理学部生物学科

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光合成で働く電子伝達体:プラストシアニンとシトクロム 【2007年8月】

青いタンパク質と赤いタンパク質

青いタンパク質と赤いタンパク質
 よく知られているように、光合成生物は光エネルギーを利用してATPとNADPH(還元物質)を生成し、これらを使って二酸化炭素から有機化合物を合成しています。酸素を発生する光合成では、水に由来する電子は電子伝達系を経てNADPHに入ります。普通はこの方向に電子は移動しにくいのですが、光合成生物は光エネルギーを使うことにより、これを可能にしています。
 光合成で働くプラストシアニンは「青いタンパク質」で、シトクロムc6は「赤いタンパク質」です。この2つのタンパク質は、光合成電子伝達系の同じ位置(シトクロムfとP700の間)で電子を伝達する働きをしている電子伝達体です。
 プラストシアニンは100前後のアミノ酸から成るタンパク質で、銅を1つ含んでいます。20種近い高等植物・藻類・シアノバクテリアで3次元構造が解明されていますが、ここで私たちも関与した緑藻プラストシアニンの結晶写真を紹介します(右図)。この図は元のモノクロ写真を青く着色したものですが、本物の結晶(酸化型)もこのような鮮やかな青色です。プラストシアニンという名称は、青色を意味するcyanという語からつけられました。
 一方、シトクロムc6は、ヘムc(中心に鉄イオン)を1つもっているタンパク質です(赤茶色)。へムcを含むシトクロムにもいろいろあり、有名なミトコンドリアのシトクロムc以外に、働きの違いによりc1からc8までの記号がつけられたシトクロムがあります。シトクロムc6についても、数種の藻類・シアノバクテリアで3次元構造が解明されています。
 シトクロムc6とプラストシアニンの間にアミノ酸配列上の共通性はないのですが、分子の大きさ、電子に対する親和性、分子表面の負電荷が集まった領域などが似ています。これらの共通の特徴は、シトクロムfから電子を受け取り、光化学系I複合体のP700に電子を渡すために必須であると考えられています。このように、プラストシアニンとシトクロムc6は相似の関係にあるタンパク質です。

2つの電子伝達体の使い分け

2つの電子伝達体の使い分け
 酸素発生型光合成を行う生物は、(1)プラストシアニンのみをつくる生物(高等植物など)、(2)シトクロムc6のみをつくる生物(紅藻・褐藻など)、(3)これら2つを切り替えている生物(一部の緑藻・シアノバクテリア)に分けることができます。(3)の場合には、銅を加えた培地で培養すると銅タンパク質であるプラストシアニンをつくり、銅を含まない培地ではヘムタンパク質であるシトクロムc6をつくります。このような銅濃度に依存した2つの電子伝達体の切り替わりの典型的な例を右図に示します。
 2つの電子伝達体タンパク質がどのような仕組みで切り替わるのかについては、少しずつ解明されてきています。シトクロムc6は銅により転写段階で発現が調節されますが、プロモーターと呼ばれる遺伝子発現の調節に関わる領域内に必須の配列が存在し、これに結合して働くタンパク質が知られています。
 一方、プラストシアニンの場合には、種により調節の仕方に違いがあるようです。シアノバクテリアでは転写の段階で銅により遺伝子発現が調節されているのに対して、緑藻の場合は、培地に銅がないときにはプラストシアニンが完成前にプロテアーゼで分解されてしまう種や、正常なmRNAより短い、翻訳できないRNAが蓄積する種、mRNA量が半分程度に減少する種などが知られています。

生育環境に応じて使い分けている

 酸素発生型光合成を行う生物を大雑把に眺めると、進化的に古い種にはシトクロムc6(鉄を含む)をつくるものが多く、反対に進化的に新しい種にはプラストシアニン(銅を含む)をつくるものが多いといえます。このことは、(1)初期の地球環境は還元的であったために生物は水中の2価の鉄イオンを使うことができたが、金属の状態の銅は利用しにくかった、(2)しかし酸素発生を伴う光合成により地球環境が酸化的状態に変化していくと、水中の鉄イオンは3価となって沈澱し、生物が利用しにくくなったが、反対に2価の銅イオンは水中に溶け出して生物が利用できるようになったためと考えられています。地球環境が還元的状態のときにはシトクロムc6が使われたが、酸化的状態へ変化するにつれてプラストシアニンが使われるようになり、2つを切り替える種も出現し、これら3つのタイプが現在の生物に引き継がれているといえるでしょう。
 このような例は他の金属タンパク質でもみられ、進化的に古い種では鉄が使われ、新しい種では銅が使われることが多いようです。一例を挙げると、スーパーオキシドジスムターゼという酵素については、嫌気性細菌では鉄を含む酵素が使われているのに対して、動物・種子植物などでは銅と亜鉛を含む酵素が主に使われています。
 ところで、ある種がプラストシアニンとシトクロムc6のどちらを利用するかということは、生物の系統関係からだけでは説明できず、生育環境中の銅イオン・鉄イオンを利用できるかどうかということが関係するようです。例えば、同じ属の、よく似た2種の珪藻のうち、沿岸に生育する種はシトクロムc6をつくり、鉄濃度が極端に低い外洋に生育する種はプラストシアニンをつくる例が知られています。

最近のトピックス

 最後に、最近のトピックスを紹介しましょう。二酸化炭素は与えるが酸素は与えずに光合成を行わせて培養すると、培地に銅が存在していてもシトクロムc6が発現する緑藻があり、嫌気的な初期の地球環境でのシトクロムc6の利用と関係があるように思えます。
 ある高等植物でシトクロムc6とよく似ているタンパク質(シトクロムc6Aという)が見つかり、高等植物はプラストシアニンのみをもつという定説が覆るかにみえました。このタンパク質はその後、既にシトクロムc6をもっている緑藻でも見つかり、現在は光合成以外の働きをしていると考えられています。一方、高等植物に紅藻シトクロムc6の遺伝子を人工的に導入して発現させると、光合成が盛んになり、植物体が大きく成長したという報告もあります。プラストシアニンとシトクロムc6については、これからも新しい発見があると思われます。

(生化学研究室:吉崎文則)

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