理学部生物学科

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生物の多様性と中立性

さまざまに異なる生物

 地球上にはさまざまな生物が、それぞれに適した環境に住んでいます。例えば照葉樹林をみれば、明るい日向を好むアカメガシワやヤシャブシなどの陽樹、あるいはむしろ日陰での生長が得意なスダジイやタブなどの陰樹がいます。陽樹は、大きな樹が倒れ、陽の光が射し込むようになった林床で元気に生育します。やがて林冠が覆われ、林床が暗くなると、陽樹の苗はもはや生長できません。そこでおもむろに生長を進めて、先に大きくなった陽樹に置き換わっていくのが陰樹です。
熱帯林の林冠木 熱帯林の林冠木
(マレーシア ・ ランビル国立公園 撮影:黒川紘子)
 また、植物の花粉を運んでいる送粉者に目を向けると、例えば、イチジクにはイチジクコバチ、そしてユッカ(リュウゼツランの仲間)にはユッカガというように、専門の送粉者をやとう植物がいます。その一方で、特別に決まった送粉者をもたず、ヒメギフチョウやマルハナバチなど幾種類かの訪花昆虫に送粉を任せているカタクリのような植物もいます。
ハチドリも送粉者の一種
ハチドリも送粉者の一種
(バハマ ・ スタニエル 撮影: 瀧本 岳)

 このように、生物は種によってさまざまな特徴をもち、これらの特徴が生息環境や他の生物との関係を形づくります。生態学という学問の大きな目的のひとつは、このようにさまざまに異なる生物が、どこにどれだけ分布しているのかを明らかにしようというものです。それぞれの生物が、各々の特徴に適した生息環境にいるのだとしたら、生息環境の分布から、生物の分布も分かるはずです。これまでの生態学研究の多くは、そんなアプローチで進められてきました。

生物の特徴に意味はないのか?

 ところが今、そんな生態学の世界に地殻変動が起きています。これを引き起こしたのが、長年パナマ熱帯雨林の研究を続けるアメリカの生態学者Stephan Hubbell博士が提唱している『生物多様性と生物地理の統合中立説』という仮説です(文献1)。この仮説は、個々の種の特性の違いを全く無視してしまっても、生物の個体数分布を十分説明することができるというものです。生態学者がこれまで一生懸命に研究し、理解しようとしてきた個々の種の違いが、生物の個体数分布を説明するには不必要なものだったなんて、そんなことはあるのでしょうか?

 生物の個体数分布とは、正確には「種数-個体数分布」と呼ばれるものです。種数-個体数分布は、ある場所に現れる生物を全て数えあげることによって得られます。そして、個体数の大小によって種をランク分けし、各ランクに何種いるのかを計算します。そうしてヒストグラムを描いてみると、右下がり、あるいは一山形のヒストグラムになります。このヒストグラムは、樹木群集だけに限らず、雑草群集や陸産貝類群集、蝶類群集、鳥類群集、岩礁潮干帯群集など、あらゆる生物群集について観察される一般性の高い曲線です。ところが、この曲線が生まれるメカニズムは、いまだに完全には分かっていません。生態学者たちは、このメカニズムを理解するために悪戦苦闘してきたわけです。
種数 - 個体数分布の例
種数 - 個体数分布の例
 Hubbell博士らの研究グループはパナマの熱帯林に50ha(1km×0.5km)の調査区を設け、そこに現れる植物を全てマークし、どの種が何個体いるのか、調べ上げました。胸高直径が10cmの樹木に限っても、全部で235種、20,541本の樹が見つかったそうです。このデータを使って、種数-個体数分布を描くと、一山形になりました。

 この野外調査の一方で、Hubbell博士は、コンピューターシミュレーションを使って熱帯林樹木群集の解析を進めていました。このシミュレーションは、生物の椅子取りゲームのようなものです。樹木一個体が一つの椅子を占め、椅子の総数がある区画での樹木の総本数です。落雷や風などの撹乱や、病気、老化によって樹木は死亡します。そうするとその個体が占めていた椅子が一つ空きます。この空いた椅子を巡って、区画内の親木が種子を送り込みます。わずかの頻度で区画外からの種子もやってきたり、新しい種が進化したりもします。どの種の種子がこの椅子を占めることになるのかは、種子を送り込んだ親木のなかでどの種が何個体いたのかによって決まります。

 この熱帯林樹木群集のコンピューターシミュレーションからも、種数-個体数分布曲線を描くことができます。そこで、Hubbell博士は、シミュレーションから得た種数-個体数分布を、現実の調査区から得た種数-個体数分布に重ね合わせてみました。すると、この二つはほとんどぴったり一致したのです。

 この結果は衝撃的です。なぜなら、シミュレーションの椅子取りゲームにおいて、空いた椅子を占める次の個体を決めるときに、その椅子がどのような環境にあるのかということは一切考慮していないからです。例えば、椅子が日陰にあるのか、日向にあるのか、あるいはどんな送粉者がいるのか、といったことは、次に椅子を占める個体を決める上で何も関係がないのです。すなわち、生息環境の違いを全く考慮しなくても、生物の分布は予測できるということを、この結果は示唆しているのです。そして、これが『生物多様性と生物地理の統合中立説』と呼ばれるものです。この「中立」という言葉は、生物が環境の違いに対して中立に振る舞うという椅子取りゲームの特徴から来ています。

生物多様性の進化維持機構の解明にむけて

 今、多くの生態学者が、この『中立説』をより詳しく吟味するための研究をすすめています。中立説を支持する結果もあれば、支持しない結果も出ています。例えば、岩礁潮間帯の固着生物群集(イガイやカメノテ、フジツボなど)や南アメリカやヨーロッパの鳥類群集のふるまいは、中立説だけでは説明しきれないという結果がでています(文献2,3)。日本では最近、松島湾(宮城県)に浮かぶ島々の蝶類群集の組成が、食草の組成に強く依存しているという結果が示されました(文献4)。この結果も中立説の予測に沿うものではありません。
クレーンを使った熱帯林の調査風景 クレーンを使った熱帯林の調査風景
(マレーシア ・ ランバル国立公園 撮影: 黒川紘子)
 今後、中立説の検証はさらにすすむでしょう。中立説の功績は、全ての種が中立であるという仮定から現実のパターンに一致する予測を導いたことだけではありません。中立説には、新しい種の進化や、いろいろな空間スケールでの生物の移動分散といった、これまでの生態学ではあまり重視されてこなかったものが取り込まれています。このようなプロセスの重要性をひろく認識させたことに、中立説の本当の功績があるといえるでしょう。この中立説を踏み台として、生物多様性の進化維持機構の解明がさらに進展することが期待されます。

引用文献

  1. Hubbell, S.P. (2001) The unified neutral theory of biodiversity and biogeography. Princeton University Press.
  2. Wootton, J. T. (2005) Field parameterization and experimental test of the neutral theory of biodiversity. Nature 433: 309-312.
  3. Ricklefs, R. E. (2006) The unified neutral theory of biodiversity: do the numbers add up? Ecology 87: 1424-1431.
  4. Yamamoto, N. et al. (2007) Relative resource abundance explains butterfly biodiversity in island communities. PNAS 104: 10524-10529.

(理論生態学研究室 瀧本 岳)

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