTS可変領域は、他領域と比べ全く別の分子進化の機構が働いている ー NTS可変領域の分子進化速度は、遺伝子やNTS保存領域のものに比べ明らかに速かったはずなのに、タイプ分けが確立したら一転し、遺伝子やNTS保存領域のものに比べて遅くなっている ー などが判明しました。
タナゴ類の5S rDNAを用いた分子系統樹模式図
図3 タナゴ類の5S rDNAを用いた分子系統樹模式図
 図中の記号は種名を表している。Rooはタイリクバラタナゴ、Rosはニッポンバラタナゴ、Rsはヨーロッパタナゴ、Ttはミヤコタナゴ、Amタナゴ、Arはカネヒラ、Ptはゼニタナゴ、Attはシロヒレタビラ、Ats1はアカヒレタビラ、Ats2はセボシタビラ、Ccは外群のコイを示す。近縁種間で保存している5S rDNAの2タイプについては、A・B、C・D、E・Fと仮称を付け、種名の後ろの()内に記載してある。図中の系統樹の枝の長さは、意味を持たない。

デュアル・エクスプレッション・システム

 5S rDNAはアフリカツメガエル、マウス、ヒト等で詳しく調べられています。アフリカツメガエルにおいては卵形成中に転写される卵母細胞タイプと体細胞中で転写される体細胞タイプがあり、タイプ間で遺伝子領域にはわずかな違いしかないが、NTSの配列には大きな変異が生じています。他の両生類や硬骨魚類の一部でも、発現時期の異なる2種類の5S rRNA遺伝子が知られていて、このような5S rRNA遺伝子の発現調節の機構を、デュアル・エクスプレッション・システム(Dual Expression System)と呼んでいます。タナゴの仲間で見つかった2タイプの5S rDNAも、おそらくこの発現調節の機構と深く関係していると思われます。実はMNさんが中心となって解析したオオサンショウウオの仲間では4タイプの5S rDNA(A—Dタイプ)が見つかっていて、日本産のオオサンショウウオではA—C、中国産ではB—D、アメリカ産ではBとCを持ちます。ではなぜ、両生類や魚類では2タイプ以上の5S rDNAが見つかるのでしょうか?

2R仮説

 真核生物は、ゲノム重複によりゲノムを大きくすることで進化してきたと考えられています(大野乾1970)。ゲノムを2倍にすれば、遺伝子の数も2倍に増えます。脊椎動物の祖先のゲノムでも2回の重複があったとする、2R(2 round duplication)仮説(大野乾1970;図4)に従えば、もし無脊椎動物のゲノム内にある1つの遺伝子を脊椎動物で探すと、単純に考えれば4つ見つかることになります。5S rDNAにも同じ事が考えられないでしょうか?
 およそ4億年前に太古の海に誕生した脊椎動物の祖先種は、ゲノム内に複数の5S rDNA群を抱えていました。その後、大きな系統の分岐が進み、魚類や両生類が生まれ、さらにタナゴやオオサンショウウオの現存種が分化するまでには3億年以上の時間があったと思います。この長い長い時間を費やし、それぞれのゲノム内の4つの5S rDNA群はゆっくりゆっくり分化し、タイプ分けが進行した。また、1つのタイプしか持たない現存種は種分化が進む中で、他方のタイプの5S rDNA群をゲノムから失ったのかもしれません。塩基配列の分化が、組織特異的な遺伝子発現などの機能分化に繋がると、もう後戻りできなくなります。おそらく分化を促進してきたNTS可変領域は、機能分化を維持するために、今度は翻って非可変の領域になってしまったのではないでしょうか。タナゴ仲間のNTSが短い分だけ、その豹変する分子進化の有り様をまざまざと露呈していたのかもしれません。ゲノムとは何としたたかで、そしてしなやかな振る舞いをするのでしょう!
大野乾の2R仮説の模式図
図4 大野乾の2R仮説の模式図
 JI君とはじめた研究は、MNさんや多くの学生諸君の時間と労力を費やしましたが、始めた頃は想像もしなかった壮大な話に繋がりました。私は彼等にとても感謝しています。ちなみにJI君は今、高等学校の教員です。きっと、タナゴの話を熱く教え子達に語っていると思います。マニアの皆さん、東邦大学生物学科は君たちを待っています。

(分子・細胞遺伝学研究室 久保田宗一郎)

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